08 ストーキング
ディープホール第二階層。
第一階層の終端にある階段を下ると、これまでとは一変した風景が広がる。
第一階層が狭く入り組んだ洞窟であったのに対し、第二階層からは広い空間の広がる洞窟が続く。
「ここからが、ディープホールの本番やな。上でも説明したけど、首刈り鎌を持ったブラックゴブリン、吸血コウモリが出る階層や。他にもネズミやらオオカミやらのゾンビが湧くこともあるで」
第二階層に入ってまず、カリムがこの階層の説明をする。
「そんで、地形は見ての通り広い洞窟に変わる。これまでの狭い洞窟と違って、地形も複雑や。どこに魔物が隠れとるかもわからんし、奈落に落ちて大怪我、最悪の場合死ぬことかてあり得る。戦闘中も安全に気を配らんとあかんようになるから、第一階層よりも大変になるで」
カリムの指導を受け、ミストはごくり、とツバを飲む。最悪の場合死ぬ、という言葉に反応してのことだった。
「――ミスト、大丈夫。何かあったら、ボクが助ける。たとえ奈落に落ちても、怪我をする前に拾い上げるから」
そんなミストの緊張を解くように、シクロが言って背中をポンと軽く叩く。
「はいっ!」
その言葉に、ミストも気合を入れ直す。
こうして――第二階層の探索が始まる。
時に鍾乳石の乱立する見通しの悪い空間を、またある時は奈落に挟まれた細い道を。
そんな悪路を警戒しながら三人は進む。
第一階層とは異なり、魔物とはなかなか遭遇しない。広い分、魔物と遭遇する確率も低いのだ。
だが――全く遭遇しない、というわけにはいかなかった。
「――来たな」
「ああ、分かってる」
最初にカリムが反応し、それとほぼ同時にシクロが構え、ミストルテインを生み出し手に取る。
続いてミストも武器の杖を構え、臨戦態勢が整う。
そうして――準備万端の三人の前に、魔物が姿を現す。
「ギィィッ!!」
首刈り鎌を手にしたブラックゴブリンが一体。
「――キィキィ!!」
そして、吸血コウモリが一匹。
さらに――物言わぬ魔物、スケルトンが二体、後ろに並んでいる。
これら四体の魔物が、シクロ達を狙って姿を表した。
「速攻で行くぞッ!」
シクロが言うと、まず真っ先に吸血コウモリの翼を撃ち抜く。
これにより、飛行能力を失った吸血コウモリがフラフラと墜落する。
後衛をいつでも狙える、飛行能力を持つ敵から先に潰す。あるいは機動力を奪う。作戦としては妥当なものであった。
「ナイスっ!」
カリムもシクロの判断に良い反応を見せながら、前に出る。
首狩り鎌を素早く構え、振り下ろすブラックゴブリンに対し、半身になりながら回避してカウンターで剣閃を繰り出す。
ブラックゴブリンの鎌を持つ手を切り裂き、骨まで刃を到達させる。
「ギギャァァアアッ!!」
深い傷の痛みと、筋を切られた事により、ブラックゴブリンは首刈り鎌を取り落とす。
「――ライトショットッ!」
そしてミストの魔法が準備を終えて発射される。
それは光魔法の最も単純な魔法であり、発動が速い代わりに威力は大したことが無い魔法であった。
だが――ここまでの戦闘で、ミストもある程度レベルが上っている。
そのお陰もあって、ライトショットの威力も十分に上がってきている。
放たれた弾丸は4つ。1つは墜落した吸血コウモリを。残り3つは、既にカリムが通り過ぎ離れたブラックゴブリンを狙う。
そして、着弾。光の弾丸は対象に深く突き刺さり、十分すぎる致命傷を与える。
二体の魔物が、無事ミストの経験値となった。
そうしているうちに、カリムが緩慢な動作のスケルトンの背後に回っていた。
「――ミストちゃんにも、近接戦闘の練習してもらおか!」
そう言って、カリムはスケルトンの一体の背中を蹴りつけ、シクロとミストの方へと押し出した。
もう一体はカリムの剣で薙ぎ払われ、一撃で両断され、斃される。
「頑張りますっ!」
迫るスケルトンに、ミストはしっかりと杖を構え挑む。
カタカタ、と骨を鳴らしながら迫るスケルトン。腕を振り上げるが、そこへミストは素早く対応する。
「はっ!!」
杖で手首部分を打ち付け、腕が振り下ろされる前に打ち落とす。
