23 刻を越えて
お待たせしました主人公!
自らをマルトシアーズと呼称したソレは、覚醒時の魔力衝撃波で吹き飛ばされ、のたうち回る牙狼族を次々と殺害していった。
器となった黒き牙狼の娘の、恨み辛みを発散するようなその所業は凄惨であった。
ただ、受けた僅かな愛情を覚えていたのか、器の娘の母親に関しては胸を徒手の一貫きで伏していた。
牙狼族の集落を壊滅させたマルトシアーズの次なる標的は、牙狼族の野望の遠因となった犬科族と猫科族の争いの元。
即ち、金獅子族と人狼族である。
これから本格的な武力衝突が起こるといった様子で対峙していた両陣営。
先に襲われたのは犬科族。
背後から本陣に奇襲を受けた形になった犬科族は主要であった賢老に、それを守護する各種族の上位戦士の悉くを失う。
犬科族の混乱を好機とみた猫科族は犬科族に先制を仕掛ける。
先陣を切った金獅子族の若き族長一派であったが、部族名の由来である黄金の鬣は、敵のもので無い自らの紅に染まることとなった。
金獅子族を討ったのは当然ながらマルトシアーズである。
両陣営共に首魁が失われたが、一度振り上げられた拳を下げるには遅すぎた。
種族単位での紛争が各地で行われ、最早犬科族と猫科族の対立は修復不可能となった。
この混乱の最中に、妖精猫族は牙狼族集落跡地から巫女を奪還。
巫女は心身を喪失していたが生命に支障は無く、寄り集まった妖精猫族に手厚く保護された。
それからしばらくの時が経ち、犬科族は新たな首魁の下団結。
武威により纏まっていただけの猫科族は各個撃破され、ついに惑星の陸地の隅に追い詰められる。
あとは…まあ、概ねキャトラスの旧神話通りと言える。
数千年、下手したら約一万年にも及ぶ追憶が終わる。
(「………………………………………。」)
暗闇に戻った空間にて、何やら言いたげな視線がいい加減鬱陶しい。
「居るのは分かってるにゃ。
さっさと出てくるにゃ、マル。」
視線の主に呼び掛けた。
(「勝手にその呼び方をしないで。」)
不機嫌さを隠さず、漆黒の牙狼族の娘が暗闇から浮かび上がる。
(不思議にゃ…。)
周囲が暗闇であるにも関わらず、漆黒の毛並みのマリーダがはっきりと見えていることが気になった。
「随分とご機嫌斜めにゃ?」
思考が逸れたが、一旦置いといて対話を続ける。
(「あなたも自分の傷に踏み込まれたくはないでしょ
う?」)
…なるほど。
マリーダにとって、あの過去は宝物であり傷であったのか。
自らをを傷つけ続ける過去を、マリーダはシェツェナとの思い出と懺悔のために抱き続けたのだ。
「わたしは痛いのは嫌だから医者に見せるにゃ。」
そういう意味でないことを承知しながら、わざと惚けた回答をする。
(「あなたなら“そう”なんでしょうね?」)
案の定嫌な顔をして「そう出来ない者はどうすれば良いのか?」と、マリーダは皮肉った。
不幸ぶるマリーダに、“わたし”は面倒臭くなった。
「ねえ何時まで意地を張るつもり、マル。」
溜め息をつき、如何にも「呆れました」という態度を示す。
(「だからそう呼ぶなと…!」)
「あの時はマルの言い分を信じたけど、あの傷は同胞
につけられたんでしょ?」
(「!」)
争いを忌避し、狩りの獲物の解体からすら遠ざけられていた巫女には分からなかった。
しかし士官学校で学んだ知識と記憶を擦り合わせると、マリーダの傷は粗末な刃物で裂かれたのだと確信できた。
(「なんでそれを…!?」)
激しく動揺するマリーダ。
薄々感付いているようではあるが、信じたいが信じたくないという様子。
(「だってあなたはここの中に…、今も一緒にいる
のに!?」)
そしてマリーダを責め続けている、と。
「うん、そう。
わたしはわたしの一欠片。」
わたしの一部がわたしである。
「魂が砕けた衝撃はわたしの記憶を呼び起こした。」
わたしが表に出てしまった代わりに、わたしは眠っている。
しかしわたしの一部であるわたしはわたしの記憶と知識を共有する。
(「なんで…。」)
「神の寄り代の人格は失われる。」、それが一般的に流布していた話だ。
マルトシアーズ召喚の対価となったシェツェナが、行動原理として保管されているマルトシアーズ外に存在する筈が無いと言いたいのだろう。
「牙狼族の召神は失敗したの。」
マリーダとわたしの抵抗。
本来は器となる者の苦痛を長引かせるだけのその行動は、牙狼族族長と司祭の顕示欲が仇となりマリーダ達に幸を奏した。
儀式の中断によりシェツェナの魂が失われることは避けられたが、マリーダは成り損ないとなりシェツェナの魂の分裂という結果になった。
(「…そう。
じゃあ、あなたの欠片を返すわ。」)
欠片が返還されることでシェツェナは召神へと昇華し、重荷から解放されたピコの身体は能力を十全に発揮出来るようになる。
だがそれは、歪に構成されてしまったマルトシアーズの消失を意味した。
それを分かって尚、マリーダは己の内からシェツェナの欠片を取り出し差し出す。
「…本っ当にマルは頑固ね!」
この期に及んで自己犠牲を選択するマリーダにわたしは堪忍袋の緒が切れる。
「あなたはそうやって自分から孤立しようとする!」
牙狼族の娘であった時からマリーダはそうだった。
忌み子と大多数から疎まれていたマリーダは、自分の味方となろうとしていた母やゴンザを切り捨てた。
そして今もシェツェナとピコの前から、独り消えようとしている。
「孤独が嫌なら、寂しいなら、諦めないで手を伸ばし
てみなさいよ!」
マリーダは孤高であろうとした。
しかしそれが無理だったのは本能に屈したことが証明してしまった。
「あなたは振り払われ続けて疲れてしまったのかも知
れないけど!」
先が見えないというのは苦痛である。
苦痛の最中に救いを求めたなら尚更。
「だったら、誰かが伸ばす手を掴みなさいよ!」
マリーダの母はずっと娘を案じていた。
ゴンザは積極的にマリーダに関わろうとした。
そしてシェツェナは今もマリーダに手を差し出している。
「救われたいあなたが、救いを拒絶していたら意味が
無いの。」
強かった語気が落ち着いてくる。
「あなたを救うなんてつもりは無い。
でもわたしはあなたと居たいって、あなたと離れて
そう思ったの。
だから、おねがい…この手を。」
差し出した手にマルトシアーズの手が触れる。
パアッ
途端に暗闇が晴れ、光の満ちる空間となる。
そしてわたしとマリーダの間に居る、純白の毛並みの妖精猫族。
「ピコ、ありがとう。
そしてマリーダ、お待たせ。」
わたしとマルトシアーズの欠片が統合し、シェツェナが独立した。
異物の除かれたピコは能力が解放され、マリーダもまた昇華した。
「さあ二人とも、みんなが待っているわ。
帰りましょう?」
白い空間に光が満ち、一人と二柱を覆って弾けた。
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