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彼女を親友に取られたら、学校一の美少女が彼女になった

彼女を親友に取られたら、学校一の美少女が彼女になった 後日談②

作者: 有栖悠姫




「涼真…おーい、オイコラ」


「…え?」


横から聞こえた呼び声に生返事で返す涼真。フォークを持ったまま横を向くと、眉をひそめた叔父が立っていた。既視感のある光景だ。



「え?じゃねぇ、久しぶりに来たと思ったらまーたやけ食いか?本当に味わって食ってるのか?」


不満をこぼす叔父。涼真の前にはあの日と同じように空になった皿3枚が並んでいた。あれ、自分何頼んでたっけ?と思い出そうとする涼真。食べたものを忘れるくらい、心ここに在らず、という状態だったということか。


(あーそうだ、ショートケーキとチョコケーキ、レアチーズ食べたんだった)


相変わらず食べ過ぎである。何度も言うように味わって食べているのだ、分かりづらいかもしれないが。そもそも、ケーキバイキングでもない、それなりの値段する喫茶店でケーキや軽食を数個食べるのはコスパが悪いんだろうな、と関係ないことを考える。


まだぼんやりしている甥っ子を今度は心配そうに見る叔父。



「本当に大丈夫か?あの日以来てないから心配してたぞ、まあ真冬ちゃんから全部済んだって聞いてたからそんなに…本当に大丈夫か」



真冬、の名前が出た瞬間持っていたフォークを落としてしまう涼真。ガチャン、という音が静かな店内に響く。時刻は夜6時近く。喫茶店はあまり混まない時間とはいえ、チラホラ客はいる。その客たちはフォークを落とした音のことなんて気にも留めず、読書や勉強に勤しんでいた。


叔父は心底驚いたように涼真を見る。


「…お前が動揺してるの珍しいな、いや、年相応なところ見れて叔父さんとしては感慨深いけど」


そう、涼真は子供の頃から、年不相応に落ち着いた子供だった。両親からは手のかからないいい子、と褒められることが多かったが叔父は感情の起伏の少ない甥っ子のことを密かに心配していた。友人からは冗談混じりに「人生二周目では」と言われることが多かった。また、その性格を羨ましがられることもあったが、涼真としては皆が盛り上がっているのにどこか一歩引いて、はしゃぐクラスメートを眺めることが多く、恋人と親友に裏切られたというのに感情を顕に怒ることもしない、自分のことを心のどこかで忌避していた。


ああ、そう言えば。



『蒼井くん、他の男子と違って落ち着いててかっこいいよね』


七海にも。


『お前本当いつも冷静だよな、俺もお前みたいな性格だったらモテててたかな』


樹にも。元カノ、元親友に幾度となく言われた言葉を真冬は一度を言わなかったことに気づいた。


涼真は恋人と親友に裏切られ、数週間しか経っていないのに真冬のことばかり考えている自分に驚いていた。


(どうしろっていうんだ…)



涼真はこの数週間のことを思い返していた。





************




「涼真、元気出せよ」

「蒼井くん大丈夫?」

「昼飯奢ってやるよ、何が良い?」


あの日教室に戻るとクラスメート、友人から囲まれ慰められた。まあ、今の涼真は恋人と親友に裏切られた被害者ということになっているから周囲のこの反応は予想できた。寧ろ気遣ってくれるクラスメートに心が温かくなる。七海、樹とのこと、そして真冬との関係について根掘り葉掘り聞こうと企んでいるとしても、だ。


彼女が親友と浮気をし、挙句の果てに自分に濡れ衣を着せようとしたのだ。修羅場も修羅場、どういった経緯でそうなったのか知りたいと思うのは人間として至極当然の反応だろう。涼真としては、聞かれれば二人の名誉を傷つけない程度に話すのもやぶさかではなかった。名誉も何もあの二人の地位も好感度も地の底まで下がり、これ以上下げることは難しい。涼真としても致命傷を負った人間にとどめを刺すような真似は出来れば避けたい。裏切られて縁を切ったとしても、一度は好きになった相手と長年つるんでいた友人だ、これ以上何もすることもなく距離を取りたかった。


「真冬ちゃんと仲良かったんだね、全然気づかなかったよ」

「おのれ学校の女神を…泣かせたら許さん」

「けどロマンチック、恋人に裏切られた直後に告白されるなんてドラマみたい〜」


しかし、クラスメートの関心はもう浮気女と寝取り男には向いておらず、専ら真冬と涼馬の関係に向いていた。

そもそも涼真は裏切った2人への当てつけ、真冬は男避けという利害の一致から結ばれた仮の恋人関係である。

実際、周囲の人間は真冬に告白されたという涼真に羨望、嫉妬の入り混じった眼差しを向けていた。これも当初の計画通りではあった。


ただ一つ、真冬が涼真のことを好きだと告白したことを除けば。



2人で屋上に行き、真冬から衝撃的なことを告げられた後、結局そのまま一時間目をサボってしまった。とても授業を受ける気分ではなかったからだ。七海と樹のことではない、真冬のことで、だ。自分の切り替えの早さに軽く引いた。


しかし、思い返してみてもあの日、ベッドにいる2人を見た瞬間自分の中にあった七海への恋人としても気持ちも、樹への親友としての気持ちも、急速に冷め消えていくのが分かった。元々他人に対して執着が薄かったのだろう。裏切られたあの時点で2人に復讐したいというほどの気持ちも残っていなかった。真冬の「お願い」を聞いたのも醜態を晒し迷惑をかけた真冬に対し恩を感じていたから、という部分が大きかった。


