07 元凶の異形
異変の原因となる生物――ミミズの寄生虫を特定した後、四人はさらなる原因究明の為、森を深くまで探索し続けていた。
寄生虫ということは、何らかの手段でその数を増やしていることになる。
つまり、ヘルハウンド以外にも宿主が存在する可能性が高いのだ。
「たぶん、どこかで増えた寄生虫を含む生き物を、ヘルハウンドが食べたんだよね。それでヘルハウンドが寄生されたのよ。そうやって寄生の連鎖の最後――最終宿主まで特定して、どうやって増えてるのかまでしっかり確認したいかな」
それが寄生虫の存在を特定した、アリスの言葉であった。
普段こそアホな言動をしているが、これでもSランク冒険者であり、賢者としての知識はしっかり学んである。こういった面では非常に頼りになる存在なのだ。
そんなアリスの言葉に従い、シクロ達一行は最終宿主を探して森を探索する。
ひとまずは――ヘルハウンドのような異常個体が、他に発生していないかどうかを調べる予定だ。
「とりあえず、ヘルハウンドの駆除は続けるか」
「せやな。残しといてええもんでもないやろうし」
シクロの提案にカリムも頷き、一行はヘルハウンドを駆除しながら森を探索する。
やがて――シクロの時計感知の範囲に、異常な反応が見られた。
「なんだ……これ?」
シクロは眉を顰めながら呟く。
「ヘルハウンドも含めて、異常な数の魔物が群れている場所があるな」
「それは――怪しいな」
シクロの報告に、カリムも違和感を覚え頷く。
「複数種類の魔物が群れとるなんて、滅多に無いことや。それが異常な数って言えるほどの規模やと、普通はありえへん」
「ってことは、寄生虫に何か関係あるかもしれないわね!!」
アリスの言葉に、一同頷く。
「ひとまず、確認に行こう」
こうして――シクロ達は、異常な群れの存在する場所へと駆けていく。
そして――到着した一行が見たものは、正に異常と言う他ない光景であった。
まず目を引くのは、中央にそびえ立つ植物型の魔物で、その姿は一般的にヘルプラントと呼ばれる魔物のものに似ていた。
しかし、ヘルプラントも寄生虫により異常が発生しているのか、ところどころにおかしな点が見られる。
まず、ヘルプラントは非常に良い香りのする花と、子孫を残すために種の入った果実を持つ。花の香りで魔物を誘引し、果実を食べてもらい、遠くに種を運んでもらう為だ。
しかし――このヘルプラントに成っている果実は見るからに腐っており、その中をダニやノミのように小さい虫が食い散らかしている。
そして、ヘルプラントの周囲に集まった小型の魔物達は、この果実を食べる為に我先にと集まっている。
小型の魔物達は、果実を口にした途端に身体を痙攣させ、異常を来たす。身体をビクリ、ビクリと何度も震わせ、筋肉が異常発達してゆく。
そうして変化が終わった魔物は、空腹に苛まれた様子で、獲物を探して暴れまわる。
小型の魔物同士で喰らい合い、あるいは餌を求めてこの場を離れてゆく。
そして――ヘルプラントの花の香りには、捕食対象をおびき寄せる効果もある。
これに釣られて呼び寄せられ、ヘルプラントの蔦に捕まっているのが――他ならぬ異常個体のヘルハウンドである。
ヘルハウンドは小型の魔物も捕食しているものの、大半はヘルプラントの蔦に捕まり、養分となっている。
そうして養分を得たヘルプラントは、また新たな果実を実らせ、これを小型の魔物達が食らう。
そうして高速でエネルギーが循環している為か、ヘルプラントは種子以外のもう一つの繁殖方法にて急激な増殖を続けている。
そう、ヘルプラントは根を伸ばし、それを切り離すことで自らのクローンのような個体を生み出すことでも数を増やすことが可能な魔物なのだ。
つまり、今は外部から集まり続けている魔物を養分として、種子ではなく株分けによって寄生虫に侵されたヘルプラントが増えている。
