独りで行うダンジョン探索
「雷水破!」
左手の雷を付与した水の鞭で、横列を組んで飛んで来た蝙蝠の群れを薙ぎ払う。水の鞭を二度・三度振るい、それでも発生した討ち漏らしは右の魔法銃で撃ち落とす。
全ての蝙蝠の討伐が終わった事を確認し、奥へ進む。魔石は欲しいが、今回に限り、回収はしない。
技能の気配遮断を使い、慎重に奥へ進む。
魔物と遭遇したら、前後左右の内の二方向の安全を確保してから戦闘を行っている。全方向を囲まれた状態での戦闘は避けないと、色々と厳しい。
小休止を細かく挟み、体に疲労が溜まらない状態を維持したままで、ダンジョン内を進む。
このダンジョンは全十階層だ。地上から十階の最奥の部屋にダンジョンボスがいる。
ダンジョンボスを斃す為に必要な魔石は七階層にいる魔物を斃さなくてはならない。
七階層に行き、魔石を回収して戻るだけ。それ以上は危険だ。
単独でダンジョンに挑むだけでも無謀だが、今回に限ってはここまでしないと必要なものは手に入らない。
ベネディクトが持ち出した、ダンジョンボス用の武器はロンに渡す予定の弓だ。
形状は洋弓――アーチェリーの弓と言えば解るかな?
ロンの身長に合わせて作るロングボウだが、最大の特徴は魔力で仮初の弦と矢を構築する。弦と矢を魔力で作る事により、弦が緩んだり、切れたりする心配が無くなり、矢の残量を気にする必要も無くなる。
この弓に付ける、簡易魔法付与を可能する為の『属性フィルター』の研究を行っていた。研究を行っても、弓が無ければ意味が無い。
そしてこの弓を作るには、魔力を収圧縮・集束させる効果を持つ魔石が必要なのだ。
前回このダンジョンに来た時には、この魔石は一つしか手に入らなかった。可能ならば全員分の魔石が欲しい。この魔石が複数個手に入れば、ルシアの戦闘の幅が広がる。
でも、その試作品の弓は手元に無い。
魔法で魔力を圧縮・集束させる事は出来るが、高等技術の一つなので簡単に使う事は出来ない。自分も五回に一度は失敗する。これから採集する魔石を核にすれば、失敗は無くなる。
圧縮・集束率は個人の練度で変わるが、出来る事が増えれば戦闘面での選択肢が増える。
ペドロですら、迅速に治療を行う為に、魔力を集束させる練習を重ねている。
「そうだって言うのに……」
螺旋階段内で、自分の声が空しく響く。
ここは、一階と二階を繋ぐ螺旋階段だ。そこで、階段の段差に腰掛けて休憩している。
これまでにダンジョン攻略を続けて得た情報だが、階層を繋ぐ階段内では魔物が出現しない。
ゲーム時代では気にした事は無かったが、実際に命懸けでダンジョンを攻略するようになってからはここで休憩を取るようにしている。
単独でダンジョンに来ている今となっては、ここ以外で睡眠などの休息は取れない。ゲームのような『セーフティゾーン』が欲しいと、切実に思ってしまう。
ヨットに乗って世界を一周する競技に参加した人がバラエティー番組(無人島暮らし対決だったかな?)でのコメントで、うろ覚えだけど『疲れるまで動くから眠くなる。こまめに休息を取って、体に疲労を溜め込まない。そうすれば、眠くなくなる』とか言っていた。
小さい子供も遊びに疲れ果てて眠ってしまうから、このコメントは確かにそうだなと感心した。
まさかそれを、ダンジョン内で実践する事になるとは思わなかったがな。
階段の壁に寄り掛かる。
幾ら安全だとは言え、ここがダンジョン内である事に変わりはない。
防御結界発生装置を起動させてから、少しだけ眠る事にした。
こまめに休息を取り、階段で眠り、安全と退路を確保しつつ戦闘を行う。
何か起きたら自己責任になるが、代わりに行動の自由度は高い。単独行動はここまで気楽だったかしらと思うぐらいに、自由だ。
二階層目からは多少は慣れて来たので、やりたかった魔法の実験を行うようになった。
……こんなところで目覚めてはいけないんだろうけど、おひとり様は本当に気楽で良いな。
パーティメンバーを気に掛ける必要は無いし、どう動いても誰にも迷惑を掛けない。ある意味、最高だな。
ダンジョンの外であればと条件は付くが、四人一組に戦力を分けて行動しても、危な気は無くなった。
「ベネディクトの一件はあくまでも切っ掛け。そう言う頃合いだった」
共通の敵や目的が無ければ、人間の結束は簡単に崩れやすい。
一人が和を乱す行動を取り続ければ、疑心暗鬼になりやすい。
ふと、『これ以上、一緒に動く理由は無いかな』と思ってしまった。
年齢差と言うのもあるんだろうけど、本音を言った事は少ない。ペドロみたいに割り切れれば良いんだろうけど、勝手が違うから割り切り難い。ルシアとミレーユみたいにキャットファイトをやる訳にはいかないしね。
そして、魔法のごり押しで五階層目の中ボス(一度撃破したが復活していた)を斃し、更に上へ進んで、遂に七階層目に到着した。
目当ての魔物は七階層目の奥の方にいる。慎重に進み、魔物を斃して奥を目指す。
この階層で引き返さないと、回復用品が心許ない。
だから、この階層で求めている魔石を入手したら拠点に戻る。戻る道中でロン用の弓を作り上げる。拠点に戻り次第、ロンに直接手渡せばいい。
――そのあとは、どうするの?
