17 勝負の後で
シクロはギルドから離れた場所で、抱えたミストを下ろす。
「――ふう。ここまで来れば、もう大丈夫だろ」
「あ、あの、ご主人さま」
ミストは顔を真っ赤にしながら、シクロに何か言おうとする。
が、それよりも先にシクロが声を掛ける。
「悪かったな、ミスト。あの調子じゃあ、依頼を探すのにも一苦労しそうだったからな。ミストの冒険者デビューは明日になりそうだ」
「あっ、えっと。それは全然平気ですっ!」
ぐっ、とガッツポーズを見せて、平気さをアピールするミスト。
「それよりも、その。ご主人さまっ!」
「ん?」
「ああいうことをする時は……せめて、先に教えてほしかった、です。その、顔も近くて、とても恥ずかしかったので」
照れながらも、ミストは言いたいことを言う。
すると、シクロもミストを抱き上げていた時のことを思い返し、少し顔が赤くなる。
「あー、うん。そうだな。悪かった」
「いえっ! その、悪いとかでは無く……ドキドキしてしまうので、心の準備が欲しかったといいますか」
「そ、そうか」
二人して、照れながら言葉を交わし合う。
が――そんな二人のイチャイチャしている所へ、邪魔するように声がかかる。
「――ちょっと、そこの仲良しなお二人さん、ウチとお話しせえへんか?」
訛りのある声で呼びかけられ、シクロとミストはすぐに声のした方へと顔を向ける。
そこには――冒険者らしい装備に身を包んだ、褐色肌の女性が立っていた。
「……何の用だ?」
「ああ、そんな警戒せんでええで。ウチはただ、あんさんの決闘を見て一目惚れしただけやからな」
女性の言葉に、シクロは警戒心を強める。
何しろ――常人では捉えられないような速さでギルドを抜け出したはずなのだ。
決闘を知っているということは、つまりそんな速さのシクロを演習場から追いかけ、追いついたということに他ならない。
もし害意のある相手であれば、十分すぎるほど危険な相手である。
「とりあえず、自己紹介といこか。ウチの名前はカリム=エレメンティウス。あんさんが倒した『瞬聖』とパーティを組んどった、いちおうSランク冒険者や」
「……ボクの事は知っているだろうけど。シクロ=オーウェンだ」
「そっちのお嬢ちゃんは?」
女性――カリムが尋ねると、ミストはビクリと身体を震わせて、怯えるようにしてシクロの背中に隠れる。
「ありゃりゃ。嫌われてもうたかな?」
「この子はミスト=カーマイン。ボクの奴隷で、パーティメンバーだ」
初対面の人間に怯えてしまって話すことの出来ないミストに代わり、シクロが紹介する。
「そっかそっか。そんじゃあ――本題に入ろうか」
「そうだな。……アンタは、どうしてボクたちを追ってきた? 目的によっては」
シクロは臨戦態勢を整えながら問う。
すると、カリムは慌てて弁明をする。
「ちょっ、待ちいや! ウチはあんさんらの敵やないって! そんな本気で来られたら勝負にもならんさかい、堪忍してくれや!」
シクロはカリムに言われ、少しだけ戦意を緩める。が、いつでも戦える状態だけは維持する。
「……それはボクが判断する。理由を話せ」
「分かった、分かったって。――ウチの用事はただ一つ。あんさんらのパーティに参加させて欲しいんや」
そうしてカリムの口から告げられた用件は、シクロも予想していなかったものだった。
「パーティに? 何でだ。お前はあのしゅんせーとかいうカスの仲間だろ」
「そうや。あのボケナスの仲間や。だから頼んどんねん」
カリムは、何故自分がパーティに入りたいのかを具体的に語りだす。
「実はな。ウチもあのライトハルトにはムカついとったんや。けんど、実力的にウチと一緒にやれる冒険者はアイツしかおらんかったからな。しゃーなしにパーティ組んどったんや。けども――そこのお嬢ちゃんへの態度で、もう心底愛想が尽きたんや」
ミストに視線を向けながら、カリムは言う。
「ウチもな、他人には言えへんねんけど、ちょっと特殊な職業スキル持っとんねん。せやから、職業スキルを理由に差別される人間の気持ちがちっとぐらいやったら分かる。……やからこそ、ライトハルトをシクロはん、アンタがぶっ飛ばしてくれて清々しとんねん」
警戒しながらも、シクロは語るカリムを観察する。
(嘘を言っているようには見えないが……)
考えながらも、シクロはカリムに言葉を返す。
「そうか。それは良かった。じゃあ話は終わりだ、帰ってくれ」
「ちょいちょい、ちょっと待ってや! 感謝伝えたくて話したんちゃうわい! せやから、ウチはシクロはんの考えと行動、強さに惚れ込んだんや! パーティを組むなら、シクロはんみたいな男がええってな!」
邪険に扱うシクロに、慌ててカリムは言葉を畳み掛ける。
「それにウチは、目的があって故郷から出てきてるんや! その目的の上でも、シクロはんとパーティ組むのは都合がええんや!」
「目的ぃ?」
「せやせや。アイルリースって知っとるか?」
「……ずっと遠方にある、砂漠の国だとは聞いたことがあるな」
「その通りや」
シクロの回答に、頷いて肯定するカリム。
「ウチはそのアイルリース出身でな。実家の風習みたいなもんがあって、こっち来て冒険者してんねん」
「その風習ってのは何だよ」
「知りたい? 知りたいか?」
シクロはイラッとしながら、カリムを睨み付けて話を続けるよう促す。
「そこまで知りたいなら教えたろか。ウチはな――強い男の種を求めて、子どもを孕むために冒険者やってんねん♪」
怪しい笑顔を浮かべながら、カリムは言う。
どこか艶めいた視線をシクロに向けるが、シクロはそれに反応しなかった。
「……それがどうかしたのか?」
鈍いので、何を言っているのかよく分かっていないだけだった。
ガクリ、と肩を落として、カリムはもっと直接的に言いなおす。
「あーもうっ! ニブチンやなシクロはんっ! せやから、ウチはシクロはんと子作りしたいからパーティに入りたいんやっ!!」
やけくそ気味に大声でカリムは言い放つ。
さすがに大声過ぎたのもあって、辺りの通行人も変な視線をシクロ達の方へと向け始める。
「なっ……!? ちょ、お前!」
「だめですっ! そんなの許しませんっ!」
シクロは恥ずかしがり、カリムに抗議しようとするが、それより先にミストがカリムの要求を勝手に拒絶する。
「ご主人さまは、私のご主人さまですっ! そんな愛の無い理由で、こっ、ここっ! 子どもが欲しいなんて、だめです、ダメダメですっ!!」
ミストの反応に、カリムはニヤリと笑う。
「そうかそうか、すまんかったな。まあとにかく、パーティを組みたいってのは本気の話やねん。どうや、シクロはん?」
カリムに問いかけられて、シクロはやけくそ気味に言う。
「――あー、もうっ! ごちゃごちゃとうるせえんだよ! とりあえず今日は帰るっ! パーティが組みたいなら、この話はまた明日にしてくれ!」
「そうか、それならしゃあないな。じゃあまた明日、パーティに入れてくれるのを期待しとくわ!」
そう言って、カリムはこの場を立ち去っていく。
そんなカリムの背中を見送りながら、シクロはボヤく。
「……ったく。変なヤツに目をつけられちまったな」
言って、子作り云々の話に顔を赤くしながらも、疲れた表情を浮かべて項垂れるシクロであった。