一つ目
僕は左手に持った教科書をチラチラと見ながら学校の敷地内にある池の水面に映る自分の顔を眺めていた。
左手に持つ教科書には人間の顔写真や全身写真、人間界の風景写真などが載っている。その写真に映る人間の顔は綺麗な二つの目を持っていて、高い鼻が顔の真ん中にあり、口は小さくてキリッとしている。そして頭にはフサフサの髪の毛が載っている。
それに引き換え、僕の目は大きいけど顔の真ん中に一つあるだけ。鼻はないし口は横にやたら大きい。頭は髪の毛がなくツルツルだ。教科書に載る人間の顔と池の水面に映る自分の顔を見比べるとため息が出る。
「人間ってかっこいいな。それに比べて、なんで僕の顔はこんなに酷いんだ。人間が羨ましい」
僕は教科書に載っている人間の写真を眺めながらそう呟いた。
教科書の写真に見とれていると、頭のてっぺんに冷たいものがポツポツと当たる感触があった。水面を見ると自分の顔の上で丸い水紋が次から次へ生まれては消えている。
慌てて教科書をとじてカバンに入れた。空を見上げた途端に強い風がビューッと吹いて、雨粒は急に大きくなり勢いを増した。池に映っていた僕の顔はぐしゃぐしゃになっている。僕はカバンを胸に抱え校舎へと避難した。
僕は妖怪学校で『人間の心得』を学んで、すごく感動した。人間は見た目がかっこいいだけでなく、心も凄く綺麗な生き物だと知った。
僕はもっと『人間の心得』を学んで、学校を卒業したら資格を取って人間になりたいと思っている。そして人間界で幸せに満ちた生活を送るつもりだ。
僕に『人間の心得』を教えてくれているのは、あずき洗いという先生だ。先生は『人間の心得』を僕たちに教えてくれるが、先生自身は人間にはなりたくないらしい。
先生に何故人間になりたくないのかと訊いたことがある。その時の先生の答えは、こうだった。
「『人間の心得』を学ぶことは、非常に素晴らしいことですが、人間になって人間界で暮らすことはあまり素晴らしいと私は思わない。『人間の心得』だけを身に付け、妖怪として生きるのが一番幸せです」
僕はあずき洗い先生の言っている意味がよく理解できなかった。せっかく『人間の心得』を学んだのに、人間にならないなんて、それなら学ぶ意味がないじゃないかと思った。
僕は絶対に『人間の心得』をマスターして、人間になって幸せに暮らすつもりだ。
『人間界の心得』
・相手へのおもいやりの心を持つ。こんな風にすれば相手が喜ぶだろう、助かるだろうと考え、自ら積極的に実践する。
・ありがとうの一言が周りを明るくする。そしておかげさまの一言が自分を明るくする。
・謙虚な人ほど感動する。感動するから学びがある。
・相手を傷つける言葉を使わない。相手が気持ちよくなる言葉で話す。
・どんな時も感謝の気持ちを持つ。周囲に対して感謝できない人間は成功し続けることはできない。