19 パーティ結成
シクロがカリムと出会った翌日。
約束どおり、シクロはカリムとパーティを組む件について話し合う為、ギルドに顔を出していた。
「――おっ! シクロはん! 待っとったで!」
ギルドには案の定、カリムが待ち構えていた。
「……昨日は外野もうるさかったしな。今日は落ち着いて話がしたい」
「せやったら、ギルドの空き部屋かどっか借りて、二人っきりで話しよか♪」
「だっ! だめです! 二人きりなんて許しませんっ!!」
カリムの誘うような発言に、ミストが割り込んでシクロの代わりに拒否する。
「話をするなら、三人で、だ。ミストはボクのパーティメンバーで確定しているからな。出席するのは当然の権利だ」
「そうか。ほんなら、それでええわ。んじゃ、どっかの部屋でも借りに行こか」
こうして――話し合いの為に、ギルド内の一室を借りることとなった。
受付に用件を告げると、ちょうど今の時間は使っていない部屋があるということで、そこを借りることになる。
部屋に入り、三人それぞれが席に付く。
ようやく話し合いの準備が調ったところで、シクロが口を開く。
「――まず先に言っておくぞ。ボクは他人を信用しない。だから、お前とパーティを組むとしたらこっちに相応の利益がある時だけだ。それをお前が提示出来ない場合は、問答無用でこの話は無かったことにする」
「ええで。ウチもそのつもりで、あれこれ考えて来とるからな」
シクロの拒絶するような言葉にも臆さず、カリムは不敵な笑みを浮かべて言う。
「ほんなら、ちゃっちゃと話を進めよか。――ウチがパーティに入ってシクロはんが得する点は、三つあるで」
指を三本立てて見せながら、カリムは語る。
「まず一つ。ウチの冒険者としての経験や。シクロはん、それにミストちゃんも、見たところ冒険者としての活動経験はほとんど無い。ちがうか?」
カリムに問われ、シクロは頷く。
「そうだな。ミストは完全な素人だし、ボクは荷物持ちとして同行した経験しかない」
「そんなとこやろうなと思っとったわ」
推測が当たって嬉しいのか、カリムはにっこりと笑う。
「んで、そういう素人には敵地での安全な夜の過ごし方やら、食料の確保のやり方、自分の歩いてきた痕跡の消し方――冒険者なら持っとく『技術』を、ウチがおれば一通り教えてやれるっちゅうことや」
カリムの言う通り、シクロにはそういった技術は皆無である。
その上でカリムの提案通りに行くとなれば、確かに利益があるのは間違いない事実だった。
「――だが、それだけじゃあボクはお前を認めるつもりはないぞ」
「せやろな。やから、2つ目や」
シクロの厳しい裁定にもめげず、カリムは次の利点について説明する。
「そもそも、シクロはんのパーティは二人きりや。そんな状態で、ミストちゃんのレベリングもするってなると面倒やろ? 常にミストちゃんをシクロはんがつきっきりで守ってやらなあかん。それはあんまり、バランスの良いパーティとは言えへんやろ?」
「まあ、確かにな」
カリムの指摘は尤もなものだった。
シクロの『時計使い』としてのスキルは、前衛よりもどちらかと言えば後衛を務める方が力を発揮しやすい。
そしてミストの『邪教徒』もまた、後衛が適切な位置となる。
パーティとしてのバランスが悪いのは事実であった。
「そこで、ウチがパーティに入れば万事オッケーっちゅうわけや。ウチが前衛を務めて、シクロはんがミストちゃんと一緒に後衛でミストちゃんを守る。そうすれば、安全にバランス良く戦闘が出来るやろ?」
「そうだな。ボクも本来なら後衛で戦う方が得意だしな」
「……えっ?」
驚く声を漏らしたのはミスト。
「ご主人さまって、剣士じゃなかったんですか?」
決闘で剣を握っていたのもあって、ミストはシクロのことを剣士だと思いこんでいたのだ。
「いや、違うぞ? 一人で戦うってなると、安全に後ろから攻撃ってわけにはいかないからな。仕方なく剣を持ってたってだけだ」
「そんなことやろうと思ったわ。決闘の時も、ズブの素人丸出しの動きやったからな。身体能力からして桁違いやったからライトハルトもボコせたみたいやけど」
カリムもシクロの練度を理解していた為、特に驚くこと無く同意する。
「だからこそ、お前がパーティに入れば安定するってわけか」
「せや。ウチは剣士系の職業スキル持ちやからな。盾役は無理やけど、それでも敵の足止めぐらいは出来るはずや」
「……盾なら、ボクのスキルで補助出来るから不要だ」
シクロは、カリムに説明を返しながら考える。
