09 邪魔
アリスのストーキング行為は、その後も続いた。
そして、シクロがミストに不意打ちへの対応力を付けさせようと魔物の不意打ちを許す度に――アリスがしゃしゃり出て、ミストよりも先に魔法で魔物を倒してしまう。
「――お兄ちゃん危ないっ!」
毎回そう言って登場した後は。
「いやあ、また偶然通りかかったんだけど、危なかったねお兄ちゃんっ!」
などとわざとらしく言い放ち退散していく。
二度、三度と続いた程度であれば、シクロもただ呆れるだけで済んでいた。
だが――これが十回以上も続いた頃には、呆れよりも怒りが勝っていた。
そんなこんなで、十七回目の不意打ち。
「――お兄ちゃんは私が守るっ! アクアカッターッ!!」
しつこいぐらいに偶然を装い姿を見せたアリスが、物陰から躍り出てきたブラックゴブリンを魔法で両断。即死させる。
「うわぁ、またまた偶然だねお兄ちゃん! それじゃあ私はこれで――」
「おい、待て」
シクロの怒気を孕んだ声に、肩をビクリ、と跳ねさせてアリスは立ち止まる。
「な、何かなお兄ちゃん?」
「どういうつもりだ? 近づくなって言ったよな?」
威圧的な口調で問われ、アリスは怯えながらも答える。
「あっ……えっと、でも、お兄ちゃんと仲直りしたくて……だから、近づかないようにして、少しでも役に立ちたくて、それで……」
つまり、アリスはシクロと仲直りするために、自分が役に立つというアピールをしているつもりだったのだろう。
意図を理解し、シクロはため息を吐く。
「なあ、アリス」
「うんっ!」
「いい迷惑だ。邪魔をしないでくれ」
「……えっ?」
アリスは、シクロから褒めてもらえるつもりでいた。だから続く言葉をニコニコと笑顔で待ち構えていたが、返ってきた言葉は真逆であった。
「いいか。ボクらは冒険者としての訓練をしている途中なんだよ。特にミストの為にな。不意打ちに対応する訓練をしようとしてるのに、お前がしつこく邪魔に入るせいで全く訓練にならないんだよ。勘弁してくれ」
良かれと思ってやったことが裏目に出た。それで、アリスはショックを受け、言葉を失い涙目になる。
「あっ……えっと、でも」
「邪魔なんだよ。お前には何にも頼んでないし、頼むつもりもない。何にも望んでない。だから、近寄るな。関わってくるな」
「そ、そんな……っ」
シクロの拒絶の言葉に、アリスは顔を真っ青にする。
そして、シクロとの間の、十分すぎるほどに空けられた距離に気付き、それだけシクロが自分と本気で関わりたくないと望んでいることを悟る。
「……ごめん、なさい。ごめんなさいっ」
そうして――アリスは泣きながら、謝罪の言葉を何度も呟きながら離れていく。
やがて、追跡者として付き纏っていた時の距離よりも離れていったのを感じ取り、シクロはようやく表情を緩め、溜め息を吐く。
「……ったく。勘弁してくれ」
シクロもシクロで、アリスと対面したことで強いストレスを感じていた。
感情の高ぶりを抑えるように拳を握りしめており、それでも抑えきれない感情のあまり、目眩に似たふらつきを感じていた。
額を抑え、その場に座り込むシクロ。
そんなシクロに、すっと近付き寄り添うようミスト。
「――ご主人さま。頑張りましたね」
そう言って、ミストはシクロを背中から抱き締めた。
「……ありがとう、ミスト。悪いけど、少し休憩させてくれ」
「はい。ご主人さまが、したいようになさってください」
そのまま二人は、その場に座り込んで休憩に入る。
一方で、カリムだけは立ち去ったアリスの向かった方角を見据えていた。
(……ありゃあ、予想以上に思いつめとるみたいやで。どんなことになるやら)
取り返しのつかない事態になりかねないことを、カリムだけは感じ取っていた。
――立ち去ったアリスは、俯いたまま暗い表情を浮かべて歩いていた。
どこへ行くともなく、ディープホール第二階層を呆然と歩きながら考え込む。
(……私、本当にお兄ちゃんに嫌われちゃったんだ)
それを実感するほどに、アリスの胸がひどく締め付けられる。
(どうしたら……どうやったら、お兄ちゃんに許してもらえるのかな)
何度も、何度も同じ考えがアリスの頭の中をぐるぐると回る。
(わかんない。わかんないよ……お兄ちゃんがどう思ってるのかも、どうすれば許してくれるのかも、全然わかんない……)
そうして思考の袋小路に陥った結果、アリスは極端な結論に至ってしまう。
「――そうだ。お兄ちゃんのこと、もっと理解すればいいんだ」
それは、アリスにとっては名案に思えた。
そして――そんなアリスの目の前には、ちょうどディープホールの奈落が広がっている。
底すら見えない、深く暗い奈落。
「……お兄ちゃん。私、頑張るからね」
それだけを呟くと――アリスは、奈落に向かって足を踏み出した。