セクハラ
カラ傘小僧が入っていった建物は全面ガラス張りの建物で、太陽の光が反射してピカピカと輝いていた。
僕とのっぺらぼうは、横断歩道を渡って、カラ傘小僧に続いてピカピカの建物の中に入った。
中に入ると、カラ傘小僧が建物に入ったところで立ち止まっていた。
「一つ目小僧、これがオフィスビルってやつだ。さっき入った建物がマンションといって人間が生活しているところで、このオフィスビルは人間が仕事するところだ。ここにも色んな人間がいて、なかなか面白いんだぞ」
僕がカラ傘小僧の隣に立つと、カラ傘小僧がニヤニヤと笑いながら教えてくれた。
僕たちのすぐ前にはまた二人の綺麗な女性が座っていた。さっきのエレベーターの女性よりも年齢は若そうだ。
一人は髪の毛が短く目がクリッとしたリスのような可愛い女性だ。猫娘もこれくらい可愛ければ良いのにと思った。
もう一人は背が高くて髪の毛が長い女性だった。肌の色がすごく白い。機嫌のいい時の雪女に少し似ているなと思った。
二人はこの建物の受付嬢だと、カラ傘小僧が教えてくれた。
彼女たちの話し声が聞こえてきた。
「さっきの客、最悪だったわね。ぶっさいくな顔してるくせに、食事に誘ってくるなんてあり得ない」
雪女みたいな受付嬢が不機嫌そうに口元を歪めていた。
僕は機嫌のいい時の雪女みたいに綺麗だった女性の顔が、砂かけハバアの顔に変わったように見えた。不思議だなと思って女性の顔をもう一度まじまじと見た。今の顔はやっぱり砂かけババアにすごく似ていた。
「うちに来るのって、あんな奴ばっかりだね。もううんざりだわ」
猫娘より可愛かったはずの女性の顔も、砂かけババアみたいになっていた。人間の顔ってこんなに変わるんだと不思議に思った。
知らない間にのっぺらぼうが彼女たちの前に立っていた。
「見てろ、のっぺらぼうが何かやらかすぞ」
カラ傘小僧が僕の耳元で囁いた。
「ギャー、お化けー」
急に女性たちが悲鳴のような声を上げた。
見ると、のっぱらぼうが彼女たちの前に大きな鏡を向けていた。彼女たちは鏡に映った自分たちの顔を見て驚いてるようすだ。
「ヒッヒッヒッ、鏡に映った自分たちの顔を見て、お化けだって驚いてるわ。今の自分たちの顔がお化けみたいになってることに気付かせてあげたぞおー」
「ハッハッハッ、さすが、のっぺらぼうだな。いつも笑わせてくれるぜ」
カラ傘小僧が傘をパタパタと開いたり閉じたりして笑っていた。
僕もついケラケラと笑ってしまった。
「次は上の階に行ってみようぜ」
カラ傘小僧が階段をトントンと上がっていった。僕とのっぺらぼうはカラ傘小僧の背中を追いかけていった。
三階まで上がったところで、カラ傘小僧が止まった。
「この階はちょっとヤバそうだ」
カラ傘小僧が目の前にあるドアに耳を当てた。
「どうしたの」
「中に入るぞ」
カラ傘小僧はそう言って、ドアをすり抜けて部屋の中に入っていった。僕とのっぺらぼうも続いて、ドアをすり抜けて部屋に入った。
部屋はすごく広くてたくさんの人が机の前に座っている。ほとんどの人がパソコンの画面を睨みながらキーボードを叩いてる。中には渋い表情で電話している人がいる。カラ傘小僧は彼らの机の間をすり抜けて奥へと進んでいく。
僕とのっぺらぼうもカラ傘小僧についていった。
カラ傘小僧が一番奥にあるドアの前で立ち止まった。ドアには会議室と書いてあった。
カラ傘小僧がドアに耳を当てた。
「やっぱりこの中だ。よし行くぞ」
カラ傘小僧はドアをすり抜けて入って行った。
僕とのっぺらぼうも続いてドアをすり抜けて中に入った。
「お前、いい加減、何とかしろよ。このバカが」
五十代くらいの男性が椅子にふんぞり返り、前に立つ若い女性に向かって怒鳴っていた。
「申し訳ありません」
若い女性が頭を下げた。長い髪の毛がバサリと前に垂れた。
