12 どうすれば一番いいのか
――しばらくその場に蹲り、アリスに介抱されることで、シクロはどうにか調子を取り戻す。
「……悪い、アリス」
シクロはまず、アリスに謝った。
それは、このままだと約束通り、元通りの仲の良い家族の関係に戻れないだろう、ということへの謝罪だった。
「お兄ちゃん……」
アリスはシクロに掛けるべき言葉が見当たらず、口籠る。
幸いと言ってよいものか、シクロのトラウマを刺激するのは――アリスの笑顔が切っ掛けのようで、少なくとも今のように暗い表情を浮かべている内は問題が無かった。
「――お二人さん。暗い顔しとるとこ悪いけども、まずは今後のことを考えたほうがええで」
悲壮な雰囲気の漂うシクロとアリスに向けて、カリムが声をかける。
「ウチの知っとる範囲やと、自然とトラウマが消えて無くなった冒険者の話は聞いたことが無い。つまり、放置しとったらいつまでもこのままや」
「ですが、治療法は無いんですよね?」
ミストの言葉に、カリムは頷く。
「そうや。けど、改善した例が無いわけやない。火事場の馬鹿力みたいなもんで克服したこともあれば、少しずつ慣らしてどうにか克服したパターンもあるって聞いたことがある」
「じゃあ、お兄ちゃんも少しずつ慣れていけば……!」
アリスが希望を抱いて言うが、それをカリムは首を横に振って否定する。
「そうとも言い切れんのが難しいところなんや。誰でもそんぐらいの解決方法は思いつく。それでも解決出来へんのは、失敗することが多いからなんや。効果が無い場合もあれば、慣らすつもりが、余計にトラウマを刺激して酷い症状が出るようになる場合もある。せやから、迂闊に手出しは出来へんねん」
「そんな……」
カリムの言葉に、アリスだけでなくシクロとミストも絶望する。
要するに、カリムの言葉が真実であれば――このまま放置して改善する可能性は無いが、対策をしたところで裏目に出る可能性もある。正に八方塞がり。
「最悪の場合――アリスちゃんの顔見ただけで発症するようになるで。せやから、どうするか考えんとあかん」
カリムは、厳しく断言する。
「2つに1つ。悪化するぐらいなら、一応話は出来るぐらいの今のままでどうにか関係を維持する。あるいは、悪化も覚悟で改善策を実行する」
それは――どちらも、シクロとアリスにとってリスクを伴う選択であった。
だが、シクロの決断は早かった。
「悪化は、させない。そのつもりで……改善していきたい」
即答するシクロ。
「ボクは……こんな訳の分からないことに屈したくない」
シクロの決断に、微笑みを浮かべるカリム。
「せやな。そう言ってくれると思っとったで。――そんなら、対策を考えていかんとな」
「――あの、1つだけ思いついたんですが、いいですか?」
そこで、ミストが手を上げた。
誰もが頷き、ミストに話の続きを促す。
「ご主人さまは――他人を信じられない。そう言って、隷属契約で縛られた私を買われたんですよね?」
「そうだな。最初はそういうつもりだった」
ミストの問いに、シクロは肯定を返す。
「でしたら、ご主人さまにとって隷属契約は――不安を和らげるような効果があるかもしれない、って思うんです。なので……アリスさんにご主人さまが隷属契約を施せば、もしかしたら少しだけでも症状を緩和出来るかも、と思いまして……」
後半に行くにつれて、ミストは言いづらそうにしながら、それでもどうにか最後まで言い切った。
つまり妹を奴隷にする、という提案なのだから、言いづらいのも当然と言えた。
だが、ミストが真剣にシクロの為を思って出した案というのもあって、誰も頭ごなしには否定しなかった。
とはいえ――さすがにシクロにも抵抗はあった。
「いや……アイディアは悪くないとはおもうけど。でもミスト。さすがに妹を奴隷にするのは……」
「そう、ですよね。すみませんでした」
「いや、いいんだ。アイディアを出してくれてありがとう、ミスト」
シクロはミストの頭を撫でて、ミストはこれに嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんな二人の様子を見て、アリスは嫉妬してムッとした表情を浮かべる。
そして、直後に――何がいいことを思いついた様子で、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「――奴隷になるの、いいアイディアだと思うよお兄ちゃんっ! それに私、それならちょうどいい話があるのっ!!」
「ちょうどいい話?」
アリスの突然の提案。シクロ含め、三人は疑問に思いながらも話を聞く。
「実はね。私が王都を出る前にあったことなんだけど――」
そして――アリスが話し始めた内容は衝撃的、というかぶっ飛んでいた。
まず、アリスが実はシクロと母、サリナの為に冒険者として稼いたお金の一部を送金していたという話。
だが、これ自体は問題なかった。
次に、その送金を、王都のギルドマスターがシクロの評判を真に受け、独断で止め、勝手に貯金していたという話。
これもまあ、とりあえずこの場の人間が糾弾するような話ではない。
だが次が問題である。
なんとアリスは――そんなギルドマスター、要するに現在の養父にブチギレ、そのまま感情に任せて冒険者ギルドを爆破。
養父に大怪我を負わせた上、ギルドも半壊させてそのままノースフォリアまで来たというのである。
「――ってことだから、お兄ちゃんに私を犯罪奴隷として捕まえてもらって、身柄を預かって貰えればぜーんぶ丸く収まる、かなぁ、って……」
アリスは最後まで言い切る前に、威圧感に気付いて言葉を噤んだ。
他ならぬシクロが、明らかに説教する気まんまんだったからである。
「おい、アリス」
「はい」
「このぉッ!! 大馬鹿もんがぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
シクロは絶叫するような勢いで、アリスを怒鳴りつける。
「思いっきり犯罪行為だろうが、それは! なんで『私なにかやっちゃいました?』みたいにケロッとしてやがるんだよッ!!」
「だ、だってぇ……アイツがお兄ちゃんの為に頑張って貯めたお金なのに、全部無駄にしやがったから……」
「だからって爆破はやりすぎだろッ!! せめて拳で顔面ワンパンぐらいで済ませとけッ!!」
「いやいや、それでも十分暴行罪成立するからな?」
冷静なカリムのツッコミで一度流れが途切れたので、シクロも一息ついてから話を続ける。
「……まあ、終わったものは仕方ない。アリス、殺してはいないんだよな?」
「うん。アイツも一応は元高ランクの冒険者だもん。あれぐらいで死ぬようなヤツじゃないよ。それに死んじゃったらもう爆破出来ないし」
「……それは元気になったら、また爆破して半殺しにするつもりだったって意味か?」
「もちろんっ!」
ブイっ、とピースサインを出すアリスに、シクロは深く溜め息を吐いて呆れる。
「分かった。お前は世に出しちゃいけない。犯罪奴隷としてボクが身柄を預かってやらないと、どこで何をしでかすか分からないな」
シクロが言うことにミスト、そしてカリムも納得したのか、苦笑いをしながら頷く。
「それでは、アリスさんはご主人さまが犯罪奴隷として身柄を預かり、隷属契約を施すということですね?」
「ああ。……何にせよ、アリスをよそにやるわけにもいかないしな」
シクロの言葉にカリムも頷く。
「せやな。そんじゃあ――諸々の処理は、辺境伯様と縁があるんやろ、シクロはん。全部ぶん投げてもうて構わんやろ」
「そうだな。使えるものは使っていこう」
と、いうことで。
こうしてシクロは、実の妹であるアリスを奴隷として引き取ることが決まるのであった。