実際にカリムが宣言通り、前衛で戦える剣士系の職業スキル持ちであれば、シクロが『時計生成』で防御面を補助すれば、一人で前衛をこなすことも不可能ではない。
そう考えると、少なくとも実力者であることが判明しているカリムがパーティに入るのは、最適な戦力強化と言えなくもなかった。
「確かに、お前がパーティに入れば戦力強化って意味では一番良さそうだ。――それで、3つ目の利点は?」
現時点で、シクロはカリムをパーティに入れることも悪くは無い、とは考えていた。
だが、決定打が足りない。
3つ目の利点次第、といったところであった。
「3つ目はパーティというよりも、ミストちゃんの為って感じやな」
「へえ?」
そこを突いてくるとは、と感心するシクロ。
今のシクロにとって、ミストは唯一裏切りの心配の無い信頼出来る仲間である。
故に、自分自身以上にミストを大事に思っている部分がある。
シクロもそれは自覚しており、だからこそミストという弱点を狙ってきたカリムの着眼点に感心したのだ。
ただし、これで提案が悪いものであれば、印象は一気に逆転するのだが。
「ミストちゃんの職業スキルは『邪教徒』やって、受付にバラされてもうたやろ? そういう異端っぽい職業スキルの噂はすぐ出回る。――この国の国教、『スキル選定教』のお陰で、国民はみんな異端に厳しいからな」
カリムの言葉に、シクロは眉を顰める。
「……それが何の関係があるんだ」
「つまり、ミストちゃんはそこら中で悪意に晒されるんや。シクロはんはミストちゃんを守ったるつもりやろうけど、ミストちゃんは女の子やで? いつでもどこでも一緒、ってわけにはいかんやろ?」
「ぐっ、まあ確かに」
指摘され、ついミストの身体を洗うために一緒に風呂へ入った時のことを思い出してしまうシクロ。
(確かに、あの時のように入浴時まで付き添うわけにはいかないな)
そう考え、カリムの発言に納得するシクロ。
「せやから、ウチが護衛としてミストちゃんと一緒に行動したるんや。これでもSランク冒険者やで? 護衛としてはこの上ないやろ?」
「……確かにな」
但し、それはカリムが言う通り、間違いなく護衛として信頼出来る場合に限る。
「けどな――お前が本当に信頼出来る護衛なのかは分からないだろ?」
シクロはカリムを睨みつける。
すると、カリムは今までのどこか軽い調子から一変して、真剣な表情を浮かべる。
「頼むわ。ウチも、守りたいんや。職業スキルだけを理由に差別されるなんて、あっちゃならんことやから。――この通り」
カリムは深々と頭を下げる。
「……ご主人さま」
その様子を見て、ミストが口を開く。
「あの、私は……その。カリムさんを、信用してもいいと思います」
「ミスト?」
「私は、邪教徒です。だからこそ――そんな私に、優しくしてくれる人を、私は信じたいです」
その言葉に、シクロは目を見開く。
「いいのか?」
「はい。それに――こういう気持ちを私に教えてくれたのも、こんな風に考えられるようになったのも。全て、ご主人さまのお陰ですから。――私は、ご主人さまから貰ったものを大切にしたいんです」
自分のことを引き合いに出されてしまい、シクロは照れる。
「そ、そうか。……ミストがそこまで言うなら」
言って、シクロは緩んだ表情を引き締めてカリムに向き直る。
「カリム。ボクはお前を信用はしていない。けど――ミストが信じると言った。だから、ひとまずお前をパーティメンバーとして認めてやる」
「ほんまか!?」
「ああ。ただし裏切るようなことがあれば――ボクはお前を、何があっても許さない」
「分かった。ウチもシクロはんを裏切るつもりは無いからな。それでええ」
言って、カリムは右手を差し出す。
それが握手の要求だと気づき、シクロも右手を差し出して握り返す。
「宜しく頼むぞ、カリム」
「ああ、任せとき! ――っと、そういやもう一つ利点があるの忘れとったわ」
思い出したようにカリムは言って、シクロの耳元に口を寄せて囁く。
「――ウチの身体で、シクロはんだけが好きなだけ種付けしてくれてええねんで♪ 我慢できんようなったら、いつでもウチのこと抱いてや♪」
「――なっ! おまっ!!」
突然の痴女同然の発言に、シクロは身を仰け反らせる。
「あははっ! ウブやなぁ、シクロはんっ!」
「……てめぇ。からかいやがったな!」
「えっ、カリムさんっ!? ご主人さまに何を言ったのですか!?」
「秘密や、二人だけのヒ・ミ・ツ♪」
こうして――最後は締まらない流れになりながらも、シクロとミスト、そしてカリムの三人によるパーティが無事結成されることとなったのであった。