05 職人ギルド壊滅
王城にて、勇者と聖女が罪に問われている一方で。
職人ギルドのギルドマスターであるロウは、ついに破滅の時を迎えていた。
「そ、そんな……な、何なんだこの令状はッ!!」
ロウが手に持ち、顔を真っ赤にしながら叫びつつ読んでいるのは、王城から送られてきた令状であった。
内容は――まずシクロ=オーウェンを追放した件から、管理能力を問われ、ロウをギルドマスターから解任。
次に、業績が著しく悪化している職人ギルドへの、国からの援助の打ち切り。及び国家事業としての認定取り消し。そして新体制での改善が見られなかった場合、組織の解体。
そして最後に――王宮の設備に損害を出したとして、その損害賠償の請求。
莫大な金額を請求されており……ロウの個人資産はもちろん、職人ギルドの資金に手を付けても払いきれない金額となっていた。
つまり要約すると、ロウはギルドマスターという身分を失い、職人ギルドという居場所も失い、さらには資産の全てを失う、ということになる。
「あ、ありえない、なぜこんなことに……ッ!!」
ロウは頭をガリガリを掻きながら考える。
「やはり……あの疫病神かッ!! 無能のシクロめ、年寄りに気に入られる技術だけは高かったということかァッ!! クズがああああぁぁぁあああッ!!!」
叫びながら、この場にはいないシクロへと責任転嫁する。
そもそも――令状にあった職人ギルドの業績悪化にはシクロは全く関係していない。王宮からの依頼に失敗したのも、シクロではなくロウの息子コウである。
どちらもシクロは関係なく、せいぜい関係しているとすればシクロを解雇したことによる管理能力の無さが露呈した件ぐらいだろう。
だが、そんなこともロウには分からない。自分が悪いとは考えていないし、ここまで来ても自分が失敗したとは考えていない。
業績悪化した原因も――全てはロウの施策に問題があった為なのだが。それすらも、シクロが悪いと考えている。何がどのように関係しているか、という理屈すらもすっ飛ばして。
「――ギルドマスター、入りまーす」
そんなロウの叫び声が響く執務室に、軽い声を上げながら入室する者が現れる。
「なんだッ! ……入って良いとは言っていないぞ!!」
ロウの返事も待たずに、入室してくるのは若い男。
「あー、まあそこんとこはどうせ辞めるんで大目に見てもらっていいっすか?」
「は? なんだと!? 辞めるだぁ!?」
若い男の言葉に、ロウはキレる。
「そんなこと認められるわけないだろ!! 今ギルド全体が大変な時なんだぞッ!? そこをお前達下っ端が働いて支えなくてどうするんだッ!!」
「いやー、それがイヤなんで辞めさせて貰いたいんすよねぇ~」
軽い調子で若い男は言う。
「そもそも、マニュアル読んでそのとおりにするだけでいい仕事だって言うから入ったんすけどね。どこ行ってもマニュアルに書いてないことやらされるわ、マニュアル通りにやってたら仕事終わらないわで、メチャクチャだったじゃないすか。こんなんやる気出ないっすよ」
「そんなの当たり前だろうッ!! 若い頃の苦労は買ってでもするもんだッ!! そうやって経験を積んで苦労して、職人というものは一人前に育つものだろうがッ!!」
「いや、別に自分、職人とか興味ないんで」
若い男の言葉に、ロウは絶句する。
「なっ……!?」
「そもそも安い給料だけど楽な仕事だからココに来たんすけどね。実際は仕事は大変で給料も安いし、続ける理由無いっすよ」
「そっ、そんな甘ったれた根性で、やっていけると思うなッ!! ウチで駄目なら、どこへ言っても駄目だ! 社会というものを舐めるなよ若造がァッ!!」
キレ散らかすロウに、若い男は急に吹き出し、笑った。
「ぷっ。出た、社会に詳しいおっさんっ! どんだけ世の中理解しちゃってんですかぁ~? ヤバすぎでしょ」
「なっ!?」
「教えて下さいよぉ~、その社会ってやつのこと? どうせ職人ギルドのことぐらいしか知らないんでしょうけど?」
若い男に煽られ、怒りのあまりロウは絶句する。顔を真っ赤にしたまま、拳を振り上げそうになる。
が、それよりも先に若い男が衝撃発言をする。
「ま、そういうことなんで。自分は辞めさせてもらいますんで。あと、いちおう自分の他にも明日から来ないやついっぱい居るんで」
「なっ、どういうことだッ!!」
「いや、当たり前でしょ。こんな職場、そりゃあ常識あるヤツならさっさと辞めていきますよ」
そう言って、若い男は執務室から退室していく。
その背中を呆然と見送った後、次第にロウは怒りがぶり返してくる。
「……ぬがあああああッ!!! 何故だッ!? どうしてこうなるんだぁぁぁあああ
ッ!!」
頭をガリガリと引っ掻きながら、ロウはいよいよ追い込まれた状況に発狂するしかなかった。
――そんな怒りをロウが発散している一方で。
職人ギルドの施設内の、とある作業場にて。
ロウの息子、コウは一心不乱に作業を続けていた。
その目には隈が浮かんでおり、寝不足であるのが見て取れる。
(……くそっ! 何故だ、どうしてこんな下らない作業ばかりやらねばならないッ!!)
