クエスト 『荒れ狂う、氷雪の女王を倒せ』
狼の群れを振り切ったところで、ソリから降りて一時休憩となった。
ベネディクト以外は全員グロッキーになっていた。
自分は雪に穴を掘って、その中に吐いたわ。他にも、自分と同じように掘った穴に吐いているものがいる。
情けないと言う事無かれ。乗り物への酔いやすさは体質の域だ。自力でどうにか出来るものでは無い。
軽く吐いて、水筒の水で口を漱ぎ、残りを全て飲み干して、漸く一心地着いた。
「皆さん、ちょっと大袈裟過ぎません?」
「おめぇ以外、全員グロッキーになってんのに、大袈裟も何もねぇだろ!!」
ギィードの発言に、皆で頷く。運転手以外の全員がダウンしている以上、大袈裟も何も無い。
「船は良くて何でこれで酔うんですか?」
「ベネディクト。揺れの少ない大型船と比べるな。デカい船は揺れ難いんだよ」
「そうだぞ。オフロード車で地雷原を走る方がまだマシだ」
「……ペドロ。どうしてそんな経験をしているんだい?」
「仕事都合だ」
クラウスの問い掛けにペドロは視線を逸らして回答した。首を傾げるベネディクトにアルゴスは突っ込むも、言い足りないのか文句を言い募っている。
一方、声を上げていない残りの面々は気だるげに、元気一杯な面々のやり取りを見ている。
この隙に自分は、穴を埋めて地図を呼び出し、現在位置の確認を行う。
ソリで進んだお蔭か。はたまた、ベネディクトの運転のお陰か。
幸運な事に、少し道を逸れているが、大分進んでいた。残り十分の一と言ったところか。これまでの移動速度が余りにも遅かった事を考えると、この結果は悩ましい。
「結構進んだわね」
横から復活したミレーユが覗き込んで来た。その後ろには、同じく復活したルシアがいる。マルタとロンは雪の上で仰向けになっていた。
「そうだねー。歩いて移動するか、運転手を交代して移動するか……」
「運転手交代一択ね」
「同じく。それ以外に選択肢は無い」
ミレーユとルシアは即座に決断した。自分も同意見なので何も言わない。
もう暫く休んでからソリに乗って出発する事になったが、運転席に座ろうとしたベネディクトを引き剥がして、代わりにペドロを座らせた。
現在、ペドロの安全運転のお陰で、雪上を快適に移動している。途中、何度か魔物に遭遇したが、その数は多くても五体程度だった。その度に『一時停止・降車・戦闘・撃破』の四工程を繰り返した。
戦闘を終える度にベネディクトが『効率が悪い』と不満の声を上げた。
だが、多数決を取ると、ベネディクト以外の全員が『現状で良し』に賛成する。
「目的地に到着した時に動けんようでは、これに乗る意味が無いだろう!!」
余りにベネディクトがしつこい為、珍しい事にルシアがキレた。ルシアの発言が正論そのものだったので、これにはベネディクトも引き下がった。
と言うか、ベネディクトよ。そんなにこれの運転がしたいのか?
