04 思わぬ境遇
「――まあ、それはいいんだ。それよりも村長。空き家ってのはどの家になるんだ?」
「それでしたら、あちらがちょうど空き家になっている家でございますな」
村長が指差したのは、集落に建つ家としては十分に立派な一軒家であった。
「そうなのか? てっきり――あっちの奥にある、ボロい家の方かと思ってたな」
シクロは言って、ここからでも一番遠く、村の最も奥に建っているボロボロの家を指差す。
「そ、それはその、あの家には住人がおりますので」
すると――何故か、村長が焦ったような口調になる。
シクロはこれを妙に思い、もう少しだけボロボロの家の住人について質問をすることにした。
「そうなのか。それにしても、あんなボロ家に住んでるなんて、変わった住人なんだな?」
「そ、それは……変わり者でして。ああいう家を好むのです」
「ふうん」
慌てて説明をどうにか捻り出しているような村長の様子に、シクロは更に不信感を強める。
「それなら、しばらく近くの家を借りることになるんだ。世話になるかもしれないってことで、挨拶をしておかないとな」
「あ、挨拶ですか!?」
「ああ。悪いか?」
「いえ、その……挨拶はやめておいた方が良いかもしれませぬ!」
ここまで来ると、露骨に怪しい。村長は何かを隠しているのだろうと、シクロは確信した。
そして、それがあまり大っぴらに知られてはまずいのだろうということも。
「なんで? 別に挨拶ぐらいいいだろ?」
「それは……その、あそこに住んでおる者は偏屈でして」
「ボクらは気にしないぞ」
そう言うと、シクロはボロボロの家に向かって歩き出す。
「ぼ、冒険者様! お待ち下さい」
「いや、待たないね」
シクロは完全に村長の態度を怪しんでおり、同様に他の三人も村長を訝しんでいた。
シクロの強行的な行動を止める者はいない。
そうして――シクロはボロボロの家の前に立ち、扉をノックする。
「――近くの家を借りることになった冒険者だ! 挨拶に伺わせてもらった!」
シクロが声を上げ、家の主を呼ぶ。
すると、すぐに家の主から返事があった。
「――はい。今向かいます」
その声は女性のもので――シクロには、聞き覚えのある声のように思えた。
そんなまさか、とシクロは否定する。
だが――扉が開くと、シクロの耳の方が正しかったと証明される。
「ご丁寧にありがとうございます、冒険者……さ、ま……」
扉を開き、出てきた女性は――なんと。
シクロにとってはよく見知った顔。
ミランダ=リリベル、その人であった。
「……ミランダ姉さん?」
「シクロ……くん?」
二人は互いの顔を確認し、驚きのあまり唖然とする。
だが――すぐにミランダが崩れ落ち、泣きながら声を上げる。
「――ごめんなさいっ! ごめんなさいシクロくんっ! ごめんなさいッ!!」
「お、おい!? ミランダ姉さん!?」
突如その場に崩れ落ち、怯えるような仕草を見せながら謝罪を連呼するミランダ。
そんなミランダの様子に、シクロは訳が分からず、ただ困惑することしか出来なかった。
――その後。ミランダはしばらく錯乱し続けていたが、次第に落ち着きを取り戻し、なんとか話を出来る程度まで回復する。
「……ごめんなさい、シクロくん。突然のことだったから」
「いや、それはいいんだけど。ミランダ姉さんはどうして――」
そこまで言って、シクロはミランダの首元に視線を向ける。
そこには――奴隷であることを示す、金属製の首輪が付けられていた。
「どうして奴隷として、この村にいるんだ?」
「……そうね。シクロくんは、あの後のことは知らないものね。――あの日から起こったことを、全て話すわ」
言うと、ミランダは話を始めた。
まず――最初、ミランダはシクロが冤罪で裁かれたことは理解しておらず、ブジンのことを信用していた。
そしてブジンが何度も店に通うようになり――やがてすっかり信頼してしまったミランダは、ブジンの提案する旅行に向かうことになった。