睡眠不足もあり、イライラを募らせながら作業を続けるコウ。
コウがやっているのは、職人ギルドが各所で使用する、汎用の部品の制作であった。
本来であれば、こうした部品は熟練の職人がいて初めて安定した品質で制作することが出来る。
だが――そんな職人も全てギルドから出ていってしまった。
結果、部品作りをまともに出来るのはコウと、一部の器用で優秀な新人だけであった。
(この程度の部品作りなど……魔道具を使って手順通りに動かすだけの簡単な作業だと言うのに。なぜどいつもこいつもまともに作業できない!!)
直接苛立ちをぶつけることが出来ないからこそ、コウは頭の中で不満を吐き出す。
だが、それが引き金となり、さらなる不満、苛立ちが湧き上がり――要するに、悪循環に陥っていた。
そうして勝手にストレスをため続け、既にコウの精神状態は崩壊寸前であった。
だからこそ、気付けない。簡単な作業だからこそ、その品質を左右する職人の腕の差が大きいのだと。
誰でも出来るような仕事だからこそ、熟練の職人は常人には理解できない領域の技術で品質を高めているのだと。
「……くそっ! まただっ!!」
コウが制作していた部品が、操作ミスにより割れてしまう。制作失敗である。
仕方なく、コウは材料を取る為に資材置場に移動する。
この作業場は他にも作業している従業員がおり、大きな魔道具をいくつも設置して製作にあたっているため、どこも狭く歩きづらい。
だというのに、コウはあえて肩を怒らして歩く。
当然、そんな歩き方をしていれば、作業中の従業員にぶつかってしまう。
ドンッ、と従業員の背中に体当たりをするコウ。その反動で従業員は手元を狂わせ、部品の製作に失敗する。
「ちょっと、先輩。なにするんですか」
「うるさいッ! 迷惑しているのはこっちだ! 上司に道を譲るぐらいのことも出来ないお前が無能なんだろッ!!」
「……ちっ」
舌打ちして、従業員は作業に戻る。
(道を譲るも何も、こんな狭い場所なんだからお互いに避けるしか無いだろバーカ)
と、胸中で悪態をつく作業員。
このように――精神状態が最悪のコウは、下らない嫌がらせのような八つ当たりをすることでしか、気分を発散出来ないでいる。
そのせいで従業員が労働環境に嫌気が指し、次々と辞めている。
そうして技術が育つ前に人が出ていき、新しい人間が入ってきて――そうして増えた仕事を処理する為に、コウが睡眠時間を削ってまで働く羽目になる。
見事なまでの、自業自得の悪循環であった。
だがしかし。そんな悪循環も、もうすぐ終わる。
何しろ――職人ギルドから親のロウが追い出される以上、コウの幹部待遇を保証してくれる人間など存在しなくなる。
どう転んでも、コウが今のままの態度を続けられる状況にはならないだろう。
むしろ――解雇され、職を失う可能性の方が遥かに高い。
ある意味で、コウがこの劣悪な労働環境から解放される日は近づいているのであった。
本日、ついに目標だった月間総合ランキングのトップ10入りを果たしました!!
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この調子で毎日更新を出来る限り維持し続けていきますので、これからも『時計使い』を宜しくお願いいたします!