そんな真冬はというと、自分のことを好きだと告げた後涼真が何を聞いてもはぐらかすばかりで詳しいことは教えてくれなかった。


(全く気づかなかった…元々鈍いしな俺)


元カノと元親友が自分を裏切っていたことに気づかなかったほどだ。自分に向けられる好意、悪意に鈍感なのだろう。それに彼女が居た涼真は他の女子に事は眼中になかった、故に真冬が自分に好意を寄せていたとしても気づかなかった、仕方がない、と言い訳がましい言葉が頭に浮かび自分自身を納得させようとしてくる。


しかし、一度会ったことがある真冬のことを半年近く関わっておいて言われるまで気づかないなんて、人の顔をちゃん認識しているのか疑わしくなる。

だが、ちゃんとこれには正当な理由がある。


受験会場で消しゴムを貸した真冬は髪を目のギリギリまで伸ばし、眼鏡をかけていた。その上髪色も今の亜麻色に近い茶髪ではなく、黒髪であった。今は肩の下あたりの長さだが、当時は長めで後ろで一つに縛っていた。今の真冬とは結構印象が違った。受験会場で一度会っただけの人間が、後日再会した時変わっていたら、同一人物だと認識するのは難しいのでは、と。


本人の言うことを信じるのなら受験の後から入学式までの間で「高校デビュー」をする決意を固めたのだろう。自意識過剰かもしれないが、涼真がきっかけで。そしてそれが彼女の言う「涼真を好きな理由」に繋がる。


喫茶店で話すようになった際、髪色も灰色の瞳もロシア人の祖母からの遺伝だと聞かされた。しかも娘である母親は顔立ちは祖母譲り、髪や瞳の色は日本人の父親の血が濃いらしくぱっと見ハーフだと思われないそうだ。孫の自分に祖母の血が濃く受け継がれたのは隔世遺伝だろう、と笑いながら話していた。


真冬は嘘を言わない。そんなことをする必要もない。だとすれば、少なくとも中学時代、わざわざあの髪を黒く染めていたと言うことだ。地毛にも関わらず口うるさい教師でもいて仕方なく、ということも一瞬考えたが、何となく違う気がした。本人に聞けばすぐ分かるのだが、さっきの告白を引き摺り真冬から微妙に距離を取っている。本人は気にした様子もなく体育座りのまま黙っていた。しかし目が合うとにっこりと微笑んでくるので、対応に困る。


しかし、このまま黙っているわけにもいかない。チラチラ真冬に様子を窺いながら立ち上がり、距離を詰めた。近づいた涼真に気づいた真冬は「何?」と柔らかい声で問いかけた。


「…あのさ皆づ」


「…」


「…真冬」


苗字で呼ぼうとしたら大きな瞳がスッと細められ、周囲の温度が下がった気がした。慌てて名前を呼ぶと一瞬で温度が上がる。どうやら名前で呼ばないと駄目らしい。普段の学校や、喫茶店で話す真冬はいつも笑みを絶やさず、誰にでも親切な優等生、という仮面のようなものを被っていたのだな、とここ数日二人への対策を考えるために話し合った際気づいた。普段の真冬は隙がないと言うか、誰かれ構わず懐には入らせない、誰に対しても一定の距離を保っていたのだろう。しかし、涼真に対しては心境の変化があったのか徐々に「素」のようなものを見せ始めた気がする。口調もそうだし、結構歯にもの着せぬ言い方をする。何より感情の変化が顔に出やすい、今がそうだ。苗字で呼んだら明らかに機嫌が悪くなった。



喫茶店で交流を重ねた半年よりも、この数日の方が皆月真冬がどういう人間なのか、中身を少し知れた気がした。だから、これは彼女を知るための第一歩だ。


「…受験の時の事少し思い出したんだけどあの時、真冬髪が黒かったよな。中学の時わざわざ染めていたのか、地毛でも染めろっていう厳しい学校だったのか」


告白された直後に聞くのがこれでいいのか、と不安になったが本人が惚れさせる、と宣言しているのだからそれについて今、涼真が返事をする必要はないであろう。それに涼真は真冬のことをあまり知らない。仮にも好きだと言ってくれている相手の事を知ろうと言うのは当然の事である、と自分を納得させた。


すると真冬は空を見上げため息をついた。あ、これは話したくないやつかと悟る。地毛を染めていた理由がポジティブな訳がない、確実にネガティブな方である。


「ごめんやっぱり今のなし」


「その話、面白くないからあんまりしたくないんだよね」


涼真は面食らった。てっきり話したくない程辛い理由があると思っていたからだ。まさか面白くないから話したくないとは、予想外の理由で渋られた。しかし、暫く考えるそぶりを見せると


「まあいいよ、別に減るものでもないから」


どうやら話してくれるようである。


「まあお察しの通り私そこそこはっきりものを言うタイプで、小学生のころは波風立てずに人と付き合うってことが出来なかったんだよね」


普段の真冬からはあまり想像が出来ないが、ここ数日で知った真冬から考えるとあながち意外でもない。というか小学生の時にそれが出来ている方が少数ではないか、と心の中で突っ込んだ。


「あーけど、涼真は小学生の頃から出来てそうだよね、どうすれば平和に過ごせるか常に考えていそう」


「それ褒めてるのか」


褒めてるよ、と本人が真剣な顔で言うので話の腰を折るのも良くないと思い黙る。真冬は自分の亜麻色に近い茶髪を右手でいじる、まるで懐かしむように。


「そんな性格で目立つ見た目だったから、リーダー格の女子に絡まれてね、まあ無視してたんだけど」


「強いな」


流石というか何というか、転んでもただは起きないタイプだったと言うわけか。涼真の通っていた小学校にもいじめはやってなかったが、自分と同じ上位カーストの人間以外にはとにかく当たりのきついリーダー格の女子はいた。ああいうタイプは気に入らない奴を集団で追い詰める、小学生の真冬はそういった輩に絡まれ無視を決め込んでいたと言うのだから、凄いとしか言いようがない。。だからこそ、そんな真冬がその綺麗な茶髪を染めた理由が分からない。ここまで来たら教師に言われたから、という単純な理由ではないことは明白だ。


