06 第17代正妃の憂鬱
勇者と聖女が裁かれ、職人ギルドに令状が届き、破滅が確定したその後。
王宮のとある一室にて――第17代正妃、オリヴィアは侍女から報告を受けていた。
「――以上で勇者レイヴンの冤罪事件、及び職人ギルドの処分についての報告は終わります」
「そう。ありがとう」
侍女からは、それぞれの顛末をそれこそ『見てきた』かのように詳しく報告された。
何しろ、この侍女は諜報活動の技能を修めた、その道のプロでもあるのだ。一連の出来事をただ見て、ありのままを報告するというのは難しいことではない。
そして――報告を受けたオリヴィアは、一安心、といった様子で息を吐く。
「これで、ようやくあの子が帰ってこれるようにはなったわね」
言って、オリヴィアは思い返す。大切な機械仕掛けの古時計を、自分以上に大事に扱ってくれた少年のことを。
時計の中の仕組みの話になると、興奮して饒舌になった少年のことを。
そして――恐らく、現在この世で唯一その古時計を、今からでも修理出来るかもしれない人材である少年のことを。
「次は、職人ギルドに代わる組織ね。職人たちは独立してしまったみたいだから……そうね。同盟のようなもので結束してもらって、職人ギルドが果たしていた役目を代わってもらいましょうか」
言いながら、オリヴィアは構想する。
本来、職人ギルドというものは、優れたスキルを持った職人が好き勝手にものづくりをした結果、規格等に統一性が無くなり、本人以外に手が加えられなくなった、という問題を解決する為に生まれたものだ。
職人ギルドがある程度の統一された規格、仕様を職人たちに守らせることで、仕事の効率化を図り、同時に相互の技術交流を可能にし、それぞれのレベルアップを促す。
国が職人ギルドという組織を主導して作り上げたのは、そういった目的があった為だ。
しかし――現在は腐敗が進み、むしろ優れた職人の排除が進んでいる。
そのような組織が国の中軸となっていては、国益を大きく損なってしまう。
故にオリヴィアは職人ギルドを潰し、その代わりとなる組織を作ろうと考えていた。
また、これにはシクロが王都に戻ってきた時、職人ギルドとは関係のない組織であれば、また技術者として働いてくれるかもしれない、という期待を込めての意味もある。
「……あの、オリヴィア様。質問しても構いませんでしょうか?」
ここで、侍女がオリヴィアに尋ねる。
「何かしら。構わないわよ」
「では失礼します。……オリヴィア様は、何故そのシクロという青年にこだわるのですか?」
それが侍女には疑問であった。
いくら優れた技術者であったとしても、所詮は平民である。
これまでオリヴィアが――シクロの冤罪を晴らし、職人ギルドを潰すために掛けたコストは計り知れない。
それがたかが平民一人の為に費やされたとあっては、疑問も浮かぶというものであった。
「そうね。あの子にこだわっているのは――それ以上に、この時計にこだわっているのよ」
オリヴィアは言うと――既に内部が壊れ、動かなくなってしまった古時計を見て語る。
「この時計はね。私の青春の象徴なの」
「……青春、ですか?」
「ええ。若い頃の――この国に嫁いで来るよりも前からの、思い出の結晶。今でも残っているあの頃の物なんて、本当にこの時計ぐらいなものなのよ」
オリヴィアの回答は抽象的だったが、侍女が納得するには十分だった。
つまりこの古時計は、オリヴィアの若い頃の思い出の品であり、何が何でも修理をしたい。だから、唯一修理できる可能性のあるシクロにこだわらざるをえない。
「――まあ、それだけが全てというわけでもないのだけれどね」
「そうなのですか?」
「ええ。あの子は――シクロさんは、良い職人になるわ。目が違ったもの」
オリヴィアは言って、シクロが仕事をしていた時のことを思い出す。
時計の中を見るまでは、王宮に来ているというのもあってかなり緊張していた。
しかし、いざ修理を始めると、それまでの緊張が嘘のように無くなって、それこそオリヴィアの存在すら忘れてしまったかのように集中していた。
オリヴィアはその真剣な瞳の色を見て、一流の人間が持つ独特な気質が宿っているのを確信したのだ。
「彼は何か、大きなことをしてくれる。そんな予感がするの」
感慨深げに言うオリヴィア。
「――と、こんなところでいいかしら?」
「はい。ありがとうございます、オリヴィア様」
侍女も納得の行く説明であった為、頭を下げて感謝の意を示す。
「では、次に移りましょう。勇者の罪を裁いても、被害者が救われるわけではない。シクロさんの冤罪の悪評も、根絶されたわけではないわ。まだまだやることは沢山あるもの」
「はい。何なりとお申し付け下さい」
こうして、オリヴィアの計画――時計を修理する為に、シクロを王都へと呼び戻す計画は進行していく。
「それにしても……予想外に障害が多くて困ってしまうわね。ようやくここまで来たのだから。変なところで躓きたくないわ。――確か、明日にもノースフォリアからシクロさんの安否の情報が送られてくるのよね?」
「はい。先日、ようやく伝令機の私的な使用の許可が出ましたので。ノースフォリアと直接の連絡が付きました」
伝令機とは、魔道具を使った長距離通信機器である。
用途としては、王家と貴族、あるいは貴族同士の情報交換。ただし、私的な利用には制限がある。
また、情報の秘匿性に問題があり、傍受による情報漏えいのリスクがある為、そもそも管理が厳重な代物でもある。
そうした理由から、たとえオリヴィアの要望であっても、ただ平民の安否を知りたいという私的で国の運営に関係の無い用途ではなかなか許可が下りなかったのだ。
「無事でいてくれると良いのだけれど。……いいえ。無事であると信じて、先にこちらで出来ることをやっておくべきね」
オリヴィアは言って、改めて考える。シクロを呼び戻し、再び職人として王都で活動してもらうにはどうすれば良いか。
「――まあ、どうにかなるかしら。何か、とんでもないことでもしでかしていない限りは」
そうして、改めて考えた結果、そう結論づけた。
そして――翌日。
なんとシクロが『最悪のダンジョン』の前人未到の階層から帰還し、正式にSSSランクの冒険者となったという、とんでもないことをしでかしている情報が届く。
そのせいで、目標の為にやらねばならないことが山のように増えてしまい――最終目標達成までの道のりを思い、憂鬱になるオリヴィアであった。