そこまで粘るのなら、一人で別のものに乗れと、言葉が出掛かったところで、上陸前の装備品について思い出した。
「そうだ、思い出した! ベネディクト。空母に移る前に、アンタに道具入れを作って渡したわよね? 乗り物か何か、持って来てないの?」
上陸前、ベネディクトに道具入れを作って渡していたのだ。それを思い出した自分はベネディクトに詰め寄った。自分が明かした情報を聞き、皆も忘れていたのか『えっ!?』みたいな顔をした。
ベネディクトは両手を肩の高さに上げて、困り顔で回答する。
「持って来ていますけど、バイク一台とジープ二台だけなんです。しかも、ジープはマニュアル車です」
「今時マニュアル車の運転が出来る奴は少ないな」
ペドロの言う通り、昨今の車はオートマ車が主流だ。自分が日本で通勤用の車を購入する為に色んな未使用車販売店やカーディーラー店を見て回ったが、勧められたものはオートマ車ばかりだった記憶がある。
「はい。私もオートマ車の運転経験しかありませんので、現状ではバイクしか乗れません。それ以前にバイクもジープも、雪上運転を想定していないので、チェーンとかも持って来ていないんですよ」
ベネディクトが所持している乗り物を出さない理由を聞き、皆は『それは仕方が無い』と言わんばかりの顔で引き下がった。個人的に、オートマ車の運転経験しかない状態で、ベネディクトがどうやってドリフト走行を習得したのかが気になった。
「そうだったの。ブランクがあるけど、あたしも車の免許はマニュアル車で取っているよ」
「……もっと早くに明かすべきでしたね」
自分が『マニュアル車の運転経験有』だと明かすと、ペドロも『マニュアル車の運転経験有』だと明かしたので、ベネディクトは頭を抱えた。
休憩の合間に、そんなちょっとした一幕を挟みつつ、雪上を進んで行き――遂に目的地の手前に到着した。ソリを道具入れの中に回収し、残りの距離は徒歩で移動した。
「「わぁ……」」「「スゲェ」」「「見事だ」」「……綺麗」「見入ってしまうぐらいに、凄いな」「確かにな」「そうですね。建築方法が知りたいです」「通常の建築方法じゃないのは確かでしょうね」
地図上の目的地であるそこは、自分を含む殆どのものが見入る程に壮麗な『教会に似た大きな建物』だった。ここで『似た建物』と余分な文言が付いてしまうのは、建物が硝子か氷のように透明度の高い鉱石で出来ていたからだ。透明度は高いのに、内部は透けて見えない。これは内部が暗いから見えないのかね?
建物の壁に触れると、冷たさは感じない。
透明度の高い鉱石でこの建物は出来上がっていると思っていたが、間近で見ると、鉱石の継ぎ目が見えない。恐ろしい事に、建物の正面に存在する両開きのドアも、それぞれが一枚の結晶で出来上がっていた。
これまでのダンジョン同様に、普通の建築方法で出来ていないんだろうなぁ。
建物の観察を終えて満足した面々が、声を掛け合ってもいないのに正面に存在する大きなドアの前に集合した。
問題無く戦闘が可能である事を確認し合い、両開きのドアを開けて、盾を持ったクラウスを先頭に建物内に足を踏み入れた。
建物内は不気味なまでに静まり返っていた。
ドアを開けてすぐの空間は、薄暗いが礼拝堂だった。信者が座る椅子と、司祭が説法を解く教壇は無いけど、マルタが『ここは礼拝堂だ』と断言した。
ここから先へ進みたいが、教会の建物の構造を知るものは少ない。けれども、忘れそうになるが――マルタが名乗りを上げるまで実際に全員が忘れていた――ここには現役シスターのマルタがいる。
顔を少し引き攣らせたマルタの案内で、礼拝堂の奥で見つけた通路のドアを開けて、薄暗い通路を更に奥へ進む。
正面から見た限りでは判らなかったが、この建物は奥行きのある建物らしい。
移動の道すがら、魔物やトラップなどに襲われない事はありがたいが、道中にドアが一つも無く、同じ景色が延々と続く。
精神疲労を心配したペドロの提案で、こまめな休息を取りながら移動を続ける。
そして、想像以上に長い時間、歩き続けた。
二度、交代で仮眠を取り、更に奥へ進む。
やがて、二本の青白く光る石を松明代わりにした灯りに挟まれた、楚々と妖美を両立させたかのような装飾が施されたドアが出現した。