真冬は髪をいじるのをやめ、悲しそうに目を伏せた。


「私が無視していたら、今度は仲のよかった大人しい子が絡まれるようになった。私が気に入らないのなら私だけにすればいいのに、関係ない子を巻き込むのはルール違反でしょ」


標的にした相手が嫌がらせを無視しつまらないから大人しそうな相手に標的を変える、良くある話だ。そういった輩にルールなんてものは存在しない、だから無関係の人間も平気で傷つける。そんな暇があるなら別のことに時間を使えばいいのに、と常々思っている。人生を無駄に浪費している、とも。


「リーダー格の子も後には引けなくなってて、どんどんエスカレートしてたから、あ、これどっちかが引かないとやばいなって思って、まあ私もいじめるような人たちに頭下げるのは嫌だったから、どうしたもんかなーって悩んで」


真冬は目を閉じ、大きく息を吐いた。


「リーダー格の子がやたら私の容姿について色々言ってたの思い出して、あの髪は絶対目立ちたいから染めてるに決まってる、灰色の目なんて気持ち悪いだったかな…どうしたの?」


急に目を細め怒りを滲ませる涼真を真冬は心配そうに覗き込む。


「その女子、小学生でそこまで性格が歪んでるなんて将来が心配になるな、真冬の何が気に入らなかったのかは知らないし興味もない。けど嫌がらせをして、その上人の見た目をどうこう言うなんて最低だろ、だって…」


急に口を右手で塞ぎ黙ってしまった涼真。流石の真冬も戸惑った様子で「本当に大丈夫?」と繰り返し尋ねる。しかしその頬は心なしか微かに緩んでいる。何故だ、と首を傾げるが特に指摘もしない。


涼真は今自分が何を口走りそうになったのか分からず、困惑してたが話を中断させるのも申し訳ないので続きを話すように促す。


「ちょっと咽ただけだから…」


バレバレな言い訳をするが真冬は一応納得はしてくれたようで続きを話し始める。


「他にも性格とか気に入らないところはあったんだろうけど、何より私の見た目が気に入らないみたいだった。だから、見た目を変えれば突っかかる理由もなくなるかなって髪黒くして、目元が見えづらいように伊達メガネかけたんだ。丁度中学に進学するタイミングだったから、逆中学デビューって奴かな」


過去の記憶を掘り起こすように目を細め、遠くを見やる。その女子は確実に真冬の容姿に嫉妬していたのだろう。女子からした身近に真冬のような容姿端麗な同級生がいたら大なり小なり劣等感を抱くだろう、それ自体は仕方がない。しかし、嫌がらせをしたり容姿を貶めるというのは論外だ、許されない。善悪の区別が付かない子供のすることだとしても、だ。


真冬は淡々と言っているが恐らく葛藤のようなものもあったのではないか。涼真が同じ立場ならそうなる。そもそも譲歩するべきなのは先に手を出したその女子の方だろう。手を出された側の真冬が骨を折らなければならないなんて、納得できない。全てはもう済んだことで、どうすることも出来ないのは分かってるが、それでも憤りを感じずにはいられない。


真冬は「優しい」のだろう、それはただのクラスメート(今思えばそれだけではなかったのだろうが)であったはずの涼真の二人への当てつけに、向こうにも利があったとはいえ協力してくれたことからもなんとなく分かる。決してお人よしというわけではなく、涼真に対しては好意、その大人しい友人には自分が相手を無視し続けたせいで標的にされた負い目があったのだろう。


動機はどうあれ他人のために行動できる人間ばかりではない。自分に嫌がらせをしていた人間が標的を変えると、これ幸いと手のひらを返して無視、人によっては自分も嫌がらせをする側に回る人間も一定数存在するから、動ける人間はそれだけで尊敬に値する。

だから涼真は純粋に真冬を尊敬していた。手段が少々ぶっ飛んではいると思うが。


「結果としては成功、まあその子は私が見た目を地味にしたから、じゃなくて『たかがこの程度のことで髪まで染めるなんて意味が分からない、気持ち悪い、私への当てつけか』って。ああもうこの子とは和解とかそう言うの無理だな、って思ったよ。いじめたことを『この程度のこと』って言うような人とは同級生としての会話もしたくなかったし、それっきり全く関わって来なくなったからいいけどね」


同級生の言い草に怒りを通り越して呆れ果ててしまった。元凶のくせに何を言っているんだ、と。真冬からしたら相手が執着していた髪や瞳をあっさり手放すことで、相手への当てつけの気持ちがあったのだろう。本人もそう思ったから捨て台詞を吐いたのかもしれない。そう語る真冬が底意地悪そうに笑っていたので、意図的に隠しただけでその性悪同級生に色々言い返してそうである。その同級生、高校生になっているはずだが数年やそこらで性格は変わらない。何処かで同じことをしているのだろうか、涼真には関わりのないことだしどうでもいいが。


すると真冬は思い出したように、笑った。それは無理に笑っている、というものではなく本当に面白かったことを思い出しているように見られた。


「その子だけじゃなくて、私の事を友達だって言ってた子たちも、可愛いとか何とか言ってた男子も距離を取った、見た目が変わった私には仲良くする価値もチヤホヤ持ち上げる価値もないんだな、って。分かりやすくて面白かったなぁ」