そして、そこで事件が置きた。
そもそも旅行など真っ赤なウソで、ブジンはミランダを捕まえ、違法奴隷として所有する為に馬車を手配し、盗賊団と通じて襲わせたのだ。
結果、ミランダは捕らえられ、しばらくの間――ブジンの性奴隷として飼われることとなる。
だがブジンはミランダが憔悴し、全く反応しなくなると興味を失ったのか、協力者でもある盗賊団にミランダを売り渡した。
その後は盗賊団から違法な奴隷商人に身柄が渡り――この村に寄った時に、村の金で買われたのだという。
その名目は――性奴隷として。
村には若い女性が少なく、男手が街へと出ていってしまうという問題があった。
そこで若い女性であるミランダを性奴隷として村で買うことで、若い男を村に引き留めよう、と村長含め村の重役たちが画策したのだ。
「……そんなことがあったのか」
シクロはミランダの話を聞いて――ブジン=ボージャックに対する怒りが燃え上がる。
元より冒険者として大成し、奴よりも強い権力を手に入れ、何かしらの形で復讐をするつもりであった。
だが――ミランダに対するブジンの仕打ちを聞くと、ただ社会的な制裁を下すだけでは足りないとさえ思うようになった。
それこそ……自分の手で、この世の地獄を味わうほどに嬲り殺してやりたい程に。
だが、今はブジンのことを考えている場合ではない。
シクロは心をどうにか落ち着かせ、息を吐く。
正直なところ、シクロは自分を信じてくれなかったミランダに対して良い印象は抱いていない。
だが――あの時は自分の対応、想定の甘さがあった為にブジンに利用された、ということも理解できている。
故に、あくまでもミランダとは関係を断つ程度で収めるつもりでいた。
しかしブジンの仕打ちを聞いて、考え直す。
どう考えても――ミランダもまた、犠牲者である。
自分の感情問題はともかく……ここで見捨てて良い人物であるとは思えなかった。
「――ねえ、シクロくん。お願いがあるの」
そんなことを考えているシクロに、いつの間にかミランダがすり寄ってきていた。
「私のことを、抱いてほしいの」
「はぁッ!?」
突然の、意味の分からない要求にシクロは声を上げ、拒絶する。
「なんでそんなことになるんだよ!?」
「どんなプレイでも、私、我慢できるわ。好きなだけ、シクロくんの欲望のままに抱いていいわ。私のことが許せないなら……暴力だって我慢できるの。だからお願い、私を抱いてッ!! 性奴隷として、私を買って欲しいのッ!!」
ミランダは口を開き、言葉を発する毎にどんどん落ち着きを失い、錯乱していく。
「待ってくれ、ミランダ姉さんッ! ボクは、姉さんをそんな風に扱うつもりは無いし、抱こうとも、暴力を振るいたいとも思ってないッ! 性奴隷だなんて、もっての他だ! ありえない!」
シクロはミランダを諭すように、声を張り上げて言う。
だが、ミランダはシクロの言葉を理解しているのかいないのか。途端に絶望したような表情を浮かべ、涙を浮かべる。
「……そうよね。シクロくんも、私みたいな汚れた女、いらないわよね」
「そういう話じゃ――」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!!」
そうして――ミランダは再び錯乱し、謝罪の言葉を繰り返すだけの状態に陥る。
シクロは困ったように、仲間である三人に視線を向ける。すると、三人とも首を横に降る。
「今は……そっとしておく方がいいと思います」
「せやな。こんな状態じゃあ、何の話も出来へんわ」
「ミラ姉のことは可哀想だと思うけど……私も二人と同じ意見だよ」
三人に言われ、シクロも納得して頷く。
「そうだな……ごめん、ミランダ姉さん。また後で来るから」
そう言うと、シクロは縋り付いたまま泣くミランダをそっと離し――この場を後にするのであった。