続けて――ミストは杖を戻しながら、回すようにして逆端をスケルトンに向けて突き出す。
「エイッ!」
正確にスケルトンの喉を下から突き上げる事により、スケルトンの顎の骨が破壊される。
さらに衝撃で首の骨が歪み、さらに頭蓋骨が落下。
頭部が落とされたが、それでもスケルトンは瀕死ながらも動き続ける。
「ハァッ!!」
そんなスケルトンに、ミストのトドメの一撃。
また杖を戻しながら、回すように動かし、先端側で薙ぎ払うような攻撃を繰り出す。
既に瀕死でフラフラのスケルトンは、あっさり攻撃を喰らい、吹き飛ばされる。
同時に身体の骨をバラバラに砕かれ、そのまま沈黙。
こうして、無事四体を相手にした戦闘も終了する。
「――まあ、ええ感じやな。ミストちゃんも問題なくブラックゴブリンを倒せとったし、咄嗟の近接戦闘もちゃんと出来とったで」
「ありがとうございます!」
ミストは嬉しそうに微笑む。
一方で――シクロだけは、怪訝そうに眉をしかめたまま、周囲に気を配っていた。
「ん、シクロはん? どないしたんや?」
「いや――第一階層からずっとなんだが。どうやら追跡されているみたいなんだ」
シクロは時計感知により、何らかの生命体がずっと後ろから付いてきているのに気付いていた。
階層を超えても付いてくることから、明らかに相手の目的がシクロ達のパーティであると分かる。
「ずっと、っちゅうことは魔物よりも人間の可能性が高いな」
「ああ」
カリムの判断に、シクロも同意する。
そんな二人の会話に、ミストも緊張を表情に見せる。
「――まあ、安心しいやミストちゃん。シクロはんが側におるんやったら、どんなヤツが不意打ち仕掛けてきても安心やから」
「そうだぞミスト。ボクが君を守るから、心配しなくていいんだ」
「それに、対人戦のちょうどいい経験相手になるかもしれんしな」
軽い調子でミストの緊張を解そうとする二人。
そんな二人のお陰で、ミストも緊張を幾らか和らげる。
「そうですね。……このまま、探索を続けましょう!」
「おっしゃ、その意気や!」
そうして、三人の第二階層の探索は続く。
その後――しばらく第二階層での探索は続いた。
だが、追跡者の気配は無くなることが無い。
一方で、何度も魔物との戦闘行為があり、あえて隙を晒すような真似までしてみせたのだが、追跡者がなにか仕掛けてくる様子もなかった。
害意の無い追跡者なのではないか、と一行にも疑われ始める。
そうしていると、ついに追跡者が姿を見せる時が来た。
それは吸血コウモリの群れとの戦闘を終えたタイミングであった。
半数をシクロの銃撃が、残りの殆どをミストの魔法が。そして攻撃を逃れて近づいてきたもののみをカリムが仕留め、無事に戦闘が終わった後であった。
だが――岩陰に、まだ吸血コウモリが一匹潜んでいた。
シクロは気付いていたのだが、あえて黙っておく。
ミストの、不意打ちに対応する訓練としてちょうどいいと考えたからだ。
そうして――吸血コウモリが、岩陰から姿を見せた時だった。
「――お兄ちゃん、危ないっ!!」
追跡者が、ついにそんな声を上げながら姿を見せた。
「プロミネンスアローッ!!」
追跡者は、魔法を発動する。
高熱の炎の矢が、吸血コウモリを狙って飛翔。
矢は寸分たがわず吸血コウモリを貫き、そのまま頭部を灼熱の炎で焼き払い、即死させる。
こうして、吸血コウモリの不意打ちは失敗に終わるのであった。
「……どういうつもりだ?」
シクロは突如現れた追跡者――妹の、アリス=オーウェンを睨みつける。
だが、アリスは気にしていないかのような表情を装いながら、早口の説明口調で話し始める。
「わぁっ、偶然だねお兄ちゃんっ! でもお兄ちゃんが不意打ちされて危なかったから私がたまたま近くを通りかかってよかった! でも、言われたとおりお兄ちゃんには近づかないから離れるねっ! それじゃ!」
言いたいだけ言い放ち、アリスはそそくさと退散。
そうして――アリスは再び姿を消して、追跡者としてのポジションに戻る。
そんなアリスを見て、シクロは睨む気も失せ、呆れたような表情を浮かべる。
「……何がしたいんだ、アイツは」
シクロの呟きに、答える者はいなかった。