10 死者蘇生への挑戦
シクロは意を決した様子で語る。
「正直言って……死者の蘇生は禁忌の術だとボクは思ってる。命を弄ぶような業だし、本来はあってはならない。……でも、それでも、ボクは考えてしまったんだ。ボクとミストの力があれば、死者蘇生も可能なんじゃないかって」
シクロの言葉に、アリスが反応する。
「お兄ちゃんの言う通り、死者蘇生の術はずっと昔から、どの国でも禁忌扱いされてる術だよ。理由は色々あるけど、一番は――死んだ人が本当の意味では蘇らないから。大抵は、フレッシュゴーレムっていう魔物と同じような化け物が生まれるだけなの。そして、生み出された化け物が人類に牙を向いた例も少なくないわ」
賢者として、錬金術を学んだ知識の中から、アリスは語る。
「正直言うと、私も錬金術の範疇だったら死者蘇生……と、過去に信じられてきた術なら全て使えるわ。でも、それはどれも禁忌だし、蘇るのはミラ姉じゃない化け物でしかないの。だから……私は、お兄ちゃんの意見には反対だよ」
「せやな、ウチも反対や」
シクロの言葉に、カリムも頷く。
「可哀想やとは思うけど、ウチらが禁忌犯してまで助けるべきとは思わへんで。例え成功しても失敗しても、リスクにしかならへん」
「その考えは、ボクにも分かる。けど……今回限りだから、やらせてくれないか?」
シクロは、アリスとカリムに頼み込む。
「それに……いつかは挑戦するつもりだった。ボクらのパーティの手札として、仲間の蘇生が出来るっていうのは大きな武器になる。少なくとも――ディープホールを攻略するなら、それぐらいの切り札があってもいいと、ボクは考えてる」
そこまで言うと、シクロは頭を下げる。
「――頼む。ボクには……出来るかもしれない力があるのに、ミランダ姉さんを見捨てたくはないんだ」
シクロの頼み込む姿を見て、カリムが呆れたように溜め息を吐く。
「はぁ……。そもそも、必要なんはミストちゃんの力やろ? ウチらには禁忌犯したこと黙っといて欲しい、ただそれだけや。違うか?」
「……そうだな。でも、ボクらは仲間だ。筋は通すべきだと思う」
「……ウチは何も知らん。悲鳴を聞いて『ミストちゃんを連れて』先に行ったシクロはんを、アリスちゃんと一緒に追いかけた。それでええな?」
言うと、カリムはアリスの手を取り、この場から離れていく。
「……ごめん、それとありがとう、二人とも」
シクロは建前の為に距離を置く二人を見送ると、ミストと向き直る。
「それじゃあ――ミスト。まずは魔法を使う前に、どうやって蘇生するのかについて話しておこう」
「はい。――私の再生魔法だけでは、死者の蘇生までは出来ません。ご主人さまは、何かアイディアがあるんですよね?」
「ああ。ボクの――『時計操作』と再生魔法を組み合わせれば、もしかすると、ってだけなんだけどな」
シクロは言ってから、真剣な様子で詳細を語る。
「ボクのスキルは、本来は時計に関わるスキルでしかなかったんだと思う。けど、成長したお陰なのか、時計と名の付くものならある程度融通が効くようになった。フランベルジェなんかも、そういう応用あっての武器だ」
「ということは、人の身体を時計に見立てるのですか?」
ミストの問いに、シクロは頷く。
「ああ。ボクが常に『腹時計』を停止して、魔力だけで肉体を維持しているのと同じように。ミランダ姉さんの――『体内時計』を過去に戻す」
シクロはミストを見つめながら、具体的な策を語る。
「つまりボクがミランダ姉さんの『身体』を治す。ミストには――ボクの心を治してくれた時のように、ミランダ姉さんの『魂』を再生してほしいんだ」
「……なるほど。理解できました」
納得したように頷くミスト。
「できるかどうかは分かりませんが……頑張ってみます」
「ありがとう、ミスト」
シクロはミストに感謝を伝えつつ微笑むが、すぐに表情を引き締める。
「じゃあ、すぐにでも作業に取り掛かろう」
「はい!」
こうして、シクロとミストによる、死者蘇生への挑戦が開始される。
二人はミランダの遺体を左右から挟むようにして立ち、それぞれが両手を翳す。
そして――集中力を高め、魔力を集め、スキルを発動させる。
「――『時計操作』ッ!」
「――『再生魔法』っ!」
二人は同時にスキルを発動させた。
すると、二人から溢れた魔力が光を放ち――ミストの神聖さを帯びた魔力と、シクロの魔力が絡み合いながら、ミランダの肉体へと注がれていく。
魔力が肉体へと浸透するほどに、ミランダの肉体の欠損部位が、みるみるうちに再生していく。
さほど時間をかけないうちに、肉体の再生は完了してしまう。
だが――それでも、ミランダが目を覚ます気配は無い。
(再生できない……? ううん、違う――再生するべきものが、ここには無いんだ!)
ミストは瞳を閉じたまま集中し、再生すべき存在――魂と呼ぶべき何かを探る。
そしてミランダの肉体の中のどこにも無いということが分かると、さらに魔力が探索の幅を広げる。
途端――ミランダの身体から、眩い神聖な魔力が立ち上り、天へと向かってゆく。
遙か上空で、ミストの魔力はまるで雲のように薄く広く広がっていった。
ミストは、広大な範囲であるがゆえに薄く弱い反応を探るため、集中を続ける。
(何か――ご主人さまの心を再生した時のような、あの感覚があれば――)
ミストが必死に探っていると、その手の甲に温かいものが触れた。
「ミスト――っ!」
それは、シクロの手であった。肉体の再生を十分に終えたシクロは、自らの魔力を分け与えることで、ミストの補助に回ったのだ。
(――っ! あった!)
そして、とうとうミストは魂と呼ぶべき何かを発見する。
自分の魔力がそれを包んだ途端、再生魔法が作用する。
どこかへ向かって流れ行く途中だった魂は、逆流するかのようにミランダの肉体目掛けて戻ってゆく。
そうして――ミストの魔力が魂を捉えて数分後。
ようやく、ミランダの魂が肉体へと帰還した。
「――くっ!!」
そして、それがミストの集中力の限界であった。
発動し続けていた再生魔法は、ミストの限界と共に終了する。
ミランダの魂が肉体に戻りきるか否か、といった瞬間の出来事。
「……ミストっ!!」
シクロは、慌ててミストに駆け寄る。
なんとミストは、自分でも知らぬ間に、疲労のあまりその場に膝を付いていた。
今にも倒れそうなミストをシクロが支える。
「ご主人、さま。できました。私、魂を――」
「ああ。ボクも見てた。凄かったよ、ミスト。とても頑張ったんだ」
言いながら、シクロはミストを抱きしめる。
「こんな、無茶なお願いだったのに――ボクに付き合ってくれて、ありがとう、ミスト」
「はい。私は、いつでもご主人さまの味方ですから」
疲労の残る様子では有りながらも、ミストはシクロに向けて微笑んで見せるのであった。