10 余計なこと
――少し時間は遡って。
アリスと対面した気疲れから休憩していたシクロは、十分休んだこともあって立ち直っていた。
「……迷惑かけたな。よし、早速訓練を再開しよう」
「それよりも、シクロはん」
立ち上がり、気を取り直したシクロに大して、カリムが深刻そうな表情で口を開く。
「妹ちゃんのこと、放っといてええんか?」
「……どういう意味だ?」
カリムの干渉に、シクロは不機嫌そうに眉を顰める。
「違う違う。何も仲直りせえとか、そういうお節介がしたいわけとちゃうねん。――あの子、えらい思い詰めた様子やったからな。このまま放っといたら、何をしでかすか分からんで。そういう意味で、このまま放置してええんかって訊いたんや」
カリムに意図を説明され、シクロも納得する。
(――これ以上、アリスに何かされても困る。一応、釘は刺しておくべきか)
シクロはそう考えて、カリムの提案に頷く。
「……そうだな。余計なことをしないように注意するか。まだダンジョンに居るようなら、何か企んでる可能性もあるだろうし」
シクロの言葉に、カリムは少し残念に思う。
(そういう意味でも無いんやけど――まあ、ええわ)
こうして、三人は訓練を続けながらも――ダンジョンにアリスがまだ残っているかどうか、調べつつ移動することになった。
その後、三人は来た道を引き返しながら訓練を続けた。
一度通ったというのもあり、魔物との遭遇は無く、移動のペースはかなり速かった。
そうして――大きく深い奈落が広がるエリアに突入した時だった。
「あれは――アリスさんですね」
ミストが姿を見て呟く。シクロも既に気付いており、頷く。
「ああ。何をするつもりなんだか……」
言いながら、シクロはアリスの方へと近づいていく。
だが――様子がおかしい。まだ距離があるとはいえ、シクロ達が近づいてきていることに気付いた様子が無い。
しかも、アリスが足を進めている方向は、ダンジョンの進路でも帰路でもなく――奈落へ一直線。
それこそ――まるで身投げして自殺でもするつもりであるかのように。
シクロに、嫌な予感がよぎる。
いや、まさか、と脳内で否定しながらも――近づいてはっきりと見えるアリスの表情は、どこか覚悟を決めたような、深刻そうな表情に見え、疑いは深まるばかりであった。
「おい、アリス――」
シクロは呼びかける。
だが、それにもアリスは気付かない様子であった。
そして――ついに、奈落へと一歩、足を踏み出す。
「――ッ!? 馬鹿かッ!?」
このままではアリスは奈落に転落し――シクロのような幸運が訪れない限り、死んでしまう。
故に、シクロは慌てて駆け出す。
「――時計生成ッ!!」
同時に、シクロは時計生成のスキルを発動。
ディープホールを探索するに当たって、事前に安全策として設計していた魔道具。
ロープを、岸壁に突き刺さる銛と同時に射出し、緊急時の命綱として利用可能な、フックショットを片手に装備する。
そして――既に自由落下を始めたアリスの身体を、飛びつくような勢いで横から抱き上げる。
「何考えてんだ、バカッ!!」
「――えっ?」
アリスは何が起こったのか分かっていない様子で、キョロキョロと辺りを見回す。
シクロはそんなアリスに構わず、フックショットを発動。
勢い良く発射された銛がダンジョンの壁に突き刺さり、二人の体重を支える命綱が張られる。
「えっ、あれ、お兄ちゃんっ?」
「とりあえず黙ってろッ!!」
ようやく状況に気付いたアリスが慌て始めるが、やはりシクロはアリスに構うこと無く、次の行動に移る。
命綱がしっかり張っている為、シクロとアリスは振り子のように揺れ、奈落の壁面に向かって追突しそうになる。
だが、シクロは追突の瞬間に壁面を蹴り、飛び上がる。
身体能力が極めて高いシクロは、アリスを片腕に抱えながらでも、奈落から脱出する程度の跳躍は可能であった。
そうして奈落から跳び出たシクロは、フックショットを発動し、ロープを巻き取る力で奈落の真上から陸地へと身体を引き寄せる。
そうしてシクロとアリスは、無事帰還し、着地する。
「ご主人さまっ!!」
「シクロはんっ!!」
そんな二人に、ミストとカリムがシクロのことを呼びながら駆け寄ってくる。
「心配しなくていい。これぐらいなら、朝飯前だ」
と言って、シクロは二人を安心させる。
そして、小脇に抱えたアリスを開放し、その場に下ろす。
「……う、あの、ええっと」
言葉に詰まるアリス。
アリスからしてみれば――思い詰め、嫌われていたはずの兄によって突然助けられたのだ。言うべき言葉に困り、感情も様々な方向に揺れていた。
だが一方で――シクロは、強い感情が湧き上がり、衝動的に声を張り上げていた。
「――なんで、こんなことをしたんだよッ!!」
それは――怒りでもあり、不安でもあった。
シクロの声ににじみ出る感情が、アリスの困惑を上回り、口を開かせる。
「えっと……だって、お兄ちゃんに私、嫌われちゃったから……せめて、お兄ちゃんと同じ目に遭わないと、許してもらえないかもって思って……」
アリスの言葉に、シクロは首を横に振る。
「だからって、こんなのただの飛び降り自殺だろッ!! 自分が死ぬって分かんなかったのかよッ!?」
「だってッ!! それぐらいしないと、お兄ちゃんに許してもらえないかもって……ッ!!」
シクロの言葉に釣られて、アリスも感情的になって言い返す。
「そんなことの為に死ぬ必要なんて無いだろッ!!」
言うと、シクロはアリスの肩を強く掴む。
「お前のこと、許せないよ。確かに、こんなことしたって許せない。ボクは心が狭いみたいだからな。でも……死んで欲しいほど恨んでるわけじゃないんだよ……っ!! だって、家族だろ、ボクらは……っ!! 死んだら、ダメじゃないか……ッ!!」
シクロは言いながら――涙を流していた。
「頼むから――余計なことはしないでくれよ。ただ、待っていてくれるだけでいいんだよ……ッ! それで十分だから……っ!」
そうして、涙と共にシクロの口から溢れた言葉は、紛れもない本心であった。
許せない。その感情がシクロの胸の中を支配する一方で――家族であるアリスのことは、また信じられるようになりたい、と思っている部分があった。
だが、怒りと――冒険者達から受けた虐め、奈落へ落ちた時の恐怖のあまり、見えなくなっていただけだった。
だから――そういう意味でも、シクロには時間が必要だった。
だがこうしてアリスの自殺未遂という出来事を通して――怒りや恐怖、トラウマ以上の強い思いが、『死んで欲しくない』という本心が湧き上がった。
故に、シクロは泣いたのだ。あやうく……後悔してもしきれないほどの喪失になるところだったのだから。
そして――そんなシクロの思いを受け取って。
「お……お兄ちゃん……っ」
アリスも、涙を零す。
「待ってればいいんだよね……? そうしたら、いつかお兄ちゃんが、私のことを許して、迎えに来てくれるんだよね……?」
「ああ。ボクだって、そうしたいんだよ」
シクロから、いつか許してもらえるという保証を、約束を受け取って。
感極まったアリスの瞳から、さらに大量の涙が溢れだす。
「――良かった……っ! 良かったよぉ……っ!!」
そうして――アリスは、大声を上げて号泣する。
それは再会の時、号泣したような悲しみの涙ではなく。
大切な人と、また関係をやり直せることへの、喜びと感謝の涙であった。





