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2.異世界のリアルは厳しすぎる

 異世界に来てから、いろいろありすぎて頭が追いつかない。

 とにかく飯食って休みたい。

 俺はいい匂いが漂ってる食堂に吸い込まれるように入った。


 中は思ったより広くて、客も結構いる。

 みんな酒を片手にワイワイやってて、ちょっと居酒屋っぽい雰囲気だ。

 ちらっと見た給仕の子が金髪でスタイル抜群。

 しかも、胸元が結構空いてて、目のやり場に困るレベルだ。


「ここに決めた」


 俺はカウンターに腰を下ろして、店主らしきおっさんに声をかけた。


「すいません、ここって飯いくらっすか?」


 おっさんは無愛想に「飯は4銅、酒は2銅だ」と答える。

 うーん、今の俺の持ち金はギリギリだな。

 これで飯食ったらほぼ無一文になっちまう。

 でも、背に腹は代えられん。

 料理を頼むと具沢山のスープが出てきた。

 まあ、味は普通だな。

 これくらいなら俺でも作れそう。

 もしかして、ここで料理人とかになる選択肢もあるんじゃねぇか?

 そして給仕の子と......。

 いやいや、俺は最強のステータス持ちなんだから、もっと派手にやるべきだろ。


 そんなことを考えながら、俺は周りの客の会話に耳を傾けてみた。

 聞こえてくるのは、「仕事が疲れた」とか「どこの飯が美味い」とか「女房がうるさい」なんて話だ。

 どこの世界も居酒屋の話題は変わんねぇんだな、とちょっと笑えてきた。


 会話を盗み聞きしていると、ふと楽器の音が聞こえてきた。

 そっちを見ると、吟遊詩人らしき奴が歌い始めてる。

 歌ってる内容は「街がドラゴンに襲われたけど、勇敢な騎士がドラゴンを倒した」みたいな話だ。

 おお、ドラゴン!

 これこそ俺が求めてた異世界の要素だろ!

 俺もいつかドラゴンと戦って、吟遊詩人に語り継がれるような伝説を作っちゃうんだろうな、とか妄想してニヤけてた。


 そんな時、突然後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。


「おい、やめろよ!」

「誰がそんなこと言ったんだ!」


 見ると、屈強なおっさん二人が胸ぐらを掴み合って、ケンカ寸前の状態だ。

 その横では、さっきの可愛い給仕の子が困った顔で「喧嘩はやめてください……」って泣きそうな声で止めようとしてる。


「困り顔もいいね……」


 俺は彼女を助けるべきか、ちょっと迷った。

 おっさんたちなんか怖いもん。

 でも、決断する。

 だって、俺はLv999の最強だぜ?

 負けるわけがない。

 しかも、こういう場面でクールに割り込んで助けるのが、王道の異世界展開だろ。

 よし、行くぞ!


 俺は余裕ぶった態度で、ケンカしてるおっさんたちの間に割り込んだ。


「うるせぇよ、ケンカなら外でやれ。酒がまずくなるだろ」


 酒飲んでないけどな、俺。


 おっさんたちは俺をじろっと見て、一瞬驚いたような顔をしたあと、俺の胸ぐらをガッと掴んできた。

 そいつが低い声で「ひょろいガキが口出すな」と言いながら、俺を睨みつけてくる。


 内心ビビりまくりだけど、俺は余裕なフリをして、横でオドオドしている給仕の子に向かって囁く。


「安心しろ。俺のステータス、全能力999だぜ。……まあ、ステータスって言われても分からんかもだけど、要は俺は最強ってことだよ」


 給仕の子は「え……?」って感じで、可愛く口を押さえて驚いてる。

 これ、完全に俺に惚れたんじゃないか?


 ……と思って、振り返ると、おっさんたちも俺の言葉に驚いてた。

 おや?聞こえちゃったかー。

 てかステータスって言って通じるんだな。

 やっぱり俺のステータスを聞いたらビビるよな。

 さあ、どうする?

 手を出せば、片手で一蹴してやる。

 痛い目にあう覚悟をしておけ。


 だけど、予想に反しておっさんたちは、俺の胸ぐらを掴んでた手をそっと離して、急に態度を変えた。


「すまねぇ……あんた、大丈夫か?」


 ……は?