そして寄生虫は、ヘルプラントの果実を乗っ取り、魔物の肉体に侵入することで急激に数を増やしている。
よって――この場所、この魔物達が、この森における寄生虫の繁殖元であることは明白であった。
「うげ……気持ち悪いけど、アレが原因っぽいわね」
アリスが観察を続けながら呟く。
「多分、あの寄生虫は中間宿主が動物型の魔物で、最終宿主が植物型の魔物なんだろうね。果実の養分を吸って卵から孵化。それが果実を食べる魔物に寄生して第二世代になって、次に肉食の魔物に寄生して第三世代になる。最後に肉食の魔物が空腹に耐えられず、植物型の魔物に誘引されて……捕食される時に、寄生虫は最終宿主に寄生。成虫となって、卵を産み付けてるんだと思う」
冷静に生態を分析しつつ、アリスは考え込む。
「うーん……元の寄生虫がどこから来たのかは分からないけど、駆除さえすれば感染が拡大する可能性は低いかも」
「どうしてだ? 聞いてる感じだと、ヤバそうに聞こえるけど」
シクロが疑問を抱き、アリスに尋ねる。
「多分だけど、第二世代が寄生できる魔物が限られてるからだよお兄ちゃん。第二世代はヘルハウンドにしか寄生出来てない。この森には、他にいくらでも魔物がいるのにね」
アリスの言う通り、この場に大型の肉食の魔物はヘルハウンドしかいない。森には他にいくらでも大型の魔物が存在するのにも関わらず。
それはつまり、他の魔物は寄生されていない、ということに他ならない。
「せやけど、第二世代と第一世代が違うって保証は無いやろ? せやったら、その前提は崩れるで」
「それは大丈夫。ほら、食い散らかされてる小型の魔物を見て」
アリスは言うと、小型の魔物達の喰らい合う光景を指し示す。
そこでは様々な魔物同士が互いを食らっているのだが――その身体から出てくる寄生虫は、ウジ虫に似た姿をした小さな寄生虫だった。
そして捕食している魔物が小型の魔物の場合、ウジ虫型の寄生虫はその場をのたうち回ることしか出来ていない。
だが――ヘルハウンドが捕食者であった場合のみ、まるで群がるようにウゾウゾと蠢き、ヘルハウンドへと集まって行くのだ。
「あんな感じで、第二世代の寄生虫は、第一世代とも、第三世代とも姿が違うし、それにヘルハウンドにしか見向きもしていない。だから私は世代は成虫も合わせて四つだと思うし、第二世代が次に狙う寄生先は、少なくともこの森ではヘルハウンドしか居ないと思う」
「――なるほどな」
アリスの考察に、カリムも感心したように頷き、呟く。
「まとめると、この寄生虫は植物型の魔物に寄生して、果実に卵を産み付ける。卵は果実の養分を吸い取って孵化。この果実を食べた魔物の中で第二世代まで成長。その魔物をさらにヘルハウンドが食べて第三世代に成長。そしてヘルハウンドからまた植物型の魔物に寄生して、っていう循環を繰り返してることになるかな」
アリスは現段階で判明していることをまとめると、さらに付け加えて推測を語る。
「それに――この循環が成り立つには、ヘルプラントかそれと同様の魔物でなきゃだめだと思う。卵を産み付けた果実を魔物に食べてもらわないと、この寄生虫は増えることが出来ない。けど、果実を餌に魔物をおびき寄せる植物型の魔物って、基本的に強くないから小型の魔物が標的なんだよね。だから第三世代、ヘルハウンド経由で寄生される切っ掛け自体が無いんだよ」
「そういうことか」
シクロはアリスの考察を聞き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「だったら――とりあえずコイツらと、他にも似たような反応があったら潰していけばオッケーってことだな?」
「そういうことよ、お兄ちゃんっ!」
こうして――四人は情報共有を終え、いよいよ戦闘態勢へと入る。