そう語る真冬の表情には驚くことに悲しみといった感情は一切浮かんでいなかった。本当に、心底興味深く面白い出来事を思い出しているように見受けられる。中学生になりたて、12歳というのはまだ子供に分類されるのか、子供は時にして平然と残酷な行為をやってのける。だが、それも当時の真冬にとっては、思い出話として昇華される程度のもので傷ついてすらいないようだった。


「まあ、見た目が変わったことよりも『たかがいじめを解決するため』に髪を染めたりした私の事を理解出来なくて距離を取ったんだろうね、人は理解できないものは排除するか距離を取りたがるでしょ。私としてはその程度で距離を取る人間、こっちから願い下げだから早めに縁を切れてよかったけどね」


そう言い切った真冬は、人に話してスッキリしたのか晴れ晴れとした表情だった。


涼真は、自分が感じていた疑問についての答えが分かった気がした。


喫茶店で偶然会い、連絡先も交換していなかったので店で会ったら話すと言う間柄ではあったが、当初の涼真は品行方正、完璧な優等生で人気者の真冬に対し無意識に距離を取っていた。あまりにも周囲の好感度が高く優れすぎていて、近寄りがたかったのだ。


だがそれも始めの数回だけ、涼真はすぐに真冬に対する警戒心を解いた。これは普段の涼真からは考えずらいことだ。元来真面目過ぎる性格だった涼真は恋人がいる身で異性と親しくしすぎるのはどうか、と思っていた。と言っても七海に強要したことはない、ただの自分の性格の問題だった。


しかし、真冬と話しているときはうまく説明できないのだが気心が知れている友人といる時のような居心地の良さを覚えていた。決して友人達といる時は気が休まらない、というわけではなく友人や恋人といる時とも少し違う、かと言って異性に対する情を抱いていたわけでもない。深く考えることはなかったが、時折思い出しては疑問に感じていた。


今日、それについて自分なりの答えを出せた気がする。


涼真と真冬は似ているのだ。他人に執着しない、ドライなところが。涼真は裏切られたその瞬間に、真冬は手のひらを返して距離を取り始めた周囲の人間への関心を無くし、切り捨てている。ただし涼真は裏切られたことに対して多少なりとも傷ついていたが、真冬は切り捨てたその時点で自分とは無関係、と割り切っているため悲しむことも傷つくこともない。


人によっては情が薄い、冷酷だと揶揄される性質だろう。涼真は人と比べて冷淡な性格だと自覚していたから、そう言われても納得はする。あの場面で平然と写真を撮れ、取り乱しもしなかったのだ、そうとしか思えない。


だが、真冬は涼真と似ているところはあるが同じではない。本当に冷酷なら自分をいじめていた人間の関心が別の人間に向いたら、それ以降何もしない、見て見ぬ振りをするだろう。心を痛め、自分の見た目を変えてまで事態を収束させようとした真冬がそうだとは思えない。


涼真と真冬は似ているけど、似ていない。そう気づいたら、涼真は目の前の真冬が急に眩しく思えてきた。



「…聞いてる?」


先ほどから黙りこくり、話を聞いているのか判断のつかない様子の涼真に不服そうに眉をひそめる真冬。聞いていないわけではないが、考え事をしていた。なので突然眼前に迫ってきた真冬の整った顔は、今の涼真には刺激が強かった。


「っ、聞いてるよ」


動揺したのを悟られないように短く答える。


「ふーん…それで地味にしてると揉め事もなくて平和だったから高校もこのままで行こう、と思ってたんだけどね」


意味深な視線をこちらを向け、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「色々あって高校デビュー、短時間で色を地毛に戻して流石に髪が傷んでたから思い切って切った。そしたら、まあ分かりやすく男子が騒いで、ある意味懐かしかったな」


「色々のところが知りたいんだが」


真冬が言う当事者の涼真には聞く権利があると思うのだが、真冬はそれは言えない、とばかりに口を真一文字に結ぶ。


「言ったらつまらないでしょ?私と会ってたことは思い出したんだから、何があったかも思い出せると思うけど」


そう請うように上目づかいで見つめられ、別の意味で居た堪れなくなり咄嗟に目を逸らす。その反応に不信感を持った真冬は何も言わずにただそのグレーの瞳で涼真をじっと見据えていた。何故だろう、この灰色の瞳に見つめられると身動きが取れなくなる。


黙ったままどうにか誤魔化そうとしたが、その力強い眼差しがそれを許してくれそうになかった。自分はこんなに簡単に諦めるやつだったか、と疑問に思ったが恐らくこのまま見逃してくれそうにないのは明白だった。だから


「…その、受験終わった解放感から親の買っていたチョコを大量に食べて、でそのチョコが…」


そこまで言って何かを察した真冬が遠い目をした。一度見ているから最後まで言わなくても分かるのだろう。


「…酒入りのチョコだった?」


躊躇いがちに答えた真冬に対し、黙ったままの涼真。それは肯定と同じだった。


「受験勉強の疲れも相まって死んだように眠って、起きたら前の日の記憶全部飛びました…」



だから真冬のことも今まで思い出せなかったし、完全に思い出すのも時間がかかる、と言外に訴える涼真。真冬はなんとも言えない表情をしていた、呆れているわけでもなくどう反応したら分からない、そんな顔だ。



