01 後悔
「……うぅっ……えぐっ……」
シクロに拒絶されてしまったアリスは、泣きじゃくりながら俯く。
「……行くぞ」
言って、シクロはその場を立ち去ろうとする。
「――待って、お兄ちゃんっ!!」
そんなシクロに、慌ててアリスは縋りつこうとする。
だが――これを防ぐような位置に、ミストが立ちふさがる。
「すみませんっ、待って下さい……っ!」
ミストはアリスから、シクロを守るような位置に立つ。
「今は……どうか、ご主人さまをそっとしておいて下さい。……ご主人さまには、時間が必要なんです。だからどうか――」
「ミスト……」
自分をかばうようにして、頭を下げてまでアリスから守ろうとしてくれるミストを見て、シクロは複雑な感情に見舞われた。
ミストが自分を第一に考えてくれたことは嬉しいが、一方でミストにこのようなことをさせてしまう自分が情けなくも思えた。
だから、シクロは気を取り直し、前に出る。ミストを抱き寄せるようにして自分の方に近づけ、入れ替わるようにアリスの前へ出た。
「お、お兄ちゃん……?」
「悪いがアリス。今は近寄らないでくれ。ボクは……冷静でいられる自信が無い」
「そんな……っ! でも、私っ!」
「じゃあな」
アリスはそれでも縋り付こうとした。
けれど相手にせず背中を向けたシクロを見て、崩れ落ちる。
「どうして……? どうしてこんなことになっちゃったの……?」
一人で、答えの無い自問自答を繰り返すばかりとなった。
そんなアリスに背を向け――この場から立ち去るシクロ。
そしてそんなシクロに追従し、ミストとカリムも続いていく。
「……シクロはん。どないするんや?」
カリムの質問に、シクロは少し誤魔化すように答える。
「どうもしない。予定通り、近場でパーティの連携を確かめる」
「……そうか。そんならはよ行こか」
気まずそうにしながらも、カリムは不用意に踏み込んで、シクロに事情を聞こうとはしなかった。
そんな気遣いを理解してか知らずか、シクロは調子を変えてカリムに向けて言う。
「言っておくが、お前の働きが期待以下なら即解雇だからな? 覚悟しておけよ」
「そこはお手柔らかに頼むわ~」
無理をした様子で言葉を交わすシクロ。
そんな様子に、ミストは心を痛めていた。
(ご主人さま……私に出来ることがあれば、なんでもやりますから――どうか、早まった判断はしないで下さいね。私が、貴方を支えますから)
そんな小さな覚悟を胸に、ミストは足を早め、シクロのすぐ隣に寄り添うようにして歩くのであった。
そうして――ノースフォリアの防壁から離れ、近場で最も難易度が低いと言われている狩場に移動した三人。
「さて。ここからはウチが色々教えたる番やなっ!」
カリムが一歩前に出て、張り切った様子で言う。
「まずは、観察することや。辺りの様子から、得られる情報を得られるだけ集める。その上で行動を決める。冒険者の基本や。まだ見晴らしのええ、ここみたいな草原ならともかく、森やら洞窟やらでは観察の結果が先の展開を左右する。まずはこういう安全な場所で経験を積んでもらおか!」
カリムの言葉に、シクロは疑問を返す。
「ボクは感知系のスキルがあるんだが、それでもか?」
「当たり前やろ。そらあるに越したことは無いやろうけど、スキルじゃあ得られへん情報もあるんや。例えば――」
カリムは言って、近くに群生していた植物を指差す。
「草食の動物や魔物が好むような草が十分生えとる。っちゅうことは、この辺りの生き物は飢えてへん。標準よりも気性が荒い可能性は低い、とかな」
「……なるほどな」
シクロは納得し、頷く。今回とは逆に、気性が荒く攻撃的な魔物と遭遇する可能性を予見できる可能性もあるのなら、周辺観察は有意義だ、と納得したのだ。
「――ほんなら、ミストちゃん。他に何か気づいたことはあるか?」
「ええっと……特には……普通の草原に見えます」
「せやな。それも立派な情報や」
カリムは頷きつつ言ってから、詳しく語る。
「特におかしなとこのない草原。獣道らしい獣道も見当たらへん。ちゅうことは、身体のでかい動物や魔物すらこの辺にはおらへんっちゅうことや。……まあ、せやから初心者向けの狩場なんやけどな」
言いながら、カリムは小石を拾う。そして――草場の陰に向かって投擲。
「――キュッ!!」
すると、石がぶつかった何らかの生き物の鳴き声が上がる。
「えっ?」
「大きい生き物はおらんでも、こういう小動物はおるっちゅうことは見落としたらあかんで」
言って、カリムは鳴き声のした場所へと近づいてゆき――気絶した動物を持ち上げる。
それはごくごく普通の、単なる野ウサギであった。
「ウサギさんですか?」
「せや。野営するなら貴重なタンパク源にもなる。場所によっちゃあ、大きな魔物のベイト……釣り餌にもなる。生息しとる場所を見抜けて損は無いで」
それにな、と言ってカリムは続ける。
「ウサギの他にも、ヘビやらネズミやらがおる場合もある。小さいからっちゅうて油断しとったら、毒やら病気やら貰ってシャレにならんこともあるからな。油断は禁物やで?」
「は、はいっ! 分かりましたっ!」
カリムの助言に、ミストは意気込んだ様子で頷く。
「――それなら、アレもお前は『気付いて』るんだろうな?」
そんな二人を横目で見ながら、シクロはスキルを発動する。
「『時計生成』――ミストルテインッ!」
すると、途端にシクロの手元にオリハルコン合金製の魔法式拳銃――ミストルテインが生成される。
これを握ると、シクロは即座に発砲。
――パァンッ!!
銃声を聞き慣れないカリムとミストは音に驚き、シクロの方を見る。
そしてシクロは銃口の向いた先――標的の居た場所を見ていた。
そこは、シクロ達からは二十メートルは離れた場所であり、小動物なら隠れられそうな岩があった。
そしてミストルテインの弾丸が貫いたのは、岩陰から忍び寄るように這い寄って来ていたヘビであった。
「これが毒ヘビかどうかまでは知らないが、少なくともこっちに気付いた上で寄ってくる程度には好戦的な性格だったみたいだぞ?」
「……ぐぬぬ。まさかこんなにあっさりデカイ顔されるとはっ!」
シクロは『時計感知』のスキルで把握していたヘビの動きを指摘して偉ぶってみせ、カリムはこれに悔しがる。
「けどシクロはんっ! 今はスキル使うのは禁止や! 基本を学ぶためにここ来とんねん!」
「……ちっ。分かったよ」
シクロは仕方なく、ミストルテインを消して片付ける。
「ちゅうわけで。今から少しの間、二人にはスキル無しでの索敵力、観察力を養う為の訓練をしてもらうで」
「はいっ! 分かりました!」
「……分かったよ」
ミストは意気揚々と、シクロは渋々とカリムの言葉に従う。
「そんじゃあウチはここで見張っとくから、二人で動物を見つけて、それを仕留めてくるんや。ほら、始めっ!!」
こうしてカリムの指示の下、シクロとミストの冒険者としての訓練が開始する。