 いやいや、俺がこれから無双する予定だったんだぞ?

 なんでお前ら、そんなひよっちゃってんだよ!

 俺のステータスがやばすぎたか?

 俺の力を見せつけて、派手にケンカ終わらせる予定だったのに、これじゃ拍子抜けだ。


 俺は服装を正しながら、「二度と周りに迷惑かけんなよ」とか偉そうに言ってみた。

 周りからの視線を感じながら席に戻る俺。

 ふふん、屈強な男たちが俺の機嫌を伺ってるのは、最高の気分だな。


 でも、心の中ではちょっとガッカリしてた。

 結局、力を使うまでもなく終わっちまったから。

 こんなはずじゃなかったのに。


 しばらくいい気分で飯を食ってたら、さっきの給仕の子が近づいてきた。

 彼女は、ちょっと恥ずかしそうにしながらも、にっこりと微笑んで言ってきた。


「あの、先ほどはありがとうございました。これ、店からのサービスです。頑張ってくださいね」


 そう言って、彼女は俺のテーブルに小さな皿を置いて去っていった。


「……あれ、これってやっぱり惚れちゃった?」


 今度から飯はここで食べよう。

 飯を食うと、俺はニヤニヤしながら食堂を出た。

 出口で彼女に微笑み返して、少し得意げな気分だ。

 だけど、財布の中身は空っぽ。

 次にどうするかは、全然決まってない。


「まあ、次は冒険者ギルドだな。そこで俺の力を試してやるか!」


 俺は街の中を歩きながら、次なるステップを考えてた。

 でも、異世界がそう簡単にうまくいくわけないんだよな、この時はまだ気づいてなかった。


 食堂を出た後、俺はどうするか考えながら街の道を歩いていた。

 金はもうないし、宿に泊まるどころか、飯ももう食えねぇ。

 とりあえず、王道の冒険者ギルドにでも行って、そこでクエストを受けて金を稼ぐってのがいいかもな。

 異世界無双が始まるのはこれからだ。

 俺の実力がすごすぎて、ギルドの登録試験で試験官がビビっちゃうやつだ。


 そんなことを考えていると、突然前から若い綺麗な女性が全力で走ってくるのが見えた。

 後ろには二人の男。

 明らかに追いかけてる感じだ。


「止まれ!」


 男たちが大声で叫ぶ。

 女性は真剣な顔で必死に逃げてる。

 このシチュエーション、まさに異世界イベント発生ってやつだろ?

 お決まりの展開として、ここは俺が助けるしかないよな。


「……やれやれ、仕方ねぇな」


 俺は男たちの前にスッと立ちはだかった。

 こういうときはクールに決めるのが鉄則だ。


「おい、可憐な女性を二人がかりで追いかけるなんて、マナーがなってねぇな。ナンパってもんはもっとスマートにやるもんだぜ?」


 俺がニヤリと笑って言うと、男たちは一瞬驚いた顔をして立ち止まった。

 女性は俺の存在に驚いたらしく、一瞬俺の方を見た後、そのまま逃げ去った。

 うん、これで俺が英雄的に助けたことになるだろう。


 ……と思っていたら、男たちが妙な顔で俺を見てくる。


「お前、あの女の男か?」


 おっと、彼氏と勘違いされちゃったかな?


「いや、違うさ。でも普通、女性が困ってたら助けるだろ」


 俺がさらっと言うと、男たちは俺を哀れむような目で見てくる。

 なんだよ、その目は。俺、何か間違ったこと言ったか?


「お前、あの女の仲間か?」

「いや、だから全然知らねぇよ。ただ、お前らに襲われてるのを見過ごせなかっただけだ」


 俺がそう答えると、男たちはコソコソと話し始める。

「こいつ、流れ者か?」「薬でもやってんのか?」とか言ってやがる。

 おい、薬なんかやってねぇし!

 異世界に来たばっかで何も知らないだけだっての。

 てかそういう薬あるんだな。


 次の瞬間、男たちはいきなり俺の両脇から腕を掴んできた。


「おい、やめろや!俺、そういう趣味はないんだって!」


 だけど、男たちは無視して、俺をぐいっと引っ張る。

 そして冷たい声でこう言いやがった。


「貴様を公務執行妨害と逃亡幇助の罪で逮捕する」

「え、ええっ!? 逮捕!? なんで!?」


 俺は完全にパニックだ。

 え、俺、助けたんじゃないの?

