ネットゲーム開始
そして迎えた、ゲームの配信日。
退職後の手続きを大急ぎで終わらせた。
ゲーム配信の開始時間は午後一時から。
予定よりも早くに昼食を食べ、パソコン前に座り、時間ピッタリにログインした。
ログインしたからと言って直ぐにプレイ出来る訳ではない。そう思っていたのだが、
「お、おおう……」
VRゲームはやった事がないので不明だが、視界一杯に青い空と草原が広がっている。日本ではまず見られない光景に思わず圧倒される。
上、下、と思えば視界も動く。自分の首は動いていないのに視界が動く。考えれば奇妙……なのだが、この時は興奮の余りそこまで考えが回らなかった。
暫しの間、思考だけで動き回れると判明した為、童心に帰り、跳びはね走り回るなどと、はしゃいでいた。恥ずかしい。
満足、と言うよりも、正気に戻った自分は、ゲームでお馴染みのステータス画面を思い出し、正面に浮いているそれに気付いた。
空中ディスプレイ――と言うよりも、形や大きさデザインといい、某ライトノベルの表示枠に似ている。
そこには次のような文章が表示されていた。
『ようこそ、坂月菊理様。
浮遊大陸ベータテスト版へ、ログインありがとうございます。
当ゲームは、魔力が存在する世界で数多の事が出来る、自由度の高いリアルゲームとして制作されました。
今後予想される事を、六十日間先行体験して頂きます。
まず、最初の三十日間は単独プレイを行って頂きます。
三十日後、誠に勝手ではありますが、こちらでランダムに選出した他のプレイヤーとパーティーを組んで頂きます。一パーティ十名を予定しております。
残りの三十日間は、こちらで用意したクエストやダンジョンアタックを行って頂きます。
六十日と言う短い間ですが、皆様の創意工夫に期待致します』
微妙、いや、奇妙な文章だ。
秘匿されるべき本名が表示されている。――プライバシー的にアウトじゃないか? ハンドルネームいらないの? 外見設定はどこでやるんだ?
何故魔力? 『ここは魔法が存在する世界』の設定じゃないのか? 似たようなものだろうが。ってか、魔法の設定ないの?
パーティ組むの? しかも強制? これ全世界にテスターがいるんだよね? 外国語めんどくさいなー。
クエストやダンジョンアタックはRPG系のゲームに良くあるからいいか。
と言うか、最後の『皆様の創意工夫に期待致します』って、これ、ちゃんとした設定存在しないの? こんなゲーム売れるの? 設定プレイヤーに丸投げって、よく企画通ったな。
思う事が多いが、拠点に向かおう。
余談(?)だが、処々の機能は音声で起動する。独り言を聞かれるとか恥ずかしい――のだが、ヘッドセットがそれを解消した。このヘッドセット、外に音は漏らさないが、外からの音はきちんと聞こえる優れものだった。厨二な台詞を呟いてもオッケーな事に喜んだのは内緒である。
「マップ、ルート、拠点」
音声に反応して、空中に地図が表示され、拠点までのルートが赤いラインで記されている。普通の地図と同じように東西南北表示と、プレイヤーがどの方向に移動したかの矢印も表示されている。
その証拠に一歩進むと、赤いラインが伸びる。どうやらさっきのおふざけで、逆方向に向かっているらしい。
改めて、正しい方向に向かうと、柵に囲まれた建物が見えて来た。
アメリカンサイズなのか、日本に一軒家にしては大きい。豪邸のようだ。木製の柵も傍で見ると二メートルぐらいあった。
柵に沿って、外側と内側を一周し、拠点の外観と周囲を見る。
草原の中にぽつんと立つ、二階建ての石造り一軒家。柵の内側――拠点敷地内には、一軒家以外に庭のようなスペースや石倉のような倉庫もある。鍵がかかっていて入れなかったが。
何と言うか、守りを考えた、武家屋敷を思わせる。石造りで門扉は金属製だが。
外観で気になるところはなかったので、建物の内部に入った。
内部は普通の一軒家だった。海外式で土足入場だった。しかも家具や生活家電付きだった。ゲームの世界なのに台所や風呂場やトイレがあり、一人暮らしでも始めるのか、と内心突っ込んでしまう程だった。テレビなどの娯楽家電はなかったが。
今後のゲームへの、ログインとログアウトは二階の寝室で行えるらしい。ベッドで眠ってログアウト、目覚めてログインといった感じだ。ヘッドセットの途中の着脱は、一時停止扱いだ。
ゲームと言うにはやたらとそろい過ぎている。リアル過ぎて奇妙だったが、最も気になったのは鏡に映った自分の姿だった。
粗方見て回り、玄関に戻って来た。最初気付かなかったのだが、玄関から入って右手に大きな姿見の鏡があった。余りにも大きく、珍しかったので近付いたら、そこで驚いてしまった。
鏡に映る姿が、衣類も含め現実のものと同じだったのだ。
今更だが、改めて自分の姿を見下ろす。
現実と同じだった。
これまでの興奮が一気に覚めるほどに、不気味だった。
何か不味いと脳裏に警鐘が鳴るが、まだ調べ切っていないのだ。気になるところを全て調べて、確認して、おかしいと思えば手を引けばいい。
