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02 また別の後悔




 ――そうして、訓練の為に二人で行動を開始して、少しした頃。

 ミストがシクロに向かって、恐る恐る声をかける。


「……あの、ご主人さま」

「ん? どうした、ミスト?」


 ミストは、覚悟を決めたような表情を浮かべてシクロに尋ねる。


「今日の……あの人は、ご主人さまの妹さんですよね?」

「……ああ。そうだよ」

「何があったか……聞いても、いいですか?」


 ミストに訊かれて、シクロは複雑な気持ちになる。

 ミストには話しておきたいという気持ちと、最早過去のことなのだから忘れて、無かったことにしてしまいたい気持ち。

 二つの感情がせめぎあい……結果として、シクロは話すことを選んだ。


「ああ。いいぞ。……簡単に言うと、ボクは冤罪で犯罪奴隷に落とされて、ノースフォリアで労役についてたんだ。それが冒険者ギルドでの荷物持ちだったんだけど……アリスは、有名な冒険者でさ。ボクのことを、あちこちで無能だ、クズだって宣伝して回ってたみたいなんだ」


 シクロは語りながら、怒りがこみ上げてくるのを感じた。


「そのお陰で、冒険者からは散々な扱いを受けたよ。殴られる、蹴られるは当たり前。罵声を浴びせられながら、どうにか仕事をしてたんだけど……ついには、虐めがエスカレートして、ディープホールの奈落の底に突き落とされた」

「……そういう経緯があったんですね」

「ああ」


 シクロは頷いて、語る。


「だからボクは……アリスに、間接的に突き落とされたんだと感じてるんだ。アイツがボクの悪評を広めて無ければ、あんな苦しくて、惨めな思いはしなくても済んだ。だから、アイツのことが許せない」


 語りながらも、シクロは周囲への索敵を怠ってはいなかった。

 拾った小石を――まるで八つ当たりでもするかのように投擲して、野ウサギの頭蓋骨を陥没させて仕留める。


「ご主人さまは……アリスさんのことを、許したくないのですか?」


 ミストに問われて、シクロは驚いたような表情で振り向く。


「それは――どういう意味で?」

「そのままの意味です。ご主人さまは、憎くて仕方ないはずのアリスさんを、許したくないのか。それとも、仲直りしたいのか。どちらを望んでいるんですか?」


 ミストに問われ、シクロは感情がぐちゃぐちゃにかき乱されるような気分になった。


(ボクは――どうしたいんだ? アイツに、アリスに、何を望んでいるんだろう……)


 分からない。少なくとも、はっきりと言語化出来るような感情は持ち合わせていなかった。


「……ごめん、ミスト。ボクには分からない。自分がどうしたいのかさえ、自分でも分からないんだ……」

「ご主人さま……っ」


 項垂れて、首を横に振るシクロに、ミストはそっと寄り添い、手を取って握りしめる。


「大丈夫です。ゆっくりでいいですから。これから考えて、決めていきましょう。それがどんな答えになったとしても――私は、ご主人さまの側にいますから」

「ミスト――ああ、分かったよ。ありがとう」


 ミストに励まされ、シクロは少しだけ気を取り直し、繋いだ手を握り返す。


(……やっぱり、ボクにはミストが必要だ。だからこそ――)


