七.先をつくる者達
その翌日。宮中
宮中の庭先で書物を読み合う二人の若き男性皇族。
「兄上、兄上は本当に聡明ですね」
十代前半の幼さを持ちつつ礼儀正しい少年は長之皇子。先々代大王と現大王の妹の皇子である。
「突然何をおっしゃるのです」
こちらは十代後半の皇子。落ち着きがあり、顔立ちも大人びて整っている。こちらは宇茉皇子。先代大王と皇女との間に生まれているがとある事情で皇太子にも即位も叶わなかった。現在の皇位継承順位でも長之皇子が上である。
重い事情もあるが、互いに兄弟のように思い、交流を重ねている。長之皇子は宇茉皇子を兄とも思い慕っているので二人の時は『兄上』と呼んでいる。
「師の皆、話しております。文武に優れ、人柄も良いと。見習わねばと思っております」
目を輝かせて話す皇子に苦笑いを浮かべ、
「長之皇子様は聡明です。人の話をよく聞き、流されず決断できる。次代が楽しみだと皆が申しております」
それを聞き、慌てたように
「そんな、兄上に比べたら私はまだまだ。それに、元々私より兄上が」
「なりませぬ」
一言。
「兄上」
「私には夢があります。良き大王に仕え、共に国を支えたい。この国の宰相になりたいのです」
「宰相」
「君主を誰よりも近くで補佐する。他国の言い回しを借りました。私は、そうなりたいのです。かつての大連のように」
「大連…、大知大連殿の事ですか」
「はい」
「大知大連は宮中に巣くいし権力の【化物】と言われています。兄上はどうお考えなのですか」
「私は、違うと思います」
きっぱりと言い切る。
「何故?」
「長之皇子様と同じお考えかと」
ふふっと笑いあう。
「兄上にはかないませぬ。私も、そう思います。そうでなければとうに反乱が起き、我らは絶え、国は疲弊しているはず。しかし、そうではない」
「はい」
「では何故【化物】』と」
「地位と権力すべてを手に入れた者への嫉妬、でしょうね。そういう者達も今後相手にしなければなりません」
「国のため、ですね。兄上、力をお貸しください」
「勿論です。良き国を、共に」
「はい」
長之皇子が笑顔で頷くと、女官が現れる。
「長之皇子様。学問の時間でございます」
「今まいる。兄上、また」
「はい」
長之皇子と別れ、宮中の廊下を歩いていると綜大臣が現れる。
「これは、宇茉皇子様」
「大臣か。このような所で何を」
「会議の前の息抜き、と言ったところですかな」
飄々と語る綜大臣に対し、無表情の宇茉皇子。
「長之皇子様と学問ですか。仲がよろしいことで」
「宮中の事はすべて把握しているのだな」
「相変わらずお堅い。身内なのですからお心を見せて頂いても良いのでは?」
宇茉皇子は一笑し、話題を変える。*宇茉皇子の祖母は綜大臣の姉である。
「内輪もめがあったと?」
「いやいや、お恥ずかしい」
「大知氏と何やら争ったと聞いたが」
「耳が早い。皇太子の座でも?」
「必要無い。私は別の道を行く」
「くれぐれも【化物】のようにはなられませぬよう」
「…本当にそう思うか?」
「違うと?」
「そなた達には都合が良かろう。しかし、良くお分かりでは?あの方は、【化物】ではない」
「ははっ」
雑談のように見せて、ぴんと張りつめた言葉の応酬から一転して笑い出す綜大臣に怪訝な目を向ける宇茉皇子。
「いえ、申し訳ありませぬ。同じ事を申している者を最近聞きましたもので」
「何?」
思わず表情が崩れる。
「氏族内でも【化物】呼ばれ、禁忌とされているのにたった一人、違うと叫ぶ者が」
「誰だ、その者は」
「大知先人。大知大連の曽孫で現当主の嫡男です。いずれ出仕するのでお会いになるかも」
「曽孫」
「知った限りでは、似ていますよ。お気をつけて。では、これで」
笑いながら去っていく綜大臣の後姿を見つめる宇茉皇子。やがて、つぶやく。
「大知先人」
これが、後に深い絆を結ぶ主従となる宇茉皇子と大知先人の始まりであった。