「…酒入りのチョコで記憶飛ぶのなら香り付けのブランデーならああなるのね…」


微妙に納得できてない様子だったが、涼真の異常なほどの酒への耐性の弱さを自分自身の目で見ているため信じざるを得ない、と言ったところだろうか。


「オーナーは知らなかったの、お酒入りのお菓子がダメなこと」


「親は伝えてたと思うけど、叔父さんもまさかほとんど飛ばしてるアルコールであそこまで酔っ払うとは思えなかったんだろうな」



「成人してもお酒は飲まないほうがよさそうね」


「普通の酒を飲んだ日にはどんな醜態を晒すか分からないからな」



「…けどたまにお菓子とか食べてもらってもいいかも、あの時の涼真可愛かったし」


「?なんか不穏なことを聞こえたんだが?」


「気のせいじゃない?」


男子たちが女神と称える笑みを正面からぶつけられた。涼真は真冬の笑った顔は見慣れており、元々恋人がいる、という心の鎧が真冬の笑顔やら何やらへの耐性を生み出していた。だがどうだろう、今の涼真は微かに狼狽えてしまっている。「恋人がいる」という鎧が無くなった今、耐性の効果が徐々に薄まりつつあった。しかし


(対外的には付き合っていることになってるとは言え、別れてすぐ別の相手と…なんて何かな…)



元来生まれ持ったクソ真面目な性質がここでも発揮されていた。悪い方向に。









「涼真、何してるんだ」


昼休み、弁当片手に席を立とうとしていた涼真に友人の拓斗が声をかける。拓斗ともそれなりに付き合いが長い、樹の次くらいか。普段はそんなにつるむ方ではない。因みに例の騒動の発端となった声をかけてたクラスメートは彼である。


「クラスメートが来る前に雲隠れしようかと」


休み時間の度に別れた経緯や真冬との馴れ初めを矢継ぎ早に聞かれ、少々疲れてた。一応事前に打ち合わせしたとおり、喫茶店で偶然出会い、何度も会ううちに会話を交わすようになった。裏切られた直後に真冬と会い、告白され傷心の涼真はそれを受けた、という筋書きを建てていた。一応嘘は言ってない。これを聞いた女子はきゃーと叫び何やら喜んでいたようだ。よく分からないが楽しそうなのはいいことだと思う。



真冬とのことを聞かれるくらいならわざわざ雲隠れしない。問題なのは涼真を慰めるつもりで七海と樹を悪し様に言うクラスメートや他クラスの人間のことだ。


「七海、蒼井君とは釣り合わないと思ってたんだよね、見るからに馬鹿っぽいから」

「樹も最低だよな、人の彼女寝とるとかありえねぇし」

「正直水原さんはこう言うこといつかすると思ってたから意外でもないって言うか」

「半田、蒼井の親友のふりして機会窺ってたんじゃね?そういうことしそうだし」


慰めようとしてくれる心遣いはありがたい、だがそれに託けて2人を叩くのはどうなのかと感じてしまう。実際今の1年には「七海と樹をいくら悪く言ってもいい」と言う空気が出来上がっている。人の醜聞というのは恰好の暇つぶしだ、それは分かる。 


確かに2人は最低なことをした。涼真自身も復讐するほどの気持ちが残っていなかったとは言え今すぐ許せるか、と問われれば無理、と答える。故に、仮に2人を罵倒できるとしたら当事者たる涼真だけではないか。


勿論そんなことを言うつもりはない。言ったら言ったで「何で庇うんだ」と非難されること請け合いである。「同情してやってるのに」「慰めてやってるのに」と周囲から反感の声が出るのも予想できる。「可哀想な涼真に同情している自分」に酔っている人間も一定数いそうで、そう言った人間に対しては下手に刺激するような言動を避けるに越したことはない。自分の厚意を無碍にされた、と感じたら今度は涼真を攻撃し始めそうだ。


涼真の目の前で2人のことを嬉々として扱き下ろすクラスメートを見ていると、モヤっとしてしまう。だから昼休みだけは教室を離れようと思った。


「どこ行くつもりなんだ」


「人が少なそうな中庭か屋上かな」


「誰と」


「決めてないけど、瞬にでも声かけようかと」


「は?」


「え?」


何故か呆れたようにため息を吐かれた。涼真は拓斗が不機嫌になるようなことをした覚えはなかったため、静かに戸惑う。


「皆月さんと食えよ」


拓斗が不機嫌な理由はこれか、と納得した。


「いや向こうも普段から友達と食べているだろうしいきなり誘うのも」


「いいから行け、自分から誘え。こういうのは最初が肝心だろ、ちょっと待ってろ」


するとスマホを取り出し何やら操作しだした拓斗。暫くするとこちらに向き直る。


「他の奴らに協力要請して屋上に誰も近寄らせないようにしたぞ、邪魔は入らないはずだ」


「別に周りに人がいてもいいんだが」


するとお前、分かってないなとでも言いたげに、またため息を吐く。


「涼真、お前は今彼女と親友に裏切られた被害者ってことで周りの人間の殆どが同情している、それは気づいているだろ」


「どんだけ鈍くても気づくな」


「それとは別に、理由はどうあれ恋人と別れた直後に皆月さんと付き合ったことに対し不満に思ってるやつも一定数いる、これは気づいて」


「ないけど、そういう人間が出てくるのは予想していた」


何せ女神だ何だと信奉されている真冬だ、恋人が出来ただけでも衝撃的なのにその相手が恋人の浮気が原因で別れたと話題になっている男だ、それなら何の話題にも上らない地味な男と付き合ったほうがマシだ、と思う奴がいても不思議ではない。


