二十五.古志の国と津の国
先人達が都へ戻る最中で、青海の国では宗が五大氏族の長に召集をかけていたちょうどその頃。
〔古志の国〕
「父上、宗様との話はどうでしたか?」
熟練の息子で前当主・武練が父に気付き、問いかける。武錬は父である熟練に似た風貌で武に優れている。熟練は小さく頷く。
「ああ、出仕のな」
「では、やっと佑廉を」
武錬のその言葉に反応する現当主・錬丞。熟練にも武練にも似ているが体つきは鍛えてあるが細身である。錬丞は熟練の孫で、武錬の子で佑廉の父である。
「やっと、だな。錬丞」
「はい。やっと」
武練と錬丞が感動しているような様子に戸惑う熟練。
「何だ。それは」
「いえ。祖父様。津の国と都から戻って以来、ずっと佑廉が出仕を望んでいたのを知っているでしょう? 」
「ああ。そうだな」
よく出仕はどうなっているのかと聞かれる。出征前は先人の話をしても『器無き方には従えません』と淡々とした声と表情で言っていたのに…。内心憤慨していた熟練である。
その空気を察しつつ、武練は深く頷く。
「はい。毎日毎日しつこく、何度も父上に聞こうとしているのを止めていました」
「…そうだったのか?」
それには驚く。熟練自身には二、三日に一回程度だったが毎日何度もとは…。しつこすぎて正直斬るかもしれないとかなり物騒な事を考えていると、それを察している錬丞も深く頷く。
「はい。もう鬱陶しい程に。出仕の事ばかり」
「そうか」
「幼き時より優秀ですが人を選び、癖が強く腹黒いあの子を抑えられるのは先人様だけ。こうなればとっとと出仕させて思う存分側に居させて気持ちを抑えるしかないと思っておりました」
「随分な言い様だが否定は出来ない。そういう事です。父上。やっと、良かったです」
錬丞と武練のやっと解放されると言う安堵の色を感じ熟練は苦笑いを浮かべる。
「…まあ、そうだな。誰に似たのやら」
「え。決まっているではありませんか。光村様に対してそうなりますよ。父上も」
「…は?」
武練の言葉に困惑する熟練に、錬丞も何度も首を縦に振る。
「はい。二代飛ばして血が濃くなるものと父上と話しておりました」
「いや、私はあそこまで感情が強くは、」
「いえいえ。…で、いつ出仕を?」
「日がわかれば落ち着きます。はあ、良かった」
熟練の言葉をあっさり否定し出仕の日を嬉しそうに問う武錬と安堵する錬丞。一つ息を付き、熟練は話始める。
「…綜大臣から知らせが届いた。味の国で間者が出て、都の役人と繋がっていたらしい」
「何ですと?」
「それで、何と?」
武錬と錬丞は驚く。
宗が来ていた時に熟練宛というか五大氏族長老宛に綜大臣から文が届いた。それを宗と二人で確認した事を説明する。
「もう解決した。先人様が味の国で間者を捕まえ、味氏の長(溌殿)を説得し、事を治めてくれたと礼をな」
「何と。しかし何故?」
「この前から都の者を都で裁くと言う法が出来、あれだ。技術者が間者で味の国が返さんと突っ返したから先人様に一任されたのだろう。それで、」
武練の問いに、熟練は答える。錬丞は感心し、頷く。
「成程。解決だけでなく説得をなさるとは、味氏の血を抑えるとは、何と」
「苛烈で狂気と聞いていますが、それを抑えるとは、真に、すごい御方ですね。先人様は。父上」
「光村様が見込んだだけはある。私もな。良き成長をなされた。綜大臣もこうしてご機嫌伺いを出す。…土台は固まった」
熟練の声が低くなる。武練と錬丞は察する。
「では、ついに」
「ああ。一つ前に出る。五大氏族が出仕となり先人様の側に付けば、綜大臣に対抗できる。女大王は綜大臣の意のままだろう。先人様と綜大臣の戦いだ」
「では佑廉を、ですね。祖父様」
期待を込めている錬丞に熟練は小さく首を横に振る。
「…いや、迷っている。宗殿が」
「何故ですか?」
前のめりになる錬丞。余程佑廉が大変だったのだと察するがそれはそれ。熟練は眉間に皺が出る。
「皇統・皇族から出すのが良いのでは、と。警戒が強まるのを危惧しておられる」
「成程。わかります。わかりますが、そうなれば佑廉は…」
「大変な事になります。祖母様(熟練の妻・武練の母)のように脱出しなければ良いのですが」
武練と錬丞は頭を抱える。二人共思い出す。互いに納得済みで別れたのに嬉々として屋敷から脱出して行った母・祖母の事を。いや、脱出だけならまだ良いが…と思いつつぽろっと武錬が呟く。
「すべてに斬りかからなければ良いのだが…」
「何でそうなる。…何だ?」
武練と錬丞にじっと見つめられる熟練。その内、ふと空から気配を感じる三人。屋敷の縁に止まる鷹に近付く錬丞。
「あ、鷹が。何でしょう?」
小さな文が括り付けてあり、それを武錬に渡す。武練はどこの鷹か察しつつそのまま熟練に文を渡す。
「御記様からです。父上」
「何だ?…」
会ったばかり、何かあったのかとすぐに目を通す熟練に二人様子を伺っていたが、部屋の前から声がかかる。使用人である。
「当主様。守氏の長様から文が届きました」
「え?はい」
「見せろ」