引き続き、見て回った。
玄関のチェストの引き出しから三つの鍵を見つけた。鍵がかかっている箇所は、門扉、玄関、倉庫だけである。カギにタグはなく、持ち手に直接、門、玄関、倉庫と何故か日本語(しかも漢字)で刻まれていた。
未だチェックしていないのは倉庫だけ。丁度良く鍵も手に入ったので、早速、倉庫に向かった。
結論から言うと、倉庫は広かった。小学校の体育館ぐらいだろうか。高さも十メートルぐらいあった。
入口に操作盤があり、表示も日本語だった。灯りを点けると何もない空間が現れる。
何ともまぁ、不気味だった。
明かりを落として鍵をかけ、寝室に向かう。
一度ログアウトして、情報収集を行うことにした。
ログアウトはスムーズに出来た。
ヘッドセットを脱いで時計を見ると、三時間も経過していた。随分と時間を忘れていたらしい。
休憩してからネットに接続し、情報を集める。
きちんとした設定が存在しないクソゲー。
企画が通ったこと自体が奇跡。
やたらとリアル過ぎて不気味。
それが評価の殆どだった。かく言う自分も似たような事を思っていた。
高評価は殆どない。
ハ〇ー・〇ッターの呪文を唱えたら出来た。何てものが存在したが、それはあとで試せばいい。
初ログインの印象としては、変なゲームである。
なお、鏡についての情報もあったが、映った映らないの二つに分かれ、バグか否かの論争になっていた。自分にとってはどうでもいいが。
日付が変わった頃。気が向いたのでもう一度ログインしてみた。
住んでいる地域の現実の時間帯が反映されるのか、寝室の窓から見える外は夜だった。
月はなく、満天の星空が広がっている。天の川とか見えないかと思ったが、ここは地球設定でもないのにそんなものが見えるか、と自主突っ込みをしてしまった。
部屋の灯りを点けずに外を見ていてふと思う。
――クエストとか、ダンジョンアタックとか在ったが、魔物とかいるのだろうか?
目を凝らして柵の外を見るが、それっぽいものは見えない。夜で暗いからかもしれないが。
再びログアウトする。
何故自分が、奇妙なゲームのテスターに選ばれたのか。無作為にしてはちょっとおかしい気もする。
そんな疑問も、試そうと思っていた事を試した瞬間吹き飛んでしまった。
数日後。
――ハ〇ー・〇ッターの呪文を唱えたら出来た。ならば、
「炎弾!」
指鉄砲の先に拳大の炎の塊が出現し、空に向かって飛んで行く。イメージ通りの会心の出来だった。
――現在、魔法について色々と試している最中である。
オタクを自称してもいいぐらいにファンタジーは好きである。それっぽい小説を書いていた経験もある為、知識もそれなりに多い方だろう。腐女子でも貴腐人でもない。念の為。
手持ちのライトノベルの魔法を片っ端から色々試した結果、判明した事がある。
・魔法の種類(試したもの)は炎、水、氷、風、雷、地、光、闇、時間、有機物、無機物、非物質、惑星、情報、境界。
・炎、水、氷、風、雷、地、光、闇は属性魔法。時間、有機物、無機物、非物質、惑星、情報、境界は根源干渉魔法。
・簡単な魔法や技能のような魔法は詠唱が要らない。
・魔法名を唱える必要もないが、イメージ固定の補助の為に唱えた方がいい。(技能魔法を除く)
・イメージをそのまま口にするだけで、色んな魔法が使用可能であった。
・詠唱の台詞である、言霊(仮)にどういうわけか制約が存在する。
・制約とは、イメージがはっきりと作れないと、声が出てこなくなる、というものだ。
・魔法陣は基本不要。
・溶岩生成などの、二つの属性を掛け合わせた魔法は、混成魔法と呼ぶ。
と言うのが、これまでに判明した事である。
他にもまだあるかも知れないが、ここまで判明しただけでも上出来だった。
手持ちのライトノベルを参考に、日々魔法の研究と開発に勤しんでいた。
また、周囲の散策を行った結果、近くの丘のようなところから、多種多様な鉱石が大量に採れた。
鉱石の鑑定魔法と鉱石の加工魔法の開発を試し、色んな武具が出来た。ログイン当初空っぽだった倉庫は、現在大量の武具で埋まっている。作業場も兼ねているので仕切りは存在する。
そして、ずっと忘れていたステータスのチェックも怠らない。
魔法の種類分けもステータス画面から判明した。
魔法の研究と開発を行い、武具を遊び半分で振り回し、気付けばステータスも結構上がっていた。レベル表示は存在しないが、筋力、体力、耐久、敏捷、魔力、魔力耐性などのステータスは存在する。ABCの大雑把なランクではなく、細かい数字だ。
更に、保有:スキル魔法/技能、という項目が現れた。
意味はどちらも同じだが、色々と試した結果、魔力消費で発動するスキル魔法と、魔力消費しない技能に分かれている事が分かった。
まだまだ色々とありそうだと研究を進め、最初の三十日はあっと言う間に過ぎ去った。
第二話です。
最初期の菊理はこんな感じですね。
次話も連騰します。