19 判明
うーん…、惜しい。
『やってしまえ!』
先ほどこちらに、一考の余地も無い投降の呼び掛けをした声が無線から聞こえた。
その様はまるで、自分の思い通りに行かず癇癪を起こした子供のようであった。
(これが個人の戦力にゃ!?)
ドギヘルスは未だに貴族制度が残っていると聞いた。
しかしその貴族が有する私兵が、正規軍以上の装備と練度があるということは考えもしなかった。
(『…ようやく尻尾を出したにゃ。』)
(「何のこ…っ!」)
ドヒュンッ
何かを待っていたらしき“私”に説明を求めようとしたところで、長距離用火器の弾が後方からあさっての方向に抜けていった。
『小尉!?
突然何をっ!』
アクト曹長の驚愕と困惑の入り交じった無線が聞こえた。
レーダーを確認すると、アクト曹長の機体を示す光点がハロルド小尉の機体を示す光点に追われているように見えた。
『小尉、落ち着いて!
自分は味方ですっ!』
曹長が小尉を必死で宥めようとしている。
(…………。)
戦場で極度のストレスを受けると暴れだす新兵がたまにいるという。
小尉の状態は、一見そのように思える。
しかし小尉の行動は不可解なようでいて、理性が残っているようにも感じる。
それに曹長の呼び掛けには、どこか苛立ちが含まれている。
ドゥッ
敵艦の砲撃を回避する。
こちら側が混沌としていようが、敵は攻撃の手を緩めてはくれない。
小尉と曹長の行動に違和感を感じつつも、敵の攻撃に集中力が割かれ思考が纏まらない。
『隊長!
小尉の撃墜許可を求めます!』
曹長が小尉の回復を諦め、介錯の許可を求めてきた。
『撃てば良いだろ!?
“さっき”みたいにな!』
小尉の言葉に、やっと合点がいった。
アクト曹長は敵と通じている。
そうと分かってしまえば様々な違和感が無くなる。
今日に限って聞き分けが悪いのはこの戦闘においてこちらの動きを乱すためだろう。
敵の増援をいち早く特定したのも、来るのが分かっていれば当然だ。
そしてつい先ほど行われた射撃はピコを狙ったものであり、ハロルド小尉の咄嗟の妨害により外されたといったところか。
『小尉、曹長を抑える事に専念。
こちらへの支援は必要無いにゃ。』
長期間戦闘から退いていて勘が鈍っていたのだろう。
この事態を招いた一端は自分にある。
もう四の五の考えるのは止めだ。
(「力を貸すにゃ、マルコシアス!」)
温存などとはかけ離れた全力で魔力を機体に流し込む。
パキィッ!
(『始めからそうしてれば良かったのにゃ。』)
“私”は素っ気なく装って言うものの、暴れられる歓びがこちらまで伝わって来る。
相当フラストレーションを溜め込んでいたようだ。
「ディック、退避するにゃ!」
クアッドモードの実戦での使用は初となる。
動作テストは繰り返し行ってきたが、敵機がいる状況での挙動は未知数だ。
最悪暴走の危険があるため、巻き添えを食らわないように退避させる。
ジャッ!
ポッドから一瞬にして翼を持つ機械の獣への変形が完了する。
『隊長、小尉と曹長の方は任せるっす!』
ディックからの返答は、心置きなく敵を討ち倒す後押しとなる。
キュオォォッ!
変形により噛み合いが変化し、魔力により限界以上の回転をするモーターの駆動音がまるで咆哮のようだ。
咆哮を終えると、四肢を曲げ姿勢を低くする〈猟の構え〉を取る。
『来るぞ、備えろっ!』
ドギヘルスにも似たような姿勢があるらしく、こちらの次の行動を予測して迎撃態勢が取られる。
(『超常の力、思い知らせるにゃ。』)
ビュッ!
機械の四肢が宙を掻く。
しかしその動作は確かに空間を捉え、爆発的な加速を獣に与えた。
ガゴォンッ!
一瞬敵兵の認識を置き去りにした獣は、記念すべき初の獲物を得ることに成功した。
『一撃だとっ!?』
『何が起こった!?』
(『流石“わたし”、初手大物狙いとは狩りの楽しみ方
を分かってるにゃ。』)
取るに足らないとは言え、防備している敵に向かうことは無い。
そういう訳で、まずは駆逐艦を一隻無力化した。
敵兵は驚いているが、一撃で駆逐艦が撃沈する事は珍しい事ではない。
各種制御の自動化が進んだ現代の艦は少数での運用が可能となった反面、制御部の重要度が高くなる。
今回は最大の弱点である艦橋を破壊したのだ。
バギィッ!
無力化された駆逐艦の甲板が割れ、そこにいた獣が姿を消す。
『っ!
何処にっ!?』
グァシャアッ!
再び機械の獣が姿を現したのは別の駆逐艦の艦橋が建っていた場所である。
つまり、このドギヘルスの私兵艦隊は瞬く間に駆逐艦二隻を喪失したということになった。
『……っ、何をしている!
撃て、撃ち尽くせ!』
…ダダダダダッ
ここでようやく敵機が動き始め、命令に従い乱射を開始する。
ドゥッ、ドゥッ、ドドゥッ
敵機だけでなく、敵艦も射撃を開始する。
バシュウゥ…
そして時たま、ロケット弾も飛んでいく。
しかしその悉くを回避する。
…………。
…。
乱雑に放たれる弾丸は命中精度は二の次であるが、数が多い。
また着弾点が予測不可能なため、結果としてようやく命中弾が出る。
ガガッ!
『俺は味方だ!
撃つな!』
『「撃て」って言われてんだよっ!』
もっとも、敵機にしか命中しないということは無い。
この戦闘が偶発的なものであれば撤退という選択もあった。
秘策があるのか、はたまた愚かなだけなのか。
未だ留まる敵は機械の獣に狩り尽くされる運命の最中にあった。
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