EP0 盲目の悪魔
~ゴンザ視点~
「おい、親父!
マリーダは大丈夫なのか!?」
マリーダが上げている、この世界に存在するあらゆる苦痛を受けているかのような叫びに、柄にもなく取り乱す。
「お前ほどの戦士がこの程度で取り乱すな。」
無機質な目をマリーダに向けたまま「見苦しい」と言い捨てる族長。
親父の言うように、俺は余程のことが無い限り取り乱すことはない。
だが、おそらく俺以上の戦士であるマリーダがあれだけの絶叫を上げているのだ。
親父は戦士長が一族一の戦士だと勘違いして、マリーダのことは役立たずの忌み子としか見ていない。
俺ですら戦士長が地位に相応しい実力を持っていないことが分かるのに、元戦士長の親父が分からない筈が無いと言うのにだ。
猫科族との覇権争いが起こっている今、親父の「牙狼族が犬科族を統べる」という野心は燃え上がり、親父の目は曇ってしまっている。
「あ“あ“ぁ…、あ…。」
ついにマリーダが力尽きたように項垂れる。
「足りぬ!
もっと、もっと魔力を器に注ぐのだ!」
司祭が目を血走らせ叫ぶ。
ビクッ、ビクンッ
更に流れ込む魔力に、意識の無いマリーダの身体が激しく痙攣する。
ジワリ…
膨大な魔力に耐えきれなくなったマリーダの身体の表皮が裂け、簡素な儀礼装に血が滲んできた。
(駄目だろ!?
死んじまう!)
ダッ!
そう思った時には俺は駆け出し、そして…。
どっ…!
「ふぐぉ!?」
司祭の悶絶する声。
「ゴンザっ、貴様狂ったか!?」
族長の俺を咎める大声。
「うわあぁっ!」
「きゃああぁっ!」
その他一族の悲鳴。
そう。
俺は、いつの間にか抜いていた短剣で、儀式を執り行う司祭の腹を刺したのだ。
ズォオオォ…
魔法陣の制御が失われ、行き場の無い魔力が広場に澱む。
俺以外が顔を青ざめさせる。
魔力の充満したこの広場で魔法を使おうとしたなら、その瞬間牙狼族の集落は更地になるだろう。
「ええい、戦士長!
反逆だ、ゴンザを斬れ!」
族長が戦士長に俺を斬るよう命じるが、一番の戦士の意識の無い今二番目の戦士に敵う奴はいない。
「うおおっ!」
しかし剣を上段に構えた戦士長が、俺に向かって駆けて来る。
(ふん…、過ぎた地位は身を滅ぼすぞ。)
素人に毛が生えた程度の腕だ。
俺は内心で戦士長を小馬鹿にして剣を受けた。
ドンッ!
不意の衝撃に俺は、他の一族と同じように転がされる。
ガンッ!
「ぐうっ!」
俺は不運なことに、吹き飛ばされた先の家屋の壁に頭を打ち付けた。
(何だ、アレは…!?)
霞む視界には、闇を纏うナニかが佇んでいた。
(…まさか、あいつ…なの……か…。)
~マリーダ視点~
…………………………………。
…………………。
……。
「…………、…っ!」
何も無い無限に続く暗闇で、はっと目が覚める。
身体がばらばらになるかと思うような激痛に気を失っていたようだ。
立ち上がり、何故そうするか自分でも分からないまま歩き出す。
ぼや…
暗い空間を音も無く歩いていると、ぼんやりと光る何かが現れる。
「(可愛い私の子。
元気に生まれてきてね?)」
「っ!」
そんな慈愛に満ちた幻聴と共に、光は若々しい母を形作り消えていく。
私の動揺を他所に、私の足は歩み続ける。
「(黒の毛並みは穢れの証。
…この赤子は忌み子ですじゃ。)」
赤子を抱いた母が、司祭服の老雄に言われ泣き崩れて消える。
「(お前のせいで俺の肩身が狭くなった!)」
「(止めてあなた!
きゃあっ!)」
母が屑に殴られ倒れ込む。
「(ごめんなさい…。)」
屑が消えて残された母が呟き、母も消える。
それから暗闇を歩み続ける私は、記憶にあるなしに関わらずあらゆる風景を見せられた。
嫌悪、軽蔑、侮り、嫉妬に怒り。
自身に向けられる負の感情に、流石に私も疲弊する。
重い足を引き摺るように歩み、ようやく生まれる前から儀式の時にまで辿り着いた。
儀式で流れ込んできた感情はそれまで見せられた感情に、野望や殺意などが加わっていた。
「(ああ…、解放されるのね…。)」
そして負の感情に混ざっていた安堵の感情。
母の言葉と共に伝わったそれは、私の精神を酷く蝕んだ。
「ふっ、…くぅっ!」
止まってしまいたいのに足は動く。
パアッ
「うっ…!?」
これまでのぼんやりした光とは明らかに輝きの異なる強い光が暗闇を照らし、私は目を眩まされ立ち止まった。
「(マル!)」
その光と同じように輝く笑顔のシェツェナが現れた。
森で会ったときと同じように駆けて近付いて来る。
しかしいつもと異なり、シェツェナは私に飛び付くことなく数歩分の間隔を空けて立ち止まった。
「ツェナ…?」
記憶に無いシェツェナの行動に、幻と理解しながらもつい話かけてしまう。
「…ねえ、どうして?」
私と目を合わせないように俯いたシェツェナが問う。
「どうして妖精猫族を…、わたしをこんな目に遭わせ
るの?」
シェツェナの震える声で、私は自身の行動が誤りであったことに思い至る。
平穏な暮らしを願っていたシェツェナの想いを踏みにじっていたのだ。
「ツェナ…。」
震えるシェツェナを落ち着かせようと、一歩踏み出す。
「来ないで!」
明確な拒絶の意思を示す言葉を叫び、シェツェナは暗闇に走り去ってしまう。
「…………、ははっ…。」
あんなことを仕出かして置いて許されると思った自分の甘さに笑いが込み上げる。
「(分かっていた筈だ。)」
自身が孤独の下にあることは。
「(思想が異なれば馴染めるとでも?)」
だからシェツェナを巻き込んだ。
「運命が私を忌むならば、私は運命を友にしよう。」
私以外は要らない。
シェツェナの願いを抱いて眠ろう。
私の領域を侵す者は全て排除して。
生まれ変わる私に名をつけよう。
あの娘の願いを忘れないように。
『マルトシアーズ』
まずは古巣の掃除からだ。
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