続いて来る文に戸惑う錬丞だが、守氏からの文をすぐに受け取る。使用人はすぐに去ったかと思えば、宗の文を読んだ熟練が守氏の文も奪い取りすぐに読む。そして、
「…青海へ行く」
「「え?」」
熟練の言葉に驚く武練と錬丞。言うが早く仕度をしに行く熟練。内心ため息を付く。
(だから黙っていたのだ)
あの男に対する憎しみは尋常では無い。それは五大氏族すべての総意であるが、
(騒ぎを起こせば責は統括。先人様だ)
滅びた分流。皇子に拾われ生き延びた。放っておけばいい。そう思っていたし、今もそう。だった。
(何故似る…。先人様は似ていないのに)
分流、陳荻君。宮中であの皇子を突き飛ばした時、
『無礼者が』
(顔も、声も、表情も)
かつてを思い出す。あの男は、
『俺を誰と思っている。大連に逆らうか。無礼者が』
(うるさい)
『とっとと国に戻れ。光村から去れ。身の程をわきまえろ。反乱氏族が』
(黙れ。裏切り者が)
足を止め、俯き、拳を握り締める。血がしたたり落ちる。
(決して赦さぬ。あの男)
同じ頃、津の国では・・・
「祖父様。出仕の話は?」
「まだだ。前からそう経ってないだろう」
津氏の屋敷の一室でぼやくのは当主の子である侠悟である。それに答えるのは長である彊悟。それを不思議そうに見つめるのは当主の堅悟である。
「侠悟。何を焦っているのです?」
「他も狙っている。早く行きたい」
落ち着き無い様子に彊悟も堅悟も笑う。
「相当気に入ったようだな。父上(前長・師悟)の言った通りだな」
「ええ。きっと気に入るだろうと言っていましたね。祖父様」
「はあ、そこまでわかっていながら何で連れて来なかったんだよ。曽祖父様」
侠悟がため息を付いていると、部屋の外から声がかかる。使用人である。
「当主様。守氏の長様より文が届きました」
「はい。…父上」
当主・堅悟が文を受け取り、使用人が去った後、伺うように文を彊悟に渡す。
「何だ?衡士様からは珍しいな。… 」
戸惑いながら彊悟が読み始める。目を見開き読む様子に堅悟も侠悟も戸惑う。
「どうしました。父上。何が」
「祖父様?」
彊悟が黙って文を突き出す。その様子に戸惑いつつ二人、読む。そして同時に目を見開く。
「父上。これは」
「…何だ。これ」
「…いらぬ因縁を」
堅悟が問い、侠悟が困惑し、彊悟の声が低くなる。明らかに場の空気が重く昏くなる。が、すぐに空から気配を感じる三人。
「 …鷹? 」
「文? 」
堅悟と侠悟が鷹に近付き、文に気付く。彊悟が手を差し出す。
「見せろ。… 」
鷹の文を読み、彊悟が立ち上がる。その様子に堅悟が問う。
「今度はどこから」
「御記様だ。長らで話すと。青海へ行ってくる」
すぐにどたどたと音を立て走って行く彊悟の後ろ姿を見つめる二人。
「侠悟。…早まるかもしれません。出仕が」
「ああ。望むところだ」
「何故今。恐ろしい程の因縁です」
「あってたまるか。壊滅者が」
吐き捨てる侠悟と冷たく昏い目をする堅悟。津の国にとってその男は、
彊悟は仕度をしに自身の部屋へ戻る中、思い出していた。父であり前長・師悟の言葉を。
『彊悟。津の国は本当に危うかった。ありもしない疑念のせいで、すべて壊された。立て直せたのは光村様のおかげだ』
『うん。わかってる』
『言葉を直せ。近い内、光村様が視察に来る。無礼をするなら斬るぞ』
『はい。父上も戻っています。言葉』
『ああ…。国に戻ると気が緩む。気を付けないとな。いや、気を付けないといけませんね』
『何か不自然です』
『慣れろ。大陸の者と話す時も丁寧な話し方をしないと交渉が出来ない』
『はい。…父上』
『何ですか?』
『あの男はどんな者でしたか?』
『壊滅者』
『!』
『都では勇士、英雄と称えられる。だが、違う。ただ壊す。何もかもすべて。壊滅者だ。…彊悟』
『はい』
『少し早いが成人だ。来年、俺は都に行く』
『光村様ですか』
『あの方を支えられるのは俺しかいない。父もいる。頼む。彊悟』
『はい。わかっています。父上は光村様の補佐なのです。そのために津の国の内政を見直して、安定させた。大丈夫です。祖父様と頑張ります』
『…ありがとな。彊悟』
『父上。言葉』
『ありがとうございます』
二人笑う。
(父上は、行くつもりだった。光村様が孤立している。助けねばと。それなのに)
『…は?』
『光村様は、追放となった。罪人として。師悟』
『父上、』
(すぐに会いに行った。だが、父上は一人で帰って来た)
『決して、赦さん。あの男』
『父上』
『彊悟。一人にしてくれ。今は、俺は当主では無い。大知光村様の臣下だ』
『…何故去るのです。我らを使えば、大王も、あの男も黙る。国賊にしないでしょう。貴方様ならそう出来る。なのに…。光村様。貴方を支え、国を守りたかった。一人にして申し訳ありません』
(一人、背を向け、一人の主のために。あの時、父は泣いていた。そして、私も…)
滅びた氏族。分流。放っておけばいい。父もそうする。だが、もし、そうなら、その男が、主の側にいると言うなら…
『何もかもすべてを壊す壊滅者。国だけでなく、我が主まで。決して赦さん。あの男』