 ひっそりと、覚悟を決めるシクロであった。




 そうして――訓練も十分とカリムが判断したところで、次の段階へと移行する。


「そんじゃあ、次は森の中で探索の練習や。一人ずつ、ウチが後ろから見といたるからやってみよか。まずは――そうやな、ミストちゃんから」

「はい、頑張りますっ!」


 ミストは張り切り、前に出て探索を始める。

 その後ろから、シクロとカリムが少し距離を置いてついていく。


 そして――シクロは自然と、カリムの側に寄って、少し後ろにぴったりと寄り添う。


「――どういうことや、シクロはん?」


 カリムが問う。


 シクロは……その手に『ミストルテイン』を握り、カリムの背中に突きつけていた。


「改めて、しっかり話をしておこうと思ってな。……お前が何を企んで、ボクたちに近づいてきたのか」


 シクロが言うと、カリムはため息を吐きつつ言う。


「そんなん言うたやん。ミストちゃんみたいな子を守りたいって――」

「それは本心だろうが、わざわざボクとパーティを組んでまでやることじゃないだろう。何故パーティに固執するんだ?」


 シクロは問い掛けつつ、カリムの背中により強くミストルテインの銃口を押し付ける。


「せやから――それはウチも特殊な職業スキルのせいで困ってたから、ミストちゃんに同情してるって言うたやん?」

「ああ。その言葉も、嘘ではないんだろうな。だがその上で、パーティを組んでまで何か成し遂げたいことがあるんだろ?」


 シクロは疑うように、カリムに問う。


「話せ。こっちは、いつでもミストルテインの引き金を引く準備は出来ている」

「……なるほどな」


 カリムは納得したようにつぶやく。


「つまり、どこか知らんところで悪巧みされるより、目の前におった方が力づくで対処しやすい。せやからパーティに引き入れたってことか」

「納得してるなら、さっさと吐け」

「そんなにウチが信用できへんか?」


 カリムに問われ、シクロは顔を顰める。


「ボクは他人を信用しない。信用しているのは、ミストだけだ」

「信用しないって。また面白いこと言うやんけ」


 カリムはシクロの返答を鼻で笑うように言う。


「まるで世界の真実でも知ったみたいに気取るやないか。他人が信用ならんなんて、当たり前の話やろ」

「……っ」


 シクロは想定していなかったカリムの反撃に戸惑う。


「信用ならん。その上で、どうにかこうにか誤魔化して、リスクと利益を天秤にかけて、人間どうにか頑張って生きとんねん。それを自分だけ特別みたいに思い込みよってからに」

「……うるさい」


 シクロはカリムの言葉を遮ろうとしたが、無駄だった。


「シクロはん。アンタは――他人を疑うことも知らずに生きてきた、甘ったれの頭空っぽのガキンチョが不貞腐れてるようにしか見えへんで」


 その言葉に、シクロは押し黙るしかなかった。


 カリムに言われたことに反論したかった。

 だが――何も言えない。

 シクロも、自分でどこか気付いているところはあった。


 だが、それでも自分の行いを正せない。正す気になれない。

 そんなことをしようものなら――自分自身が真っ黒な感情に染まって、壊れてしまいそうな気がするから。


 そんな理性と矛盾する感情に苛まれながら、結局感情を優先してきた。

 だからこそシクロは、カリムの言葉に言い返すことが出来なかった。


「けども――そんなガキンチョのシクロはんやからこそ、ウチは期待しとるんや」

「……え?」


 カリムの、急に優しげに変わった声と言葉に、シクロは拍子抜けする。


「突然大きな力を手にしてしもうただけの、アホで優しいガキンチョのシクロはん。アンタみたいな人間やからこそ、出来ることがある。変えられるもんがある。ウチはそう思うてるんや」


 ミストとは、また違う優しさ。カリムのシクロを認めるような発言に、毒気を抜かれるシクロ。


「せやから――気に入らんなら、いつでもウチを殺してくれて構わん。その代わり、約束してくれるか?」

「約束?」

「そうや。ウチの代わりに――自分の意志も、願いも、なにもかもスキルに捻じ曲げられてしまう世の中を、ぶち壊してほしい。人が抱く夢を、そのままバカ正直に目指せる世の中を作って欲しい」


 カリムは、大真面目にシクロへと語ってみせる。


「そんな約束が出来るんやったら――いつでもウチは、シクロはんに殺されても構わへんで」


 自分の命すら厭わない、といったカリムの態度に、シクロはとうとう観念する。


「……ちっ」


 舌打ちしながら、ミストルテインを消し、カリムの背中から離れる。


「そんな面倒な約束、押し付けられたら厄介だからな。今は見逃してやるよ」


 そんな不貞腐れたようなシクロの言い分を聞いて、カリムは微笑む。


「そうか。そんならええわ」


 こうして――カリムの意思も確認したシクロは、改めてカリムをパーティメンバーとして認めることになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カリムがシクロに説教できる立場にあると思えないんだよな。 シクロからすれば、 ・警官とかいう絶対正義のはずの奴らがクソなことしてた ・信じていた人たちに蔑まれた ・妹の言いふらしもあって散々…
[一言] カリムゥ...もっと言ってやれよ...
[一言] なんかあれだな、 ものすごい毒親がいて本人は関わらないように理由を言ってるのに何故か配偶者がお花畑で「肉親なんだから話せばわかる」とかなって破綻するあれだな。
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