全員の状態を確認してから、ドアを押し開けようとしたが想像以上に重かった。そこで、クラウス、ギィード、アルゴス、ベネディクトの四人が力を合わせて、ドアを押し開けた。
ドアの向こう側は、広々とした謁見の間だった。
天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが、白く光り輝き、室内を明るく照らしていた。
そして、この室内を謁見の間だと勘違いさせた最大の要因が、正面斜め上に見える。
階段の踊り場と思しきところに、玉座なのか不明だが、豪華絢爛な座る場所があった。そこには頭に王冠を乗せ、ベールで顔を隠し、漆黒の服を着た人物が俯いたまま座っていた。
『クエスト 荒れ狂う、氷雪の女王を倒せ』
ドアを開け放ったまま室内の中央にまで移動すると、再びクエストの内容が表示された。直後、ドアが自動で閉ざされた。
クエストの内容を考えると、この人物が氷雪の女王になる。
俯いていた女王が顔を上げた。髪は結い上げているのか分からないが、ベールで髪も顔も確認出来ない。
『――』
王冠に嵌め込まれた石が輝き、女王が人間の可聴領域よりも高い声を上げた。女王が鬨の声を上げたようにも見える。女王の声に応じてか、空中に大量の氷の槍が出現した。
「散開! ククリ! 俺に攻撃集中の魔法を!」
「蜃の息吹を浴びて、白き夢幻の暗中を彷徨い果てよ。蜃気夢幻」
クラウスの鋭い声が響くと同時に、氷の槍が降った。
自分はクラウスの要請に応えて、『闇属性の魔法』を発動させた。
たった今、自分がクラウスに掛けたこの魔法は、敵の攻撃を一ヶ所に集める、ゲームで盾役の人が使う、所謂『ターゲット集中』か、『攻撃集中』の効果を発揮する『闇属性の魔法』だ。
クラウスは闇属性の魔法に対して適性を持たない為、こうして自分が魔法を掛けている。
必要となったその都度、自分が魔法を発動させなくても、クラウスが持つ盾に攻撃集中系の機能を付与すれば事は足りる。
……本来ならば、その筈なんだけど、クラウスが無茶を――具体的には『下がるように言っても下がらない』、『ペドロからの治療が必要な状態になっても、下がらずにこの魔法を使い続ける』など――するようになった為、機能を取り外した経緯がある。
クラウスからは不満の声が上がった。けれど、全員でクラウスを取り囲んで説教を行い諦めさせた。
皆はクラウスの声に従い、走って散開する。自分は飛んで来る砕けた氷の破片対策として障壁を展開しながら、ペドロを伴って後方に下がった。
一拍遅れて、幾本かの氷の槍が床に突き刺さった。
中央にただ一人残ったクラウスは持っていた盾で氷の槍を、己に向かって来る分だけを器用に弾いた。クラウスが氷の槍を弾き砕いている間、散開した自分達はクラウスの負担を減らす為に、炎属性以外の魔法で氷の槍を可能な限り破壊した。
氷の槍が床に突き刺さるか、砕かれるかして、空中に浮いている残数が無くなった。クラウスの周辺には、砕けは氷の槍の残骸が散らばっている。
最初の攻撃は凌いだ。反撃すべく、自分とペドロ、クラウスとマルタ以外の全員が各々の武器を手に女王に狙いを定めた。
自分とマルタとペドロの支援魔法の光が飛び、ロンとベネディクトは援護射撃を行い、ミレーユとルシア、ギィードとアルゴスの二組に分かれて、それぞれ剣と槍を手に女王に跳び掛かった。クラウスには引き続き攻撃集中役を続行して貰う。
『――』
先程と同じように王冠に嵌め込まれた石が輝くと、女王は再度、高い声を上げた。その直後、風が動いた。
風が『吹いた』ではなく、『空気の塊が動いた』と錯覚した。台風が生む暴風を連想する程に、強い風だった。
女王に跳び掛かろうとしていた四人は、暴風に煽られて体勢を崩した。普段は捕縛用に使う隔離障壁を、四人に対して発動させた。空中に固定されたので、これで四人が体勢を崩した状態で壁に叩き付けられる事は無くなる。ロンはベネディクトと共に、身を低くして暴風をやり過ごしていた。ベネディクトの手がロンの頭に置かれている。手の位置から推測するに、ベネディクトがロンを自主的に回収したんだろう。
四人が空中で障壁によって隔離されると同時に風が止み、自分の予想を裏切るように視界が煌めいた。皆の姿は靄が掛かったように見えにくくなる。