「部長に営業やりたいなんて偉そうに直訴したくせにこの様かよ。女はいいよな。実力なくても色仕掛けで部長を口説けるんだからな」
「色仕掛けだなんて、そんなことしていません。営業部で活躍したい、そう部長にお願いしただけです」
「それが色仕掛けなんだよ。男が部長にそんなこと言ったところで相手にされないんだ。どうせ部長の膝に手でも置いてお願いしたんだろ」
「そんなことしていません」
若い女性は下を向いて首を何度も横に振った。垂れた髪の毛が左右に揺れる。声は涙声になっていた。
「部長に色仕掛けを使うのはいいけどさ。それを営業でも使って成績上げてくれよ。お前の武器は色仕掛けくらいしかないんだからな」
「ひ、ひどい」
女性は唇を噛みしめた。
「ひどいって本当のことだろ。部長に営業やりたいなんて大口たたいたくせに結果出してないんだからな。文句言うなら結果出してから言えよ」
男性は椅子から立ち上がり、女性を睨みながら、一歩女性に近づいた。
「これから、頑張って努力します」
女性が背筋を伸ばしてから頭を下げた。カラ傘小僧が女性の顔を覗きこんだので、僕も覗きこむと彼女は涙を浮かべていた。
「この体を使ったら、確かに営業も取れそうだよな」
男性は女性の腰の辺りに手をやった。
「課長、やめてください」
女性はきつい口調で言って、男性の手を払い、後退りした。
「その態度はなんだ。営業で頑張りたいなら、俺に逆らうな。これから本気でこの体を利用して営業とれや」
男性は女性の腕を引っ張った。
「やめてください」
女性は嫌がったが、男性は女性を引き寄せ抱きついた。
「これくらいいいだろ。お前の営業の練習だよ」
男性は女性の体を撫で回して訳のわからないことを言っていた。
「ムカつくな。これが人間の得意技、セクハラちゅうやつやな」
カラ傘小僧が一つしかない目の両端をつり上げた。
「やっつけますかなあー」
のっぺらぼうの顔が真っ赤になった。
「ガオー」
先にカラ傘小僧が姿を現した。二人の頭の上で傘を開いてグルグルと回してつむじ風を起こした。
ビックリした男性と女性は床に尻餅をついた。カラ傘小僧は尻餅をついた男性の腹の上に一本足をのせて男性の顔を睨みつけた。
男性は「ヒェー」と言って、後退りしながら、腹の上に乗っているカラ傘小僧を手で払った。しかし、カラ傘小僧は男性の腹の上から降りようとしない。
「お前がやってんのはセクハラだぞ。そんな悪いことする奴を俺は絶対に許さない。すぐにでも殺したい気分だ」
カラ傘小僧は大きな口を開けて長い舌で男性の顔を舐めまわした。
「た、助けてくれ。もう二度としない」
そこで、カラ傘小僧は男性の腹の上から離れた。男性は慌てて立ち上がり逃げようとドアの方に向かった。
そこでのっぺらぼうがドアの前に姿を現した。
「ガオー」
のっぺらぼうが男性に真っ赤な顔を近づけた。
「ヒェー」
男性はのっぺらぼうを見て、そこでまた尻餅をついた。
のっぺらぼうは男性の腹の上に馬乗りした。男性はのっぺらぼうを手で払おうとするが、のっぺらぼうの体は重たくてびくともしない。
「た、たすけてくれー」
男性は天井に向かって大声を出した。
「お前のやったのは、セクハラだぞおー。わしは絶対にそういうの許せないんよー。だからお前を殺したいんだあー」
「す、すまん、申し訳ない。二度としないから、頼む、助けてくれ」
男性は涙声になった。
「二度とやるなよおー。次やったら、許さんからなあー」
「二度と、二度とやりません」
そこでのっぺらぼうは男性から離れた。
「自分のストレスを弱いものにぶつけるもんじゃないぞおー」
のっぺらぼうは男性に向かってそう言った後、女性の方を見た。
女性はビックリして立ち尽くしていた。
「君はこれからも営業を頑張るんだぞおー」
のっぺらぼうが女性にそう言ってから姿を消した。
カラ傘小僧はその様子を見て、笑いながら部屋を飛び出して行った。