16 実力差
演習場にシクロが向かうと、槍を構えて準備万端のライトハルトが苛立った様子で出迎えた。
「遅いぞ、田舎者」
「悪い悪い。田舎者だから道がわかんねーんだ、許せよ」
シクロはライトハルトの悪態にも、あえて乗る形で嫌味を返す。
「……ふん。今に見ていろ。現実というものを教えてやる」
そして、口論ではシクロに対して効果が薄いと悟り、話を無理やり終わらせるライトハルト。
そんな二人を見て、両者が揃ったこともあり、グアンが決闘の開始の宣言をする。
「では――両者共、構えろ。決着は、どちらかの降参か戦闘不能で決まるものとする。見届人は私がやる。勝利した場合の要求は――」
「邪教徒の登録を認めない。無かったことにしてもらおう」
「じゃあボクは……そうだな。二度とミストに関わるな、近寄るな。それだけでいいぞ」
「――決まりだな」
こうして、決闘の準備が整う。
「では――始めッ!!」
グアンの掛け声と共に、決闘が開始する。
最初に動き出したのはライトハルト。構えた槍を突き出しながら。目にも留まらぬほどの速さで前へ飛び出る。
この俊足があるからこそ、ライトハルトには絶対の自信があった。例え同格のSランク冒険者であっても、初見でこの一撃を防ぐのは不可能。
そう、思い込んでいた。
だが――例え常人の目にも留まらぬ速さだったとしても。
ディープホールから脱出してきたシクロの、並外れた能力の前では赤子が歩くにも等しい。
「――ほっ」
余裕の表情で、シクロは槍の軌道から身体を逸らし、回避する。
「ッ!?」
ライトハルトは驚愕に目を見開く。
だが、これで終わりでは無い。
さらにシクロは――『時計生成』を使い、オリハルコンの剣を生み出す。
そして力任せに、身体能力の差だけでライトハルトすら上回る速度で、剣を振るう。
ガキィンッ!! と、甲高い音が上がると同時に。
なんと――ライトハルトの槍が、半ばから切り落とされていた。
「――は?」
わけが分からず、混乱するライトハルト。
だが、シクロはそんな様子を見たからと言って、手加減はしてくれない。
「……くたばれ、カス」
隙を突く、などと言った上等な技術でも何でもなく。
圧倒的な身体能力で、ライトハルトが反応するよりも先に姿勢を正してから、改めて足を振り上げ、前蹴りを繰り出した。
当然――ライトハルトの能力では、防御も到底間に合わない。
「グボァッ!?」
並外れた威力を持ったシクロの蹴りは、そのままライトハルトの身体を守る鎧すら打ち砕き、胴体にめり込む。
そして勢い良く、ライトハルトを吹き飛ばす。
二転、三転と地面を転がりながら吹き飛ぶライトハルト。
そして演習場の壁に衝突して、ようやく止まる。
当然――既にライトハルトの意識は残っておらず、戦闘は続行不可能。
あまりにも一瞬で付いてしまった決着に、最初こそ観戦していた野次馬たちは気づいていなかった。
「――勝負ありッ! 勝者、シクロ=オーウェン!!」
だが、すぐにグアンが勝利宣言を上げたこともあって、次第に理解する。
あのSランク冒険者――『瞬聖』の異名を持つライトハルトが、瞬殺されたのだと。
「うおおおおおおっ!!」
「すげえっ!!」
「なんだっ!? 何が起こったんだ!?」
「わけがわかんねえぐらい強えじゃねぇか!!」
沸き立つ冒険者達。
その様子を無感動にシクロは眺めていたが、ミストが駆け寄ってくるのを見て笑顔を零す。
「ミスト! 約束通り、勝ったぞ!」
「はいっ! さすがご主人さまですっ!」
駆け寄ってくるミストをシクロは抱き寄せ、頭を撫でる。
そんな二人の様子を尻目にしながら、グアンは周囲の冒険者達に向けて声を上げる。
「――お前達! 見てのとおり、彼、シクロ=オーウェンは強い! 故に、スキルを理由にパーティメンバーへちょっかいを出すような真似をするバカが、今後出ないことを私は祈っている!」
グアンの言葉を受けて、一部の冒険者は気まずそうな表情を浮かべた。
「そして――これもいい機会だから、この場で伝えておこう。この決闘の勝者である、シクロ=オーウェン。彼こそが――ディープホールの深層を探索し、帰還した史上初の冒険者であり、ギルドによってSSSランクに認定された偉大なる男だ!」
あまりにも荒唐無稽なことをグアンが発表するものだから、一度冒険者たちは静まり返る。
だが、グアンの言葉が冗談でも何でもないと分かると、先ほどまでよりもずっと大きな歓声が上がる。
「信じらんねぇ!!」
「SSSランクとか、伝説じゃなかったのかよ!?」
「どんだけ強えんだよ、あの白髪野郎は!?」
「ディープホールの深層なんて、到達したやつも居ないやべー所じゃねぇか!」
「すげえ! 最強の冒険者シクロの誕生の瞬間だ!!」
「よっ! 英雄シクロ! かっこいいぞ!!」
やがて歓声の中から、自然とシクロを英雄、最強などと呼んで称える声が増え始める。
それを見て、シクロは苦笑いを浮かべてグアンの方を見る。
「おっさん……この為に、しゅんせーとかいうヤツを焚き付けたな?」
「何のことだかな。だが、教会の息のかかった冒険者がデカい顔をしているのは、ギルドとしても困るのは事実だ」
「いい性格してるぜ、アンタ」
要するに、今回の騒動はグアンにとっても都合のいいものだったのだろう。
ライトハルトは聖騎士の身分を持つ、教会に所属する人間でもあった。
そんな男がノースフォリアでトップの冒険者を務めているというのは、ギルドマスターという立場からすれば厄介なことだったのだろう。
と――そこまでシクロは考えたところで、ミストを抱き上げる。
「ふえっ!? ご主人さまっ!?」
「さすがに煩くてかなわないからな。抜けさせてもらうぞ」
言って――シクロはミストを抱き上げたまま、素早く駆け出す。
野次馬となった冒険者たちの頭上を飛び越え、それこそ目にも留まらぬ速さで演習場を後にするのであった。