恋人に浮気されるなんて、される方にも原因があると言うのが一般的だ。だからそんな相手が皆月真冬を幸せにできるかと不満に思われてもしょうがない。


神妙な顔になった涼真を拓斗は軽快な声で笑い飛ばす。


「まあ殆どフラれたり、告白する勇気もない奴らの僻みだろ。それでも絡まれる危険があるから暫く人が多い所で飯食ったり、単独で行動するのは避けた方がいいぞ」


友人の気遣いが身に染みる。拓斗にも彼女がいたはずだが、こういった奴と付き合える相手は幸せなのだろうな、と思う。


「いい奴だな、彼女も拓斗みたいな彼氏自慢なんじゃ」


「テスト終わった直後にフラれた、勉強ばかりでつまらないって」


「…」


チラリと様子を窺うと拓斗の目に光が灯っていなかった。突然投げ込まれた爆弾にどう反応すべきか悩む。いい奴=フラれない、というわけではないのだ。そういえば真面目過ぎる奴より遊んでいる方が学生時代はモテる、というのをどこかで聞いた気がする。


掛ける言葉が見つからない涼真に気づいた拓斗は努めて明るい声を出す。


「まあ、俺の事はいいんだよ。俺はお前と皆月さんお似合いだと思うぜ、だから頑張れ」








「フーン、涼真良い友達を持っているのね、まあ良い人には自然と良い人が集まるって言うし」


屋上で並んで弁当を食べている時、さっきの拓斗の話をすると真冬は感心したように相槌を打つ。




あの後友人と弁当を食べようとしていた真冬に一緒に食べないかと声をかけると、真冬は快く承諾してくれた。それよりも真冬の友人が早く行けと急かす始末。2人は追い立てられるように教室を出た。屋上に向かう道中、多くの生徒とすれ違ったが皆が皆チラチラとこちらを見ていたのは、きっと気のせいではない。女子は興味津々という感じで涼真に視線を向けていた。落ち着かないが不快ではない。問題は男子だ。地味に殺気の篭った眼差しや値踏みするような居心地の悪い物を向けられた。予想していたこととはいえ、人気者と付き合う(フリ)ことの弊害を身を持って体感させられた。意外と大したことない、とでも思われていそうだ。実際、涼真は目を引くような顔立ちではない。真冬と隣に並ぶには不釣り合いだという自覚はある。


そんな真冬は涼真に向けられる無遠慮な視線に思うところがあったのか、突然自分の腕を涼真の右腕に絡ませたのだ。属に言う腕組みである。並んで歩いていた数センチの距離が、ゼロ距離になる。涼真に悪意の篭った視線を向けていた男子達は慌てて目を逸らす者、悔しそうに唇を噛み締める者と反応はさまざまだ。真冬の様子を一瞥すると幸せ一杯ですと言わんばかりの、満面の笑みを浮かべている。涼真にはこの笑みが本心か、男避けのための当初の目的に則ったものなのか判断がつかなかった。思いのほか力強く腕を組まれたため、一瞬動揺が顔に出てしまう。やけに柔らかいものが右腕に押し当てられているということに出来るだけ意識を向けないようにした。


(力強、この細腕のどこにこんな力が…それに当たってるし、わざとか)


そんなことを考えている内に目的地の屋上に辿り着いた。




食べ始めて10分後、涼真はさっきの事には触れずに拓斗がフラれたことに納得がいかないと零していた。


「勉強ばかりしていることの何が駄目なのか良く分からないんだが、まあ当事者二人の問題に俺が口を挟む権利はないんだけど」


「高校生の時って真面目な人よりちょっと悪そうな遊んでいる人に惹かれる傾向があるから、その子もいつか鈴原くんの方が良かったって後悔する時が来るかもね」


自分も高校生だろ、と突っ込みたくなる達観した言い方をする真冬。パクパクと弁当を食べ進める真冬を見ている涼真は、一つ言いたいことがあった。


(弁当箱、でかくないか)


真冬の弁当箱はショップで売っている女子用の可愛いデザインのものより二回り大きかった。言うなれば運動部所属の奴が使うような大きさだ。色はピンクなので量を食べたい女性用なのかもしれない。普段女子が使っている弁当箱をジロジロ見ているわけではないので比較対象は七海の弁当箱だけだが、七海の使っていた奴より明らかに大きい。


(あーけど、ノワールのメニュー完食してデザートまで食べてたから不思議でもないか)


叔父は学生時代運動部所属且つかなりの量を食べる大食漢だ。それが関係しているのか開店当初ノワールで出される軽食メニューは総じて量が多めだった。喫茶店と定食屋を勘違いしているのでは、と疑った程だ。涼真は量を食べる方なので問題ないが、健康な男子学生も頑張ってやっと完食できるほど、女性に至っては無理に完食すると夕飯が食べられないほどの量だった。涼真と父の説得で今の軽食メニューには通常サイズと少なめサイズの2つが用意されている。真冬は常に通常の量を食べていたが、特に気にする事もなかった。せいぜい結構量食べるな、としか思ってなかった。叔父の料理をたくさん食べて貰えてうれしい、としか。


じーっと弁当箱を見ていると「あのさ」と躊躇いがちな声をかけられる。ジロジロ見ていたことがバレたか、と身構え顔を上げる。すると真冬が何やら言いたいことがあるのかチラチラと視線を逸らしている。バレたわけではなさそうだが、様子の変な真冬が心配になる。


「最初に謝っておくよ、ごめんね、頼みたいことがあるんだけど」


「頼み…?」


本当に言いづらそうな様子の真冬、こんな真冬は初めて見た。


「最初に謝っておけば大概の事が許されるって言うじゃない?」


「言わないぞ」


とんでも理論を自信満々に言われたため一瞬頷きかけたが、いや、それはないだろと突っ込んだ。涼真は真冬らしからぬ横暴さに身構える。いったい何を頼もうと言うんだ、と。時間にして10数秒という短い間黙った真冬は、意を決したのか口を開く、のではなく自分の弁当箱から唐揚げをピックに刺してぐいと涼真の前に差し出す。


