20 冒険に向けて
カリムとの協議を終え――シクロはこの日、結局冒険者としての活動は後日に置いておくこととなった。
というのも、元々はカリム無しで計画を立てていた為だ。
シクロが前衛を務めるつもりであった為、後衛として動く為の準備が整っていない。
そこで、この日一日はシクロが自分の準備に時間を使うことになった。
そうした理由から――シクロはここ数日お世話になりっぱなしの、領主の屋敷へと帰還し、部屋で作業に没頭していた。
「――ご主人さま」
シクロが気づくと、いつの間にか部屋に入っていたミストがお茶を準備していた。
「そろそろ休憩されてはどうですか?」
「ああ、そうだな。ありがとうミスト」
言って、シクロは作業の手を止める。
「――ご主人さまが書いているのは、何かの設計図ですか?」
ミストは、シクロが作業していた机に視線を向けて――そこにあった紙、と、紙の上に描かれた無数の線を見てそう尋ねる。
「ああ。――これでも、子どもの頃は天才少年技師と呼ばれたぐらいだからな。『時計使い』になってからも、趣味で魔道具の設計とか、他の職人たちの仕事の手伝いとかはしてた。だから、今でもある程度の魔道具ぐらいだったら自分で作れる」
言って、シクロは自分の描いた魔道具の設計図に視線を向けて微笑む。
「――久しぶりに没頭できて、楽しかったよ」
その笑顔は、心底楽しむ少年らしい笑みだった。
ミストは、そんな自分のしらないシクロの一面を知って、嬉しくなる。
「ご主人さまは、魔道具作りがお好きなのですね」
「ああ。ただの歯車や、簡単な魔石を使った魔法の組み合わせで、それこそ大魔法使いでも難しいことを簡単にやってのける。そんな不思議でいっぱいの魔道具が、ボクはずっと好きだった」
シクロは、懐かしむような声色で語る。
「――時計技師になってからも、それは変わらなかったな。時計作りももちろん好きだったけど、あくまでも魔道具技師としての延長というか……とにかく、そういうからくり的なものであれば何でも良かった。そういう意味じゃあ、ボクは幸せだったな。職業スキルが、そこまで自分の好みから外れたものでもなかったから」
そこまで語ると、シクロは気づいたようにミストの頭に手を伸ばし、撫でる。
「悪いな、つまんない昔話に話が逸れた」
「いえ、そんなことは――」
ミストは否定しようとしたが、それより先にシクロが話を続ける。
「この設計図は、簡単に言えば武器だ」
言って、シクロは手を差し出し――人指し指と親指だけを立てるような形にして、ミストの方へと向ける。
「ミストは『銃』っていう魔道具は知ってるか?」
「じゅう、ですか? いえ……」
「簡単に言うと、爆発の勢いを使って鉄の塊を飛ばす武器だよ。素人でも簡単な魔法と同じぐらいの威力が出せて、高速で飛ぶからある程度身体能力の高いヤツじゃないと回避も難しい。――ただ、魔物や強い人間相手にはほとんど無力だから、だいぶ昔に廃れた武器だ。戦争で戦う兵士が、みんな優れた戦闘向けのスキル持ちになってからは特にな」
シクロの説明に、ミストは首を傾げる。
「そんな魔道具を――ご主人さまは、作っているのですか?」
「ああ。とっくの昔に廃れた武器だけど……今の技術で、採算度外視で、しかもボクが作るなら話は変わるんだ」
言って、シクロは手を広げて、目を瞑って集中する。
「――『時計生成』ッ!」
そして、自らのスキルを――慣れ親しんだ、使い慣れたスキルを発動する。
すると――見る見るうちに、シクロの掌の上に魔道具のパーツが『生成』されていく。そしてパーツは生成と同時に組み上がり――数秒もすれば、一つの魔道具として完成していた。
「これが、ボクの設計した『魔道具』。対魔物用の採算度外視な『銃』。名前は……そうだな。『ミストルテイン』なんていいんじゃないか?」
言いながらシクロがミストに視線を向けると――ミストは驚きのあまり、唖然としていた。
「……ご主人さま、これは?」
「ん? ボクのスキルだよ。時計生成って言って、昔は時計の部品ぐらいしか作れなかったけどな。今はかなり成長したお陰で、時計でなくてもどうにかなるみたいなんだ」
言って、シクロはコツン、と生成した銃、ミストルテインを軽く叩く。
「それに、素材もオリハルコンをベースにした合金製。弾丸の発射機構も色々と、その場でアドリブで弄れる。実弾だけじゃなくて、光の玉とかも発射可能だ。威力も上級の魔法並みに高いはずだし、弾速も既存の銃の比じゃないぐらい速い。これなら、十分にディープホールの魔物とも戦えるはずだ」
シクロの説明に、ミストは驚きながらも、だんだん呆れてくる。
「……そうではなくてですね? ご主人さまは、何もない場所から魔道具を生み出す能力がある、ということですか?」
「ん? ああ、そうだな」
「それも、こんなに複雑そうな魔道具を一瞬で?」
「まあな。ただ、その為にはしっかりと設計がココに入ってなきゃいけないんだけどな」
言って、シクロは自分の頭を指差す。
「ご主人さま――凄すぎますっ!」
「うおっ!?」
ミストが興奮した様子で、シクロの手を握りしめる。
そんなミストの勢いに驚くシクロ。
「どうした、ミスト?」
「ご主人さまは、ご自分の凄さに自覚が無さすぎですっ!! こんな、神にも等しい力をお持ちだなんて――私、いま、とても驚いているんですからっ!」
「お、おう。そうか」
ミストの言葉に、シクロは戸惑う。
「でも、そんなにすごいか?」
「すごいですっ! 最強ですっ! ご主人さまは、もっとご自分の力を自覚してくださいっ! こんなにあっさり、何でもないことみたいな風に披露しないでくださいっ! 特に、知らない人には絶対に見せないで下さいね!!」
「わ、わかった……」
シクロは正直、実感こそ湧いていないものの、ミストがここまで言うのなら、と納得することにした。
「――まあ、この力を使うとしたらダンジョンの中。それもディープホールの深層だ。他人に見られる心配は無いはずだよ」
「そうですか。それなら安心です」
こうして、ミストも無事落ち着いた。
「……さて。そんじゃあ、もうひと頑張りするかな。休憩もして、アイディアも湧いてきたし。もう少し、設計の方を弄っとくよ」
「はい。ご主人さまのお好きなように。でも……夜ふかしはほどほどにしてくださいね?」
「ああ。ありがとう、ミスト」
「はい。おやすみなさいませ、ご主人さま」
そうやって二人は言葉を交わし、ミストは部屋から退室する。
こうして――シクロの魔道具をひたすら設計する夜は更けていく。