21 再会
――翌日。
魔道具の設計に凝りすぎ、結局少しばかり寝不足になり、朝が遅くなったシクロ。
カリムとの約束の時間ギリギリに集合し、冒険者ギルドへと向かう。
「にしてもシクロはん、寝れへんかったとか。遠足が楽しみな子どもみたいやなぁ」
「うるせえ。寝不足は用事があったからだ」
とは言い返したものの。実際、魔道具の設計が楽しすぎて寝不足になった為、子どもみたいという評価自体は事実である。
故にシクロは、バツが悪そうに反論するしかなかった。
そうして――三人が揃い、ギルドへと向かう。
受付に向かい、三人でパーティを組むことを申請。
「パーティ名は、どうなさいますか?」
「パーティ名か」
受付嬢に問われシクロは考える。
「二人は、何かいいのはあるか?」
「ウチは『ラブラブずっきゅん♪ 二人の愛の巣』がええな」
「ふざけんな。却下。ミストは?」
シクロが問うと、ミストは考え込むような仕草を見せる。
「……『運命の輪』、というのはどうでしょうか。ご主人さまを中心に、運命みたいな出会いから生まれたパーティなので……」
不安げに理由を説明するミスト。
そんなミストの頭を撫でて、シクロは微笑む。
「大丈夫だ、ミスト。いい名前だよ。それでいこう」
こうして、シクロがリーダーとなる冒険者パーティ『運命の輪』が結成された。
パーティとしての登録も終え、三人は冒険者ギルドを後にする。
「今日はどないするんや、リーダーのシクロはん?」
「そうだな。まずは互いの動きの確認、ミストのレベリングに戦闘経験を積むことからやっていきたい。ディープホールじゃなくて、ノースフォリア周辺の弱い魔物や野生動物を相手にしていこう」
「せやな。それが良さそうや」
「私、がんばりますっ!!」
今後のことを話し合いながら、三人は大通りを歩いていく。
「そんなら、今日はどうせ難しいことにはならんやろうし、楽に終わるやろ? せやから、パーティ結成記念にどっかでパーッと行こうや!」
「……普通の飯なら付き合うが、それ以上は無しだ」
「ん? なんやシクロはん、それ以上って――まさか、さっそくウチの身体をっ!?」
「違うわっ!!」
「ごっ、ご主人さまはそんな不純なことにはお付き合いしませんっ!!」
――などと、カリムの際どい冗談に、シクロとミストは言い返す、といったやり取りが続き、会話が弾む。
そうして、ノースフォリアの防壁を抜ける門まで近づいてきた時だった。
シクロが、予想だにしていなかった出会いが起こる。
「――お兄、ちゃん?」
そんな声が、シクロの耳に届く。
「お兄ちゃんっ!!」
二度目は、はっきりと、大きな声で。
さすがに無視も出来ずに、シクロは声の方を振り返る。
聞き覚えのある――今となっては、二度と聞きたくないと思っていた声の主の方へ。
「……ちっ」
舌打ちしながら――シクロは、その人物――見覚えのある姿より、少しだけ背の高くなった少女に向き直った。
「お兄ちゃぁぁぁああんっ!!」
少女は――シクロの妹であり、錬金術師の上位職業スキル『賢者』の持ち主、アリス=オーウェンに他ならなかった。
アリスは涙を流しながら、シクロに駆け寄ってくる。
だが――シクロは、それに対して牽制するように武器を向ける。
「近づくなッ!!」
瞬時に時計生成を発動。オリハルコンの剣を手に取り、切っ先をアリスの方へと向ける。
「――えっ? あれ? お兄ちゃん、だよね? なんでっ?」
混乱した様子で慌て始めるアリス。
そんなアリスに、シクロは冷たい視線を向け、剣の切っ先は下げずに威嚇を続ける。
「……なんでお前がここにいるんだ、アリス」
シクロが問うと、アリスは慌てて説明を始める。
「えっと、それは、その……私っ! お兄ちゃんが冤罪でここに送られたって聞いてっ! それで心配に……なってないんだけどっ! でもお兄ちゃんだから、私が助けてあげなきゃって思ってっ! それで追いかけてきたんだけど、お兄ちゃんは死んだってギルドで聞かされて――」
説明をしながら、アリスは次第に声を震わせ、涙をボロボロと零す。
「それなら、せめてお兄ちゃんが帰ってくるかもしれないからって、この街で、ずっと帰りを……待ってて……っ!!」
そこまで言うと、アリスは顔を隠すようにして嗚咽を漏らす。
「……生きてて……良かったよぉ……っ!!」
その言葉には、心の底から心配していた、というのが誰にも伝わるほどの感情がこもっていた。
当然――事情をそこまで詳しくは知らないミストや、カリム、そして騒ぎに足を止めた通行人、野次馬たちでさえも理解できた。
だが。
「――ご主人さま?」
ふとミストは、シクロの表情を見て、疑問を抱いた。
(久しぶりの、ご家族との再会なのに……どうして、ご主人さまはこんなにも、苦しそうにしているんですか?)
ミストには、シクロの表情が、何か苦くて堪らないものを吐き出したいのに吐き出せない、そんな風に見えた。
そして――シクロの口からは、誰も想像していない言葉が出てくる。
「悪かったなッ! 無能でクズのお兄ちゃんのくせして、そのまま死んでやれなくてよォッ!!」
シクロの――恨みの籠もった怒鳴り声に、ミストが、カリムが、そして誰よりもアリスが驚く。
「……えっ? お兄ちゃん、どういう――」
「お前が散々冒険者にボクのことを『無能』だの『クズ』だのと宣伝してくれたお陰で、せっかく死にかけたんだ。そのまま死んでくれた方がお前も嬉しかっただろ?」
「何言ってるのお兄ちゃん、私、そんなこと……」
「しらばっくれるなッ!!」
シクロの怒鳴り声に、アリスは肩をビクリと跳ね上げ、怯える。
「お、お兄……ちゃん?」
「お前の兄は無能でクズなシクロ=オーウェンだろ。そんなヤツは、もうこの世のどこにも居ない」
言って――シクロは、決定的な言葉を告げる。
「二度と――ボクの前に姿を見せるな。お前の姿を見ているだけで、吐き気がする」
それは、あまりにも痛烈で――本心から出たからこその、深い憎しみの色に染まった言葉だった。
だからこそ、アリスにシクロの本気を理解させるには十分すぎた。
「――どう、して」
アリスは、涙を零す。
「……うぅ、えぐっ……うわぁぁああんッ!!」
そしてそのまま崩れ落ちて――アリスは、号泣した。
(ご主人さま……)
そんな二人の様子を見て、ミストは思う。
(どうしてこうなったのか、私には分からないけれど――でも、ご主人さまがどんな選択をしたとしても、私が、絶対に味方であり続けますから)
その祈るような思いは、届くのかどうか。
(だから――どうか、怒りや憎しみ、負の感情だけで全てを決めてしまわないで下さい。……そうすることを私に教えてくれた、貴方だからこそ)
こればかりは――神でさえ、預かり知らぬことであった。
このお話で、第四章は終わりとなります!
次回からは第五章が始まります!
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