13 懺悔
――その後。シクロ達一行は、無事ディープホールから脱出。
そのままの足で、図々しい頼み事の為に辺境伯邸へと向かった。
「……つまりSランク冒険者、アリス=サンドリア嬢が王都のギルド爆破事件の犯人であり、シクロ君の妹君でもあるから、犯罪奴隷としての身柄を預かりたい、ということだね?」
辺境伯、デイモスは額を押さえながら、頭が痛そうにしながら言う。
まあ、実際痛いのだろう。
なお、アリス=サンドリアとは旧姓アリス=オーウェンの現在のフルネームである。
「ああ、そうなる。頼めるか?」
「……SSSランク冒険者に頼まれた時、私のような領主が何を考えるか分かるかい?」
シクロに質問で返すデイモス。だが、シクロが答える間も与えず、自分で回答する。
「君が敵に回った時のリスクと、頼みを聞く場合のコストを天秤にかけるんだよ! お陰で、毎回エキセントリックな想像に頭を悩ませ、不安の種が尽きずに毎日楽しいけれどね!」
「それは良かった。じゃあ頼めるってことでいいんだな?」
全く動じることも無く、ゴリ押ししてくるシクロに、辺境伯は溜め息を吐く。
「はぁ……。まあ、王都とは距離も離れているし、関係も薄い。重大な犯罪者の扱いを勝手に決めて睨まれることにはなるだろうけど、そこまで大きなリスクにはならないだろうね。構わないよ」
「助かるよ」
シクロは言って、デイモスに握手を求める。デイモスも手を握り、握手を返す。
こうして、アリスの身柄は無事、シクロが預かることになるのであった。
そして――夜になり、シクロ達一行は辺境伯邸に泊まることとなる。
シクロは自室にて、時計生成の能力で作り出す魔道具の設計を続けていた。
現状、シクロの能力は――より時計に関わりの深い部品であればあるほど、生成が速い。
時計の部品として生成可能な部品が大半を占める時計型手榴弾は一瞬で生成が可能だが、一方で構造の殆どが時計の部品と関係のないミストルテインは数秒の時間を要する。
故に、時間さえあればこうして設計を見直し、より生成の速い構造を模索したり、あるいは単に性能の向上を図ったりして夜を過ごしている。
そうして設計を続けて夜も更けていく。
が――不意に、シクロの部屋の扉をノックする音が響く。
「ご主人さま。お話ししたいことがあります。今、少しいいですか?」
扉越しに、ミストの声がした。
「どうぞ、ミスト。入って来てくれ」
シクロが言うと、ミストは扉を開き――どこか気まずそうな表情を浮かべて部屋に入ってくる。
「どうしたんだ、ミスト?」
「……ご主人さま。私、謝らなければいけないことがあります」
言うと、ミストは頭を下げた。
「謝るって……何をさ。ミストはよくやってくれているよ」
「違うんです。――私、本当はご主人さまの『症状』をどうにかする手段を、もう一つ知っているんです」
ミストの言葉に、シクロはピンと来る。
「……そうか。『再生魔法』だな?」
「……はい。私の『再生魔法』なら、恐らくご主人さまの心も再生してしまえると思うんです。感覚的にも、出来そうだという実感があります」
泣きそうな表情で、ミストは語る。
「でも……ご主人さまの心を、傷つくよりも前に『再生』してしまったら。もしかしたら――いいえ。きっとご主人さまは、その時から今までの記憶まで無くしてしまうと思うんです」
「記憶、か」
言われて、シクロはミストが何故黙っていたのか。再生魔法による治療を提案しなかったのかをなんとなく理解した。
「それが――私は、とても怖かったんです。ご主人さまに忘れられることが、どうしても嫌でした。……だから、私はどうにか再生魔法以外の方法を考えて、そっちに目を逸らそうとしました。……全部、私のためです。だから、謝罪に来ました」
ミストは深々と頭を下げたまま、後悔を言葉にして謝罪する。
そんなミストの様子を見て、シクロは問いかける。
「それなら、どうして今になってその話をする気になったんだ?」
「……ずるいんです、私。再生魔法以外の手段があれば、ご主人さまなら、私のことを大事にしてくれるから――選ばずにいてくれるかもしれないって、そんな期待をしてるんです。だからこそ、謝罪に来ることが出来たんです……っ!! 本当に、ごめんなさいっ!!」