予定を立てていた途中で、ふと抱いてしまった疑問に足が止まりそうになった。
そのあとはどうする? 決まっていない。
拠点で十分な休みを取ったら、また材料を探しに、独りで拠点を出る。それが理想的だ。
――可能にならない理想を抱いてどうする?
理想を抱いて、即座に否定する言葉が浮かんだ。
頭を振って深呼吸を行い、奥へ進む。
探している魔物は、恐竜の『トリケラトプス』に似た魔物だ。皮膚の色がライトグレー一色なので、新種の犀と勘違いしてしまう外見だ。ただし、角は額から伸びている一本だけで、他に角のような棘は持っていない。
こいつは寒さに弱く、片足を氷漬けにしたら動きを止めた。前回は動きを止めた瞬間、クラウスに首を落とされた。でも、氷漬けにする前のこいつの皮膚は硬かった。
原理は分からないが、体温が下がると全身の皮膚が軟らかくなるのかもしれない。
慎重に奥へ進みながら、前回の戦闘時に得た情報を思い出す。
……そう言えば、魔物の弱点について考察するのは何時も自分だったな。
上陸した当初、尻込みする事が多かったロン、前に出るのを嫌がったマルタ、攻撃そのものを得意としないペドロと、後方支援が中心だった自分の四人以外の六人は、何かと突撃をしていた。
六人に少し考えてから動いてと頼んでも『何を考えれば良いのか分からない』と返され、大怪我をして意識を失っても『すぐに治してくれるでしょう?』と首を傾げ、経験を積んでも『支援があれば何とかなる!』と胸を張る始末。
唯一の救いは、クラウスだけが他の五人よりも早い段階で考えて動いてくれるようになった事か。
余計な事まで思い出したな。
上陸してから四ヶ月が経過して、やっと少しは考えてくれるようになったけど、戦闘に関しては未だに自分に丸投げされる事が多い。
「?」
静かな足音を聞いた。すぐに壁際に移動して隠れる。耳を澄ませて足音に集中する。
擬音で表すのならば『カツン、カツン』と言った感じか。魔物の足音にしては小さく、音が高い。まるで、ヒール音のようだ。
――ヒール音?
連想で出て来た単語に、何故その単語を連想したのかと考える。だがその間に、カツン、カツン、と聞こえていた足音が遠ざかって行く。
調べるかどうするか考える。
この足音が人間のものならば、調べる価値はある。
行方不明者のものかもしれない。手掛かりが得られる可能性も有る。
けれど、現在単独行動中なので、迂闊な行動は取れない。
己の身の安全と情報の入手を天秤に掛ける。
本音を言うと、この手の危険な行動は取りたくない。でも、ダンジョン内で初めて遭遇した未知でもある。
現在の目的は特定の魔石の入手だが、上陸の目的は行方不明者の捜索でもある。
改めて、目先の目的と本来の目的を天秤に掛けて、それぞれに己の身の安全と情報の入手を追加で乗せた。
……危なそうだけど、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うからなぁ。
ここで勘違いしやすい点は、情報入手の『可能性がある』と言うところだ。
身の安全と可能性。この二つでは比べるまでも無い。無いんだけど……。
状況の変化を求めて、今回だけは後者を選んだ。
遠ざかるヒール音を、音を頼りに、音を立てないように追い掛けた。