「何だ? ダイヤモンドダストか?」
自分の背後にいるペドロの言葉通りに、視界で発生している煌めきはダイヤモンドダストに似ている。
「マルタ! クラウス! 身を守って!」
大声を張り上げると、二人が慌てて身を守る障壁を展開した。
自分が張り上げた言葉の内容を聞き、隔離障壁内にいる四人の顔が引き攣った。自分とペドロ、ロンとベネディクトを守る障壁を展開し、更に四人の隔離障壁の上に障壁を重ねて展開する。
ダイヤモンドダストは別名『細氷』とも言い、空気中の水蒸気が凍る事で出来た微細な氷が、太陽の光を反射して輝く現象を指す。
ただし、ダイヤモンドダストは『氷の結晶が宙に浮く』氷霧とは違い、『小さな氷の結晶が降って来る』のだ。
自分の記憶が確かなら――ダイヤモンドダストは違うが――この手の雪景色の中での綺麗な現象は『天候が崩れる前兆』だった筈。
そのうろ覚えな知識は正解だったと示すように、再び暴風が吹き荒れた。
障壁の表面が嫌な音を立てて削られて行く。
「ダイヤモンドダストが発生した現象を『天使の囁き』と呼ぶと聞いたが、これではまるで、『天使の裁き』だな」
「上手い事を言っているつもりなんだろうけど、全員分の回復の準備してよ!」
障壁を重ねて展開しながら、背後にいるペドロに向かって怒鳴り、視界が晴れるのを待った。
体感としては一分程度だったが、嫌に長い一分だった。氷を砕くミキサーの中にいるような気分で、何時障壁が駄目になるのか判らなくて冷や冷やした。
視界が晴れると、目の前の障壁は傷だらけだった。
障壁を一度解除し、ペドロと一緒に皆の安否確認の声を上げながら室内を見回す。
室内は、一言で表すと、ズタズタだった。
無事なのは、天井から吊り下げられているシャンデリアと、女王と玉座だけだ。
あちこちから生存確認出来る声が上がる。
マルタとクラウスは魔力の使い過ぎで肩で息をしているけど、辛うじて無事だった。
ロンとベネディクトは元々身を低くしていた状態だった事もあり、二人して青い顔をしているがこちらも無事だった。
隔離障壁内にいた四人はミレーユとアルゴス、ルシアとギィードの二組に分かれていて(何故か男二人は、女二人をそれぞれ抱き抱えていた)、四人揃って血塗れだった。
……障壁を二重に展開したのに、砕かれたのか。
ペドロの治癒魔法の光が四人に向かって飛ぶも、すぐに傷が言えたのはミレーユとギィードだけだった。遅れてルシアも回復する。
視界が晴れると同時に、アルゴスとギィードがそれぞれミレーユとルシアを抱き抱えていたところから考えると、二人は身を挺して守ったのだろう。
ミレーユとギィードの二人も障壁の展開は出来る。アルゴスの復活が遅いのは、ミレーユが障壁を展開する時間を稼いだ結果だろう。ギィードもすぐに障壁を展開した筈だが、すぐに破壊された可能性が高い。
……殆ど初手でこんな大技を出すとか、こいつは何を考えているのよ!? もしかしてこいつは、短期決戦型なのか!?
仮定の話、こいつが短期決戦型だとしたら、今後もマップ攻撃が来るのか?
ありとあらゆる可能性を考えていると、ペドロに『行け』と背中を押された。
「アルゴスは儂に任せろ。お前も戦闘に参加して早々に終わらせろ」
「……分かった」
一瞬だけ迷ったが、ペドロの言う通り、この戦闘は早々に終わらせるべきだ。
自分も攻撃側に加わるが、状況は好転しない。
そして遂に、これまで支援を行っていたマルタも拳を握って参戦し始めた。女王はマルタの進路を阻む為に氷の壁を作ったが、マルタは拳の一撃で砕いて行く。
マルタが女王に肉薄し、拳を繰り出すも、女王が動いたので王冠を掠めただけだった。
女王は王冠を守るような行動を取り、マルタを追い払いに掛かる。
三度、女王が王冠を輝かせた時、銃声が上がり王冠に罅が入った。一拍遅れてベネディクトの声が上がる。
「総員、王冠を破壊して下さい! 王冠が光ると、高火力魔法攻撃が来ます!」
ベネディクトの言葉通りに、王冠に罅が入った事で、女王は動きを止めた。
活路を見出した自分達は、女王の王冠に狙いを定めた。
当然のように女王から氷の槍の掃射を始めとした妨害を受けるも、前線復帰したアルゴスとギィードとクラウスの三人の捨て身の特攻撹乱が功を奏し、ロンの精密が女王の王冠を砕いた。
