02 問題発生
「ようこそ、冒険者の皆さま。私がこの村の村長をしておる者です」
村長宅を村人から聞き出して尋ねると、出迎えたのは壮年の男性だった。
「では、立ち話もなんですから、中へどうぞ」
そうしてシクロとカリムは村長宅に招き入れられることとなった。
「早速だが、依頼の詳細を教えてもらってもいいか?」
「たしか、村の近くの森から異常行動をする魔犬が出るようになった、ちゅう話やったな?」
「おっしゃるとおりです」
村長は頷き、詳しい話を続ける。
「ある時期から、まるで魔狼のように身体の肥大化した魔犬が出没するようになりました。奴らは本来用心深く、群れで行動し、森から出ることは無いのですが……その異常な魔犬共は、積極的に森を出て、村の近くで狩りをするようになったのです」
心底困った様子で語る村長は、さらに続ける。
「しかも、奴らの狩りは腹を満たす為のものとも思えない。襲われる動物や魔物は、まるで弄ぶようにズタズタに引き裂かれ、見るも無残な姿に変わります。今は……かろうじて、奴らは村にまでは入り込んで来ていませんが、いつ村に被害が出るかと思うと、気が気でないのです」
「……なるほどなぁ」
村長の言葉に、カリムは眉を顰めた。
「その異常な魔犬、ヘルハウンドはどんだけの数がおるんや?」
「分かりませぬ。しかし、同じ日に全く逆の場所で複数の目撃があったので、一体や二体ではないでしょう。本来はヘルハウンドよりも上位の魔物であるキラーベアも殺されていたことがあります。恐らくは、数で襲ったのでしょう」
村長の言葉に、カリムは頷きながら答える。
「そうか。せやったら……変異種なんかが出たわけでもなさそうやな。二匹、三匹ぐらいならまだしも、その話やと相当な数がおるようやし」
「そうですか……原因は、分かりませんか?」
「せやな。今の段階やと想像もつかんな」
カリムが村長とやり取りしているのを聞きつつ、シクロも考える。
が、シクロもカリムと同様、原因らしいものは想像も出来なかった。
「ひとまずは、森を探索して原因らしいものを見つけないとな」
シクロが思ったことを呟くと、カリムも頷く。
「せやな。村長さん、そういうことやから、最悪何日か滞在することになると思う。宿かなんかがあれば――」
「それでしたら、村の奥に空き家がありますので、そちらをお使いいただければ」
「助かるわ」
こうして村長との話を終え、二人は村長宅を後にした。
その後――二人はミストとアリスの二人と合流する為、村の道具屋らしき場所を探して歩き回る。
そんな時――ふとシクロは、カリムに話しかける。
「なぁ、カリム」
「なんや?」
カリムがシクロの方を向くと、シクロは穏やかな笑みを浮かべていた。
「――いつも、ありがとう」
「ふぁっ!?」
「思えば、お前にも色々支えて貰ってばかりだよな。ちゃんと言葉にして伝えておかないと、すれ違うこともあるだろうから――今、言っておくよ。ボクみたいなガキに期待してくれて、力になってくれてありがとう」
シクロからの思わぬ感謝の言葉に、カリムは顔を赤くする。
「な、なんや~シクロはんっ? 急にそんな、別にどうってことないのに!」
「ははは。カリムでも、そうやって慌てることがあるんだな」
「いや、そりゃウチも普通の人間やからな? ウチのことなんやと思うてんねん」
カリムは照れながらも、普段どおりの調子で言葉を返そうと務める。
が、シクロはそんなカリムの調子を崩すようなことを平気で言ってくる。
「もちろん、大人だと思ってる。ボクなんかよりも、ずっと。見習いたいところが色々ある、尊敬できる大人だ」
「……うぅ、なに真面目に恥ずかしいこと言うてくれてんねん」
言って、カリムは赤面する顔を両手で隠すように覆う。
そんなカリムに、シクロは手を差し出して言う。
「これからも、ボクを助けてほしい。間違っていたら、窘めてほしい。アンタには、そういう『仲間』であってほしいと思ってるから」
仲間、という言葉に驚き、カリムは顔から手を離し、シクロのことをまじまじと見つめる。
ついこの間まで――シクロは人間不信をこじらせていたというのに。カリムについては、むしろ警戒しているぐらいだった。
なのに、仲間という言葉を使えている。それは、つまりシクロの心理的な状況が大きく改善していることを意味した。
カリムはシクロの表情から、その理由、あるいは――無理をしていないかを探ろうとしたが、うまく行かない。
それも当然で、シクロの精神状態が改善したのは、ミストの再生魔法によるトラウマの治癒。そしてアリスと向き合うことで得た、自分自身の情けなく、みっともない部分から目を逸らさず改善していこうという覚悟。
これら二つが重なって置きた、劇的な変化なのだから――無理をしているはずもなく、カリムには知り得ない要因も絡んでおり、表情から読み取れるものが無いのも当然だった。
カリムは息を吐き、納得したように頷くと、シクロに手を差し出して返す。
「――せやな。そうやな! これからも、よろしくなシクロはんっ♪」
「ああ、頼むよ」
そう言って、シクロとカリムは握手を交わした。
――そうこうありつつも、二人はミストとアリスと合流すべく、道具屋を目指して歩いていたのだが。
すると前方で何やら騒ぎが起こっているらしく、騒々しい声が聞こえてくる。
「――だから! アンタらに売れるもんは何にも無いんだっつってんだろっ!!」
それは荒々しい、男性の野太い声であり、明らかに苛立ちを抱いている様子だった。
シクロとカリムは顔を見合わせ、何があったのかと考える。
すると――男性の声に続いて、聞き覚えのある声が響く。
「そんなの横暴よ! このSランク冒険者、『大賢者』アリス様を前にして道具を売れないだなんて、冗談でも許されないわよっ!」
そう、アリスの声だった。
「アイツ……さっそく騒ぎを起こしてるのか」
「はは……ホンマに常識を教え込むのが最優先事項なんやな」
そんな言葉を交わし、シクロとカリムは声のする方へと急ぐのであった。