(あー…)


涼真は真冬の頼みを察した。正直なところその行為にいい思い出がないのだ。以前七海が人がたくさんいる学食でやろうとし、恥ずかしかった涼真は一応抵抗の姿勢を見せた。しかし七海がどうしても、と引き下がらなかったことと、例の「お願い」を突っぱねた直後だったことから無下にしづらく、結局なけなしの勇気を振り絞り他の生徒がたくさんいる中でやったのだ。だが、やり遂げた涼真に対し七海はつまらなそうに一言。



「思ったより楽しくない、もういいや」


無情としか言いようがない。流石にその場にいた七海の友人がせっかくやってくれたのにその態度は何なんだ、と七海を諫めてくれたので涼真としても気が楽になった。だから、「あーん」にはいい思い出がない。出来ればやりたくない、というのが本音だったが今は自分達2人しかこの場にいないし、思ったより楽しくなかったとしても真冬はあからさまに態度に出さなそうだ、という安心感があった。


(まあ、いいか)


涼真はピックに刺さった唐揚げに食いついたが、思いのほか唐揚げが大きく口の中が一杯になる。一度口に入れたものを出すわけにもいかないため、右手で口を塞ぎ咀嚼する。


ピックを持ったままの真冬の様子を窺うと、唐揚げを頬張った涼真をニコニコと嬉しそうに見つめている。どうやらお気に召したらしい。乗り気ではなかったが、真冬が嬉しそうなのでいいか、という気持ちになった。


味を占めた真冬が人がいないところ限定で「あーん」をせがむようになるのだが、それはまた別の話。



「そういえば、急に誘ったのに何で来てくれたんだ。友達と食べる約束してたんじゃないのか」


モグモグと大きい唐揚げを頬張っている真冬に話しかける。美味しそうに食べる様子がリスに見えてきた。唐揚げを飲み込むと真冬はこちらに向き直る。


「…いや、教室にいるとクラスメートが私の事を持ち上げたいのか水原さんと半田くんのこと悪しざまに言うのが何か嫌でね。まあ2人は最低なことをしたとは思うし皆にアレコレ言われるのも仕方ないとは思う。けど、わざわざ私に言う必要ある?って。正直2人に対しては何の感情も抱いていないから同意を求められても困るというか、堂々と言えるのって張本人の涼真だけじゃない?ってモヤモヤしちゃって」


何でもないことのように言う真冬。やはり歯にもの着せぬ冷淡な物言いだ。やっぱり他人にそれほど関心がないのだな、と思った。しかし、真冬が涼真と同じように同級生の反応に違和感を感じていたと知り何故か心が軽くなった。自然と口角が上がったが、真冬に気づかれないように顔の筋肉を引き締めた。








それから二週間ほどは屋上で昼食を取っていたが、流石に変わり映えがしないということで互いに友人を誘い学食で落ち合うことになった。


「初めまして、藤宮愛理(ふじみやあいり)です」


真冬の幼馴染だと紹介された彼女はキリッとした印象を与える美人であった。涼真が誘った拓斗は美女2人と対面することになり、多少緊張しているのかソワソワしていた。が、それも短時間であった。元々社交的な拓斗は勿論、明るくハキハキ喋る愛理を交えると特に話に詰まることはなく会話は進んだ。

暫くして拓斗がこそっと涼真に耳打ちした。


「なあ、俺の気のせいじゃないなら皆月さんの定食ご飯大盛りじゃないか?」


「気のせいじゃない、俺にも大盛りに見える」


「あの量俺でも無理なんだけど、皆月さん凄くね、食うのも早いし」


サッカー部の拓斗でも無理な量とは、いよいよ真冬の胃袋の大きさが気になってくる。やはり拓斗も真冬が結構食べるのが意外なようだ。そんなに食べてあのスタイルを維持しているとは普段運動しているのか、太りづらい体質のどちらかだろうか。特に気にならなかったので聞いてはいない。



「蒼井くんは真冬のどこが好きで付き合ったの?」


ド直球な質問を投げられ、思いっきり咽る。拓斗が大丈夫か、と背中をさすってくれる。真冬は何やら焦った様子で愛理を肩を掴んでいる。どうやら真冬にとっても予想外の出来事らしい。愛理は飄々とした態度とは裏腹に涼真を真っ直ぐ見据えていた。ハンバーグを箸で切りながら口を開いた。


「真冬から蒼井くんのことは聞かされててね、彼女持ちだから諦めるって言うからいっそ盗っちゃえば?って冗談で言ったら滅茶苦茶怒られてさ」


あまりにも明け透けな言い方に思わず押し黙ってしまう。真冬は冷気の籠った目で愛理を睨みつけているし、拓斗は何故か「ほー」と小声で零しながらニヤニヤと涼真を見ていた。愛理はこれ以上言うと真冬が本気で怒ると悟ったのだろう、コホンと咳払いすると「まあ今の話は置いておいて」と話題を変えようとした。いや、置かれても困るのだが、という声をどうにか飲み込みそのまま黙っていた。今深堀しても碌なことにならないと判断したからだ。


「2人が付き合った経緯は知ってるよ、けど本人の口から直接聞きたくてさ」


ニコニコと笑みを浮かべているがその目には敵意のようなものが宿っていた。愛理は涼真は真冬に相応しいかどうか見極めようとしている。そりゃあ幼馴染が碌でもない男と付き合うのは看過できないだろう、ましてや涼真は彼女に浮気された直後に真冬と付き合ったことになっているのだ。信用できないと思うのはしょうがない。


