03 スキル差別
「アリスさんっ! もう、いいですからっ!」
「でもミストちゃんっ! コイツら、貴女のスキルを知ってるからって差別してるのよ!? こんなの、許せないじゃないっ!!」
アリスを止めよう、落ち着かせようとするミストの声も聞こえてくる。
シクロとカリムは急ぎ、二人の方へと歩み寄る。
「どうしたんだ、ミスト、アリス!」
「あっ、お兄ちゃんっ!」
シクロが寄ってくると、アリスが真っ先に反応し、その腕を取る。
「あのね、お兄ちゃん聞いてっ! この道具屋の息子とかいう男が、私たちには何にも売れないとか言い出したの!!」
「……まあ、そういう状況だってのは把握してるが」
言って、シクロはアリスと口論をしていた男の方に視線を向ける。
「どういう状況なのか、少し説明してもらえるか?」
「ああ。……いちおう、先に言っとくが、俺はアンタに逆らうつもりは無いんだぜ。何しろSSSランクの冒険者様だからな」
「よく知ってるな」
「ああ。ちょうど里帰りしてる最中だが、普段はノースフォリアで冒険者やってんだ。アンタが瞬聖をボコしたのも見てたぜ」
どうやら男は冒険者らしく、そう前置きした後に、詳細の話を語る。
「……ウチみたいな小さな村の、個人でやってるような道具屋は、守ってくれるものなんか何もないんだ。あえて言うなら、村全体が相互に助け合ってるんだが――それでも、スキル選定教に睨まれるようなことは出来ねぇ」
そして、男が語ったのは、妥当な話でもあった。
いくら辺境の集落とは言えども、教会とのつながりはある。子どもにスキルを授ける為には、教会と関わらざるをえない。それがこの国の法なのだ。
である以上は、村が教会に歯向かうような真似を出来ないのも当然の理屈となる。
もし何かの拍子に教会から睨まれ、スキル選定の儀式の参加さえ認めてもらえないような事態になれば――少なくとも、魔物の多いこの集落のような場所では人々が生きてゆけなくなるだろう。
「だから、アンタらが何にも悪気がねぇのも分かる。俺も職業スキルを差別するつもりだってねえ。悪いともおもっちゃいねぇよ。けどよ……教会に睨まれて、どうなるか分かったもんじゃねぇんだ。オフクロに、そんな怖い思いをさせたくねぇんだよ。頼むから、ここは引いてくれないか……っ!」
言って、男は深く頭を下げる。
そんな男の様子を見て、シクロも感じることがあったのか、納得したように頷く。
「……そうか。それなら、無理は言わないよ。悪かったな」
言って、シクロは自分の腕を掴むアリスを引き、オロオロとしているミストの背中を押す。
「ほら、二人とも。ここから離れるぞ」
「はい、ご主人さま」
「えっ? お兄ちゃん!? ちょっとっ!?」
ミストは状況をよく理解し納得しているようで、特に文句も言わずシクロに付き従う。だが、アリスはまだ納得していないのか、不満げな言葉を漏らしながらシクロについて歩く。
「なんで泣き寝入りしたのよ、お兄ちゃん! あんなの、理不尽すぎるわよ!!」
「それは俺も分かってるよ。でも――あの人達に怒りをぶつけるのは違うだろ。ミストが教会の被害者だとしたら、あの人達もまた、別の形で巻き込まれただけの被害者だ。怒りをぶつける相手じゃない」
シクロは、アリスに諭すように言う。そんなシクロの様子を見て、満足そうに頷くカリム。
「せやな。教会の意向に、小さな集落は逆らえへんのがこの国や。酷いところになると、村長よりも神父の方が偉そうにして村を仕切ってるようなところもある。――強国となる為に、スキル選定教を国教に選んだ弊害やな」
カリムはシクロの発言に補足するように説明する。
「――ごめん、ミスト。買い物ぐらい、自由にさせてあげたかったけど……今のボクの力じゃあ、そうもいかないみたいだ」
「いえっ! そんな、ご主人さまは何も悪くないですから!」
シクロに謝罪され、ミストは慌てて否定する。
「むしろご主人さまには、色々と任せてもらえるので、それが嬉しいと思っているぐらいですから」
「そうか。それは良かったよミスト」
言って、シクロはミストの頭を撫でる。
「あー、ずるいっ! お兄ちゃん、私も褒めて!」
「……はいはい。ミストの為に怒ってくれてありがとうな、アリス」
そして嫉妬したアリスにも、頭を撫でてやるシクロ。
そうこうしているうちに――シクロ達は、村の奥の方へとたどり着いていた。村長の言っていた空き家がある辺りである。
「さて。この辺に、村長から借りる約束をした空き家があるはずなんだが――」
シクロが言いながら辺りを見回すと、ちょうど村長がシクロ達の方へと駆け寄ってくるのが見えた。
「冒険者の皆さま! 本当に申し訳ございませんッ!!」
そして、村長は近寄るなりすぐさま深く頭を下げて謝罪する。
「道具屋での騒動のことを聞き、謝罪の為にこちらへ寄らせて頂きました。本当に申し訳ございません……!」
「ああ、気にしないでくれ。そっちにとっても、仕方ない選択だってのは分かるからな」
「……ご理解いただけるのでしたら、幸いでございます」
シクロが言うと、村長は安心したように言って頭を上げる。
「ここは本当に小さな村でして、教会も無い僻地です。スキル選定の儀式も、ノースフォリアまで教会が馬車を出してくれて初めて受けられるのです。……そんな状況ですから、どうしても、その、教会に睨まれるようなことをするのは死活問題でして……」
「そうだろうな。……本当に、何のための教会なんだか」
村長の言葉を聞き、シクロはさらに教会に対する怒りが募った。
そもそも――スキル選定の儀式は、人々の生活を助ける為に神がスキルを授けてくれるものだ、と言われている。
だというのに、邪教徒というスキルをミストに与えるだけでは飽き足らず――無関係な人々も巻き込み、結果的に生命線を教会が握るような形になっている。
これのどこが、人々の生活を助ける行為だと言うのだろうか?
シクロには、そんな疑問が湧き上がっていた。