15 怨念の流れ着く先は
――ノースフォリアにて、シクロが無事アリスとの隷属契約を交わしている頃。
王都の某所では、凄惨な光景が広がっていた。
そこでは――一人の男が磔にされて、市民の手によって幾度となく暴行を受け、血まみれになっていた。
だが、誰も男を助けようとはしない。気遣いもしない。
当然だろう。何しろ男――ブジン=ボージャックは、連続強姦事件を始めとした、諸々の罪状で磔にされているのだから。
むしろブジンは、恨みを持った人々の手によって、徹底的に痛めつけられていた。
それでもブジンがまだ命を落としていないのは、一応でもブジンが王都の警吏であり、市民よりは優れたステータスを持っているからに過ぎない。
とは言え、暴行に暴行を重ねられた結果、早朝から磔にされたばかりだと言うのに、昼さえ迎えていない現在で既に虫の息となっていた。
そんな状況で、朦朧とする意識のままブジンは考える。
(どうして――俺様がこんな目に遭っているんだ?)
ブジンは、一切反省などしていなかった。
女を襲ったのは、貴族である自分の特権である。市民は貴族の所有物であり、自由に使って良い。
そんな歪んだ選民思想を抱いている以上、ブジンには自身が罰せられることすら不服でしかなかった。
(糞が……っ! 俺様に罪をなすりつけやがってッ!!)
そしてブジンは、自分がレイヴンの罪も被せられ、冤罪でより重い罪を背負わされていることも知っていた。
(勇者じゃなくて、俺様に代わりに罪を償わせるなんて、ふざけたことをやらせやがって!!)
奇しくも、それは冤罪を被せられたシクロの時と、同じような構図であった。
他人に罪を被せた者が、他人の罪を償う羽目になるというのも、因果な話である。
だが――そんな因果も、ブジンには納得できない。理解できないものだった。
(罪を被せるなら……俺様じゃなくて、そこらの平民に被せればいいだろッ!! あの時のガキみたいにッ!!)
この期に及んで、ブジンはシクロに罪を被せたことを、悪かったと思うどころか、むしろ正しい行いであったと信じていた。
だからこそ、正しい行いをせず、自分に罪を被せてきた国の判断に、深い怒りと恨みを抱いていた。
(クソッタレが……復讐してやる……ッ!! こんな腐った国、俺様がぶち壊してやる……ッ!!)
筋違いの復讐心を胸の内に燃やしながら――しかし、ブジンの命の灯火は消えようとしていた。
――そんなブジンの前に、一人の女性が姿を現す。
見窄らしい服に身を包んだ、貧しい身分にも関わらず美しい女であった。
その女性は、ブジンに打ち付ける為に磔台の横に用意された棒を手に取り、ブジンに迫る。
「――お前のせいでっ!!」
そして――女性は恨みを強く乗せ、ブジンに向かって棒を振り下ろす。
「お前がっ! 罪を被せたからっ! 私の可愛いシクロちゃんがっ!! 犯罪者だなんて言われるようになっちゃったのよっ!!」
何度も、何度も。女性は――シクロの母、サリナ=オーウェンはブジンに棒を振り下ろし、打ち付ける。
(――シクロ? 誰だ、そいつは……?)
ブジンは、女性が口にした名前について思い返す。
(シクロ、シクロ……そうか、シクロだッ! 俺様の邪魔をしやがったクソガキッ!! あいつのせいで、俺様はこんな目に……ッ!!)
そうしてブジンは、シクロが自分の罪を着せた少年のことであると気付いた。
「シクロちゃんはっ! 何にも悪くないのにっ!! お前のせいでぇぇえええっ!!!」
サリナは、涙を流しながら何度もブジンを叩く。
棒は非常に硬い木を素材にしている為、サリナのような非力な女性であっても、十分すぎる威力を発揮する。
ブジンは次第に意識を薄れさせながら――死に向かってゆきながら、恨み言を胸の内で呟く。
(クソガキがぁぁぁぁあああああッ!! シクロォォォオオッ!! テメェのせいで、俺様はぁぁぁぁああああッ!!! ぶっ殺すッ! ぶっ殺してやらぁぁぁぁあああッ!!)
燃えるような怒りを抱いて――やがて、ブジンは命を落とすのであった。
だが――それで終わりではなかった。
死したブジンの魂は、深い恨みと怒りを抱いたまま、天へと登ってゆく。
やがて魂は魔力の流れに乗り――どこか遠くへと、どことも知れぬダンジョンの存在するほうへと流れてゆく。
死した魂の行き着く先とは?
誰も知らないその答えの、無数にある内の一つが――ブジンの魂が魔力の流れに乗り、吸い込まれるように行き着いたダンジョンであった。
ブジンの魂は、深く、深くへと吸い込まれていく。
ただのダンジョンとは思えぬほど深い、そのダンジョンの――ボス部屋の一つへと。
ブジンの魂は吸い込まれて――そして、ダンジョンの魔力を受け取り始める。
それはブジンが望んだから、というよりも……ダンジョンがそう望んだから、というべき現象であった。
後は消え去るだけであったはずのブジンの魂に――ダンジョンから魔力が注がれ、生前の活力を取り戻し、さらには……魔物がスポーンする時と同様の現象によって、肉体すら取り戻していく。
うぞうぞ、と肉が生えるように、ブジンの魂は身体を手に入れていく。
それは――ブジン=ボージャックの肉体とは、似ても似つかぬ姿であった。
身長は二メートルを超え、筋肉は異常に発達しており、筋が浮いている。
また、全身を包んでいるはずの皮膚の大半が爛れており――筋肉や脂肪が直に見えている部分が大半を占めていた。
そして何より――地面に付きそうなほど巨大で長い両腕が特徴的であり。
それは……凶悪な魔物として有名な、フレッシュゴーレム系の魔物の上位種『タイラント』の姿と瓜二つであった。
ただ、ひとつだけ――顔立ちだけは、生前のブジンの面影を残していることが、タイラントとの違いであった。
「……ジグロぉ」
未だ、不完全にしか生成されていない声帯を使い、ブジンは声を漏らす。
「ごろじでやる……シグロォ……ッ!!」
その恨みの声は――ダンジョンの奥深くにあるボス部屋にて、ひたすら虚しく響き続ける。
やがて――完全に肉体の形成が完了した後も、ブジンであった魔物は、ただシクロへの恨みだけを胸に懐き、誰も訪れないボス部屋にて、その執念を磨き、醜悪に育て上げる。
いつしか魔物は――復讐心のあまり、周囲の魔力を取り込み始める。
そうしてブジンであったものは、復讐心の怪物へと変貌していくのであった。
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次回からは第六章が開始します!
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