涼真は頭を悩ませた。自分たちは偽の恋人関係、ただし一方が一方の方を好き、というやや複雑な関係だ。真冬も幼馴染とはいえ詳細までは言ってないのだろう。知っていたらわざわざ聞いては来ないはずだ。


愛理は茶色い目を細め、涼真をじっと見据えたままで、その横の真冬は今にも飛びかからんばかりに愛理を睨んでいる。だが止めない辺り、愛理の問いの答えを聞きたいのだろう。


「まあフラれた直後に真冬みたいな子に告られたらそりゃあOKするよね、けど絆されて付き合っても長続きしないと思うけど」


(…確かに)


実際のところ、絆されて付き合ったわけではない。が、恩を感じ(男除けの)恋人になったのだから、大して変わらないだろう。最初は醜態を晒し、それでも話を聞き復讐を手伝うと言われたから頼みを聞いた。その後好きだと告白され、偽の恋人関係のはずなのに歪なものになった。それから数週間、真冬と過ごしていくうちに人として好感を抱いていった。


正直なところ真冬を恋愛的な意味で好きかと問われれば、曖昧な返事しか出来ない。涼真のクソ真面目な性格故に浮気されたとはいえすぐに別の相手に好意を持つことに抵抗があったからだ。


しかしそれを馬鹿正直に言うわけにも、嘘を言うことも出来ない。一応こう聞かれた時どうこたえるべきか、打ち合わせをしてはいる。しかし。


(藤宮、誤魔化せそうにないな)


そんな付け焼刃目の前の少女には通じないだろう。ならば、今取れる最善の策は。


「…確かに裏切られた直後に告白されて勢いでOKしたところはある。けどその前にショックで荒れて(酒に酔って)醜態を晒しても呆れずに話を聞いてくれたし、その後も2人への復讐(したいほどの気持ちは残ってなかったけど)を手伝ってくれた。あと話していると俺と価値観というか考え方が似ているって思ったし、何かやって欲しいって頼まれた後嬉しそうに笑ってくれた。そういうところが(人として)好きだと思った」


ひとしきり喋り終わり愛理の様子を窺うとポカンと口を開けているし、横の拓斗も信じられないものを見る目で涼真を見ている。嘘を言っても正直に言っても駄目、残る手段はところどころボカシて言う、だった。噓は言ってない、意図的に言わなかった部分はあるが。涼真は2人の反応に首を傾げる。


(何か変なこと言ったか?)


変な雰囲気になってしまい、真冬に助けを求めるつもりで視線を移した。すると真冬は思い切り顔を背けていた。よく見ると茶色い髪から見える耳がほんのり赤くなっていることに気づく。


(え…?)


その後愛理は納得してくれたのか、「真冬をよろしく」と肩を叩かれた。どうやら一応認めては貰ったようでホッとした。しかし真冬は何故は涼真と目を合わせようとせず、その日はあまり話してくれなかった。次の日にはケロッとしていたが、結局何だったのだろうか。



****************



(色々あったな)


この数週間の事を思い返してみて分かることだが、殆ど真冬といることが多かった。対外的には付き合っていることになっているのだからおかしいことではない。しかし、告白への返事も出来ていないのにこの関係を続けることに対し、迷いのようなものが生じていた。


「…真冬のことどう思ってるんだろう」


「呼んだ?」


突然呼びかけられ反射的に後ろを振り返ると制服姿の真冬が立っていた。もしかして、今のを聞かれていたのかと不安になるが、真冬はやけに慌てている涼真をキョトンした顔で見ている。聞かれてはいないようだと胸をなでおろす。


店に入ってきた常連客に叔父が近づき挨拶する。


「こんばんは真冬ちゃん、いつもありがとう」


「オーナーこんばんは」


いつものように微笑んで会釈をする真冬を横目で見ながらメニューを手に取る。するとすかさず叔父の不満そうな声が飛んでくる。



「まだ食うのか、食い過ぎだ。夕飯入らなくなるぞ」


母親のようなことを言う叔父を見上げる。


「今日は親遅いから作るなり食いに行くなり好きにしろって言われたから、ここで夕飯食う。ナポリタンセット一つ」


そう言われるとオーナーたる叔父は客の注文を無視することが出来ない、食いすぎな甥を心配そうに一瞥すると厨房に引っ込んでいった。


その様子を立ったまま見ていた真冬は涼真の向かいの席に座った。何か注文するか聞いたら、今日は用事があるからすぐに帰ると言う。じゃあ、わざわざ何をしに来たのだろうか。聞こうとするとその前に真冬は何やらカバンを漁り始める。そして二枚のチケットのようなものを取り出し、テーブルに置いた。


「スイーツガーデンオープン記念割引券?」


確かこの辺りで一番大きいショッピングモールに最近できたというスイーツを中心とした食べ放題の店だ。スイーツだけではなく、カレーやパスタと言ったフードメニューも豊富だと言う。涼真も気になっていた店だ。この券を使えば通常料金の半額でバイキングを楽しめると言う。何とも魅力的だ。


「愛理が貰ったんだけど、あの子小食でバイキング行かないからって私に押し付けたの。涼真食べるの好きみたいだから興味あるかと思って。行かな」


「行く」


食い気味で答える。その勢いに真冬も気圧されたみたいだが、すぐにニコニコと嬉しそうに微笑んだ。取り合えず公式サイトでどんなメニューがあるか確認しよう、確か季節によって出すスイーツも違うと聞いた。リュックからスマホを取り出し店名を検索しようとしたとき、ピタりと操作する指の動きを止める。


(…ん、これってデートか)


スイーツの事しか頭になかった涼真は、真冬がデートに誘ったと言うことにも気づかなかった。

学校と喫茶店以外で真冬と会うのは、初めてということになる。

















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