ミストは涙声で謝罪を口にする。
そんなミストを――シクロは、優しく抱きしめる。
「――ありがとう、ミスト。ちゃんと話に来てくれて」
「……ご主人、さま」
「君がそうやって、ボクの味方でいてくれるから、ボクはアリスとの関係を改善しようと思えたんだ。そして、今は再生魔法っていう選択肢も与えてくれた。ミストは、何も悪くない。むしろボクの味方でいてくれているじゃないか。約束通りだよ」
言いながら、シクロはミストの頭を撫でて、慰める。
そうしているうちに、ミストもだんだんと心が落ち着いてゆき――気付けば、涙は止まっていた。
「安心してくれ、ミスト。――ボクは、君のことを絶対に忘れない。君と出会ってからの記憶は、とても大切なものだ。たとえ再生魔法で元に戻されようとしても、逆らってでも覚えておくから。だから……安心して、ボクに再生魔法を使ってほしい」
そして、シクロはミストに要求する。
それこそ、ミストは奴隷なのだから――隷属契約を通して命令すればいいだけの話なのに。
それでもシクロはミストの同意を求めた。
それがシクロなりの、ミストへの信頼と優しさの証であると、ミストは考えた。
だから――ミストも、覚悟が決まる。
「――はい。分かりました。ご主人さまが言うのでしたら。私は、ご主人さまを信じます」
「ありがとう、ミスト」
こうして――二人の覚悟が決まった。
ミストはシクロに求められた通り、再生魔法を発動する。
「――『リザレクション』ッ!」
魔法とは、名を与え、より具体的に印象付けることでより強い効果を発揮する。
故に――ミストは再生魔法の適性により、ただ一つだけ発動可能となっている魔法に、復活の意味の名を付けた。
そうして、ミストが魔力を込めることで、再生魔法が発動する。
金色の、暖かく眩い光がミストの身体から溢れ出し、粉雪のように細かい粒となって辺りに漂い始める。
やがて光の粒は、シクロに向かって流れ込み始める。
一方シクロは――流れ込んで来る光の粒を、魔力を感じ取っていた。
自分の体の中を、ミストの魔力が癒やしていくのを感じていた。
そして――光が、この世のどこでもない場所、スキルを発動させる時に魔力を込めるのと同じところへ届いたのを感じる。
(――とても、温かい。このまま眠ってしまいそうなぐらいに)
魂に満ちる温かい光に、シクロは身を委ねそうになる。
(けど――このままじゃダメだ)
だが――このまま光のなすがままにされていれば、記憶を失ってしまうかも知れない。
だからシクロは、本能的に『ここだけは侵入されてはならない』という領域を感じ取り、そこへ至ろうとする光を自分の魔力で押し返していく。
ミストの方でも、そんなシクロの抵抗を魔力を通して感じ取っていた。
(ご主人さまも、私を忘れないように頑張ってくれている。だったら私も――)
自然と溢れ出る光の粒を、ミストは意識して支配する。
そして――シクロの抵抗する力に沿うように、光の粒の流れを変えていく。
そうして……十分程の時間が経過した。
再生が完了したことをミストは感覚的に感じ取り、光を呼び戻す。
シクロの中まで浸透していた光の粒が、急速的にミストの身体へと戻っていく。
そうして全ての光が消え去り――無事、治療は完了する。
「……ご主人、さま」
ミストは、シクロに呼びかける。
多分、大丈夫。けれど、それでも、不安は残っている。
シクロはゆっくりとミストを見て――微笑みかける。
「大丈夫。覚えてるよ、ミストのこと」
そう言って、ミストを強く抱きしめる。
「これで……アリスとの関係が、元に戻れるはずだ。ミストのお陰だよ。ありがとう、ミスト。君は――ボクにとって、幸運の天使だ」
「ご、ご主人さま……っ! 私も、同じ思いです!」
ちゃんと、自分のことを覚えていてくれた。それが嬉しくて、ミストは感激のあまり涙を流す。
「あはは。嬉しくても、涙を流すんじゃないか」
「はい。それぐらい、私にとってご主人さまは特別ですから……っ!」
「じゃあ、仕方ないな」
「――はいっ」
こうして、再生魔法による治療はトラブル無く終了した。
その効果の程が判明するのは――明日、正式にアリスを犯罪奴隷として隷属契約した後のことになる。