 なんで罪人扱いされてんの!?

 やばい、この展開、全然違うぞ。


 なんとなく逆らえずそのまま、俺は連行されて、小部屋にぶち込まれた。

 真っ暗な窓のない部屋で座らされ、部屋にはさっきの男たち。

 一人は俺の正面、もう一人は後ろに立ってる。


「名前は?」

「田中……田中大樹」


 男たちは無表情で、俺のことを根掘り葉掘り聞いてくる。

 どこから来たとか、何をしていたとか、いちいち答えるのが面倒だ。

 俺は適当にごまかしつつ、何とか異世界人だってことがバレないように話してたんだけど、段々嫌気がさしてきた。

 正規ルートで成りあがろうと思ったけど、もう闇落ちルートでいこう。

 こいつらぶっ飛ばして魔王とかになって世界を牛耳ってやるのもいいな。


「もう、いい加減にしてくれよ。俺、逃げさせてもらうよ」


 俺は立ち上がり、手を上げながら軽く笑ってみせた。


「やれるもんならやってみろ」


 男が冷たい目で挑発してくる。

 じゃあ、やってやるよ。

 俺の最強の力を見せてやる!


「俺は手加減できねぇから、どうなっても知らねぇぜ?」


 そう言って、俺は目の前にいる男の顔を全力で殴りつけた。


 バキッ!


 という鈍い音が響いたのは、俺の拳の方だった。


「いてぇっっ!!!」


 俺は涙目になりながら、殴った手を抱えて飛び跳ねた。

 え、何これ、めっちゃ痛いんだけど。

 俺、指折れてないか!?

 完全に骨がイカれてる感じがするぞ……。


 でも、目の前の男は顔を殴られたはずなのに、微動だにしていない。

 まるで何もなかったかのように、ただため息をついて言った。


「これで、貴様には重度の暴行罪が追加されたな」


 いや、マジで何だこの状況。

 俺、レベル999だろ?

 最強なんじゃなかったのか?

 それなのに、この痛みは何だ!?

 もしかして、ここって俺の能力を封じる特殊な部屋とか?

 やられた!

 俺は慌てて部屋を見回す。


 そんな俺を見て、男が冷たく一言。


「座れ」


 俺はあまりの痛さとショックで、「はい」と言って大人しく座った。

 手がマジで痛い。

 腫れてきてる。

 やばい、ほんとに折れてるっぽい……。


 男はため息をついてつぶやいた。


「はぁ、やはり落ち人か」


 落ち人?なんだそれ?

 俺は頭の中がパニックになった。

 もしかして、異世界から来たってことがバレてる?

 ヤバい、どうやってごまかそう……。

 焦ってる俺の様子を見ながら、男は淡々と話を進めてくる。


「改めて聞く。お前はあの女の何なんだ?」

「えっ?いや、何でもありません。ただ、必死に逃げてたから襲われてるのかと思って……助けようとしただけで、全然知らない人です」


 心臓がバクバクする。

 やべぇ、あの女のこと何も知らないのに、巻き込まれたんじゃないか?

 俺がそう答えると、男は深くため息をついてから、冷静に言った。


「じゃあ、お前はあの女が何をしたか知らないんだな?」

「はい……」


 俺が答えると、男は事の真相を教えてくれた。


「あの女は、何人もの男を騙して金を巻き上げ、逃げ回っている。そして、今回ついに殺人未遂まで犯した」

「はっ!? 殺人未遂!?」


 一瞬、俺の頭が真っ白になった。

 やばすぎだろ、そんな凶悪犯を俺は助けちゃったのか?

 俺、全然気づいてなかったけど、とんでもない女に関わっちまったんじゃないか。

 完全に男の敵じゃねぇか……。


 男はさらに続けた。


「お前はこの世界の住人ではないな?」


 ……ギクッ


 一瞬、全身が固まった。

 なんでそんなことまでわかるんだ?

 俺は動揺を隠せず、恐る恐る聞いた。


「な、なんでそう思ったんですか?」


 男は冷たい目で俺を見て、淡々と答えた。


「お前の能力値、全部999だろう?」


 ……えっ、ステータス見えてんの!?

