07 婚約破棄
それは――シクロが『時計使い』となってから約一ヶ月後のことであった。
「――そんなっ!? 婚約破棄って、どういうことですか!?」
シクロが驚きの声を上げる。
目の前にいる男は、マリアの父親。グロウ=フローレンスだ。
「……それは君自身がよく分かっているんじゃないかね? 『時計使い』のシクロ君」
「っ! ……つまり、ボクとマリアの婚約に価値が無くなった、ということですか」
悔しげに呟くシクロ。グロウは頷きこそしないが、その目が正解だと物語っていた。
「元より、君の魔道具職人としての才能を見込んでの婚約だったのだ。それが一介の時計技師程度に過ぎなかったとなれば、婚約破棄も当然の話だろう?」
「……ですが、ボクとマリアはお互いに!」
「気持ちの問題など、些細なことだよシクロ君。だからこそ、君たちは婚約を『させられていた』んだからね」
グロウは一切聞く耳を持たなかった。シクロは受け入れるしか無いのか、と項垂れる。
そんなシクロに、グロウの後ろから様子を伺っていたマリアが声をかける。
「……シクロくん。ごめんなさい」
「マリア……」
「教会からも、色々言われてるんです。聖女のイメージにそぐわない、とか。……それに、シクロの為でもあるんです」
「ボクの、ため?」
シクロにはさっぱり分からなかった。が、続けてマリアの話を聞いて納得する。
「教会からは……シクロくんが、何か『不幸』な目にあうかもしれないって、いわれてて……」
「……そういう、ことか」
つまり――教会も、シクロとマリアの婚約を破棄させる為なら手段を選ばないつもりなのだ。
そんな状況下で婚約を続けるなんて、無謀もいいところであった。
「……わかったよ。マリア、君との婚約破棄を受け入れる」
「シクロくん……」
「――でも、ボクは諦めたわけじゃないよ」
言って、シクロは強い意思の宿る目でマリアを見つめ、そしてグロウと向き直る。
「ボクは、必ず立派な時計技師になってみせます。世界一の、どんな人にも尊敬されるような、そんな素晴らしい職人になります。その時に――改めて、マリアを迎えに行きます。それを禁止する、なんてことは出来ませんよね? グロウさん?」
「……ふん。出来るというのなら、やってみるがいい。不可能だとは思うがね」
グロウは、シクロの言葉を所詮は戯言だとして相手にしなかった。
けれど、マリアはシクロの言葉に感動していた。
「シクロくん……分かりました。私、待ってます。どんなことがあっても――いつかシクロくんが、迎えに来てくれるって信じて」
「マリア――ありがとう」
こうして、二人は約束を交わして――婚約を破棄することになるのであった。