四月、電車にて。 2
「ただいまー」
息を切らしながら、そう言うと「おかえりー。」とリビングから母さんの声が帰ってきた。テレビの音が聞こえてくるのでドラマでも見ているのだろう。
駅から全力で走ってきたので体中から汗が噴き出していた。
「ご飯用意するー?」とリビングから聞こえてきたので、「先、お風呂に入ってくるー。」と返事をすると、さっきより小さな声で「おっけー。」と返ってきた。
久々にこんなに全力で走った。
服を脱ぎながらそんなことを考える。高校では足が速いほうだった。
帰宅部ながら陸上部やサッカー部などの運動部と張り合っていたので、「帰宅部のエース」なんて馬鹿にされたくらいだ。
でも今はそんなに速くは走れないだろう。一年前と比べて、すっかり細くなってしまった体を見てそう思った。
お風呂から上がりダイニングに向かうと、母さんはご飯を用意してくれていた。
白飯、みそ汁、唐揚げ、サラダと昨日の残り物。
今の自分には少し多すぎる量だ。
席に座り、小さな声でいただきますと言い食べ始める。
「父さんは?」
「仕事の関係で今日は遅くなるってさ。」
「ふーん。」
母さんは予想通りドラマを見ていた。名前は憶えていないが、見たことはある俳優がテレビの画面に映っていた。母さんはドラマから目を離さずに、「予備校はどうだった?」と聞いてきた。
「まぁ、いい人そうだったよ。」
「通えそう?」
「…多分。」
まぁ、ほどほどにねとそう言うと母さんはそれ以上何も聞いてはこなかった。
予備校の先生は「これから一年間頑張っていこうね!」みたいな少し熱血気味の先生だった。僕は少し気おされながら、はいと言ってしまった。学力を図るためのプリントを渡され、「じゃあ、これで今自分がどのあたりにいるか確かめてみよう!」と言われ、後には引けなくなっていた。
大きくため息をついて、唐揚げを口に入れた。
食事を終えて、自分の部屋に置いてあるスマホを確認する。高校のグループラインはおろか、高校の友達からの連絡は全く来ていなかった。その代わり、SNSを覗くと新生活を謳歌している様子が見れた。SNSの投稿のそのほとんどが「都会電車わからん。」や「一人暮らし大変!」や「大学で初めてできた友達とカフェ!」などという輝かしいもので溢れていた。
僕はそれらにいいねやハートマークを押していく。
その輝かしい投稿の数々を見ていると、何とも言えない空しい気持ちに襲われた。今頃自分もこんな輝かしい生活を送れていたのかもしれないなどと思うと、今にもスマホを投げてしまいそうだった。
いわゆる「リアアカ」を閉じて「浪人生アカ」を開く。
浪人生アカは「今日なんも勉強してねー。」や「今日これだけ勉強した俺偉すぎ。」や「フリーターでもいいかもしらん。」など打って変わって、マイナスな投稿ばかりだった。
それらにいいねやハートマークを押さなかった。
でも、代わりに「わかるわ。」や「は?偉すぎやろ。」コメントを残していった。
いいねやハートマークは押さないけれど、こちらのほうが幾分自分の居場所のように思えた。
そういえば、歯磨きがまだだったなと思い洗面台に行き歯を磨いてその日は寝た。