 最初から言えよ!

 ここから出たらてめぇ覚えとけよ!

 今度こそ本気の俺の力にビビって、ひれ伏すはめになるぞ。

 そんな期待を抱きながら、俺はそいつを見つめた。


 だが、男は俺を哀れむような目で見て、冷たく言い放った。


「落ち人ってのは、お前みたいに異世界からこの世界に迷い込んできた奴のことだ。そして、落ち人はみんなステータスが999で、スキルは言語翻訳のみ。要するに、お前だけじゃないってことだ」


「……え?俺だけじゃない?」


 なんか、急に現実的な話を聞かされて、思考が追いつかない。

 どういうことだよ、最強は俺だけじゃないのかよ?

 じゃあ、他にも異世界転移した奴らがいるってことか?

 しかも、みんな最強ってこと?


「そして、この世界ではお前のその999なんて数値、何の意味もないんだよ」


 男は俺にトドメを刺すように、淡々と説明を続ける。


「この世界の普通の大人のステータスは平均一万だ。そして、俺のステータスの平均値は一万五千。つまり、お前の999なんて子供以下だってことだ」


「……は?」


 俺は愕然とした。

 999が最強じゃない?

 え、ちょっと待て。

 どういうことだよ。

 それじゃ、俺は今までずっと、最強だと思って浮かれてたのに、実はただの雑魚だったってことか?

 頭の中がグチャグチャになる。

 今までのテンションが一気に冷めていく感じだ。


「お前のLv999も、ここでは意味がない。俺はまだLv32だから、ここからさらにステータスは上げられる。だが、お前はLvが上がらないから、それ以上成長することはない」


 嘘だろ……。

 Lv999は最高なのかよ。

 てことは俺だけ成長できない?

 異世界無双どころか、ただの無力な人間じゃねぇかよ。

 こっちは最強ステータスを引っさげて、異世界で英雄になるつもりだったのに、蓋を開けてみたら何もできない落ちこぼれだったとか、ありえねぇ。


「嘘だ!ステータスを聞いた強そうなおっさんたちは、俺にビビってたぞ!」

「そんなことがあったのか?だが、みんながビビってたのも、あまりに貧弱だから触るのをためらっただけだろう」

「……えっ?」


 マジで?

 あれ、みんなが俺のステータスに驚いたんじゃなくて、単に俺がひょろすぎて、どう扱ったらいいかわかんなかっただけ?

 俺が殴られなかったのは、ビビったからじゃなくて、憐れんだから?

 最悪すぎるだろ。


「あの……さ、給仕の子も俺に優しかったのって……」

「かわいそうだと思ったんだろうな」


 俺はもう、完全に心が折れてた。

 異世界に来て、最強だと勘違いして、俺様気分でいたけど、実際は雑魚以下で、みんなから哀れまれてただけだった。

 自分が英雄になるどころか、むしろ足手まといみたいな存在だったとか、こんな屈辱、耐えられねぇよ。


 しばらく無言でうなだれていると、男がさらに厳しい現実を突きつけてきた。


「ちなみにだが、落ち人が元の世界に帰れる方法は今のところない。しかもお前は犯罪者だ。このまま逃がすわけにはいかない」


 俺の中の希望は完全に消えた。

 異世界無双はどこ行ったんだよ……。

 チート能力も、勇者になる夢も、全部粉々に砕かれた。

 で、気づけば犯罪者扱いで、ここから抜け出す方法もない。

 最悪すぎて、泣きたくなってくる。


 俺はもうどうしようもなくなって、地面に手をついて泣きながら土下座をした。


「す、すみませんでした!何も知らなかったんです!どうか許してください!」


 人生初の全力土下座だ。

 プライドとかどうでもいい。

 とにかく、ここから出してほしい。

 俺は本気で泣きそうになりながら、必死に謝罪する。

 でも、男は冷たく言い放った。


「お前の身柄は上に預けることになる。それまでお前は牢屋に入ってろ」


 そう言われて、俺は冷たい檻の中に放り込まれた。

 手は応急処置をしてくれたけど、めっちゃ痛い。

 氷ぐらいくれよ……。


 異世界初日、俺は牢屋で絶望の中、泣きながら眠りについた。

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