王冠を砕かれた女王は仰け反った体勢で動きを止めた。
女王が動きを止めた隙に、ペドロと手分けして全員の治療を行う。特にクラウスが重傷だった。
皆の治療を行いながら、女王の次の反応を待った。
仰け反っていた女王は、その体勢のまま、座っていた玉座と一緒に衣類の端から全身が凍り始めた。全員が次の変化を警戒する。
だが、全身を凍り付かせた女王は何の反応も示さずに、そのまま砕け散った。
女王が氷漬けから砕け散った直後、空中ディスプレイが出現した。
『クエスト達成。最奥に至れ』
空中ディスプレイに表示された文章は、クエスト達成を知らせるものだった。クエストの達成を告げると、皆は困惑した。
「今ので、クエスト達成なのか?」「命懸けだったが、何と言うか、微妙だな」「アルゴス、ギィード。クエストが達成出来たんだ。それで良いだろう」「クラウスの言う通りだな」「そうね」
アルゴスとギィードが感想を述べ、クラウスが窘め、ミレーユとルシアが同意する。
「アレだけの大怪我を負ったと言うのに、皆さん元気ですね」
「完治したからな」
マルタとペドロは呆れていた。
危ない橋を渡り終えた直後のしては、自分も皆の気が抜けているとは思う。でも、ここに来るまでの事を考えると、これくらいは良いだろう。
空中ディスプレイには、クエスト達成を知らせる文言の他に、移動を促す文章があった。
皆に空中ディスプレイに表示された文章を全て教えて、精神疲労は残るが、全員で奥に続く道を探した。
奥へ続く道は、女王と一緒に砕けた玉座の裏にあった。
玉座の裏にあった隠し通路を通り、先に進む。移動途中、奇襲などは発生しなかったが、全員で警戒しながら進んだ。
そして、最奥と思しき部屋の前に辿り着いた。
「第二ラウンドは無いよな?」
「第二ラウンドがあったら、クエスト達成なんて通知は来ないだろ」
アルゴスとギィードの掛け合いを聞き、残りの皆は嫌そうな顔をした。
軽く話し合った結果。
――発生したクエストと達成したクエストの内容が同じだった事から、流石に第二ラウンドは無い。
この見解で落ち着いた。
全員でやたらと重い部屋のドアを押し開けて、中に入った。
入った部屋の中は、戦闘を行った先の部屋より狭いが、全員が入れる程度の広さがあった。
部屋に入って正面、祭壇のような場所が存在した。
全員で警戒しながら、慎重に歩を進めて祭壇の前にまで移動した。
祭壇には何も無いように思えたが、祭壇は石箱だった。石箱の蓋は重く、腕力に自信の有るギィードとアルゴスの二人掛かりで持ち上がらず、クラウスも手伝い、三人掛かりで少し蓋が動いた。
自分が蓋に重力軽減魔法を掛けて、漸く蓋が開いた。
クラウスが石箱の中身を覗き込み取り出した。中から、紐が付いただけの丸い石が出て来た。石の色はサファイアブルーで、石の形状は完全な球体だ。クラウスが伸ばした紐の長さを考えると、ペンダントの一種だろう。
これは何のペンダントかと、議論が起き始めた時。マルタが恐る恐ると言った感じで発言した。
「あの、どうやって拠点にまで帰るんですか?」
『あ』
ここで、マルタ以外の全員の思考が、一人を除いて一致した。
……ヤバい。帰還方法について全く考えていなかった。
皆揃って狼狽え始めるも、唯一冷静だったベネディクトが自分にペンダントを渡すようにクラウスに指示を出した。
「我々は、ククリが開けた扉を通ってここに来ました。ここに来るまでの、通知を受け取っていたのもククリだけです。この事から、ククリが触れれば何かしらの反応が返って来る筈です」
ベネディクトの推測を聞いて、納得した自分はクラウスからペンダントを受け取った。
次の瞬間、ベネディクトの推測が正解だったと示すように、部屋の壁の一部がスライドドアのように動いた。横にスライドした壁の向こう側には、夜空の下に広がる拠点が見えた。
続いて、空中ディスプレイが出現した。
『絶凍のペンダント 身に着けている間、フィールドの制限を受けずに氷系の魔法が行使可能。氷系の魔法適性が無くとも、身に着けている間一時的に氷系の魔法が使用可能となる』
「マジか」
誰の呟きか分からなかったが、皆の視線は空中ディスプレイに釘付けだ。
身に着けている間限定だが、適性が無くても氷属性の魔法が使える。破格の効果だが、問題は自分以外が所持しても、効果が得られるかだ。
その辺りは帰還してから検証すれば良い。
帰還すべく、アルゴスが試しに拠点に続く穴を通った。異変は発生しない。どうやら、ここから拠点に戻れるみたいだ。
全員が通過してから、自分も通った。直後、浮島と繋がっていた穴は消滅した。
「……あ」
帰って来れたと実感した瞬間、足の力が抜けて、足を滑らしたかのようにその場に座り込んでしまった。気づいた面々が慌てるも、再び立ち上がって大丈夫だとアピールする。
正直に言うと、座り込んでしまった自分が一番驚いている。これは単純に疲労が積み重なった結果だ。二週間連続出勤後に、何もないところで転んだのと同じ感覚だったし。
そんな自分の状態を見たペドロの提案で、明日から三日間休息を取る事になった。
誰一人として、ペドロの提案を拒まない辺り、皆も疲れ切っているのだろう。魔法で負傷は治せても、精神疲労を完全に癒やすのは難しい。
今日だけは、食事も取らずに解散して眠る事になった。
※※※※※※
解散してから一時間後。
集会場に明かりが灯っていた。
その室内には菊理以外の九人が揃っていた。
「今日は肝が冷えたな」「障壁が砕けた時とか、死ぬかと思ったぜ」「障壁が砕けた時もそうだけど、今日は心臓に悪かったわ」「まさか、ベネディクトがハンドルを握ると人格が変わる人だったなんて思ってもいませんでした」「それもあったな」「アレは酷かったね……」「そうだな」
八人の視線がベネディクトに集中した。視線を集めたベネディクトは笑顔を浮かべたまま、器用に額に青筋を浮かべた。
「皆さん。集まりの趣旨を忘れていませんか? 今は反省会の時間ですよ」
ベネディクトの言う通り、『菊理に内緒』で集会場に集まっているのは、『少しでも菊理の足を引っ張らない為の反省会』を行う為だ。
開催提案者はベネディクトで、菊理が単独でダンジョンに挑むようになってから開催している。皆は必要と判断し、必ず参加している。なお、司会進行役はいない。議事録も作成していない。
反省会と言うよりも、思った事を言って意見を貰う場と化していた。
「ダンジョンをソロ攻略したククリでも、戻って来た直後がアレだった。今後、脱落者が出る可能性も考えねばならなんな」
「ペドロ。流石にそれは、思考が飛躍していませんか?」
「マルタ、今回に限ってはペドロの懸念は正しい」
「あー、確かにそうかもな。今回に限っては、マジで死ぬかと思った」
「……アルゴス。障壁の展開が遅くて悪かったわね」
「あ、いや、そう言う意味で言ったんじゃないからな」
「ミレーユ、少し落ち着け。訓練を重ねて展開速度を早めれば良いだけだ」
「ルシアの言う事は俺にも当て嵌まる。これまで、今回みたいにククリが展開した障壁を突破された事はなかった。今回の戦闘で分かったが、ククリの一番固い障壁を突破してくる敵がいる。この事実は非常に厄介だ」
「そうだね。敵の攻撃を一手に引き受けるのなら俺でも出来るが、フォローしながらやるのは無理だ」
「次の浮島へ行く前に、修行をやり直した方が良いかもしれんな」
「わー……、やる事が一杯だね」
「ロン。やる事は満載だが、一つでも多く出来るようにせねば、間違いなく死ぬぞ」
「それは分かっているよ。死なない為の防具とかも一杯貰っているから、使わない為にも一杯練習しないと」
「一番死なれたら困るのはククリよね」
「私達が使用している武器も防具はおろか、この拠点も彼女のお陰ですし」
「俺らは戦うしか出来ないが、道具がねぇと、何も出来ないもんな」
「マルタのように拳一つで戦うにしても、厳しいな」
「そこ! 私は祈祷師ですよ!」
「今日の戦闘で、杖を封印して参加していたじゃない」
「あれは、その、……緊急事態だからです!」
「……まぁ、緊急事態だったな」
「「「「「「うん」」」」」」
「くっ、味方がいない」
毎回こんな感じで、反省会は行われていた。
そして、言いたい事を言い合い、気が済んだら解散となる。反省会は毎回このように行われていた。勿論、菊理には気づかれないように、こっそりと開催されている。
密かに行われた反省会は、静かに解散した。
※※※※※※




