10 約束
ミストが元気になったのもあって、シクロは最初こそ街に出て、服や装備を買い揃えようと考えていた。
だが、まだミストの調子が本調子ではない様子であった為、この日は屋敷に泊めてもらい、明日から冒険者としての準備を進めることにした。
そこで――シクロは、この日のうちに出来ることだけでも先に済ませることにした。
それは、隷属契約した奴隷に対する『命令』である。
シクロは、自分を裏切らない奴隷が欲しかった。
だからミストを買ったのだから――命令をすることもまた、当然のことである。
「――さて、ミスト。大事な話がある」
シクロが話を切り出すと、ミストも真剣な表情で向き直る。
「ボクが君を買ったのは、冒険者として一緒にダンジョンを探索する仲間が必要だったからだ。ここまでは、理解しているな?」
「……はい」
頷き、自分の役割を理解していると示すミスト。
「その上で、ボクは君に一つだけ『命令』をするつもりだ」
「――それは、当然のことです。私は、奴隷ですから」
表情を曇らせるミスト。
これには、シクロも罪悪感のようなものを抱いてしまう。
だが――それでもシクロは、隷属契約の命令無しで仲間として信用する、ということに恐怖があった。
「……ボクからの、君への『命令』は」
そこまで言って、考える。
どう言えば、適切なのだろうか、と。
裏切るな、というのも少し違うように思えた。
見捨てるな、というのも違う。
(ボクは仲間に――隷属契約という絶対の繋がりに、何を求めているんだろう?)
シクロは改めて考えてから、言葉を選ぶ。
そうして出てきた言葉が、これだった。
「――何があっても、ボクを信じてくれ」
その言葉に、ミストは驚いたような表情を浮かべる。
(どうして――ご主人さまは、こんなにも泣きそうに見えるのでしょう?)
そう、不思議に思うミスト。見るからに、シクロは悲しげな表情をしていたのだ。
ただ信じてくれと、奴隷に命じるだけのこと。そんな何の変哲も無い行為にさえ傷ついている様子のシクロを見て――ミストは思う。
(きっと……ご主人さまにも、何か辛いことがあったんですね)
信じる、ただそれだけのことすら、苦しみを乗り越えなければ求められない程に。
きっとシクロの心は傷ついているのだろうと、ミストは悟った。
なぜなら、ミストもまた――シクロが薄汚れた自分を抱き締めてくれるまで、他人を信じるなんて考えられなかったのだから。
「……あの、ご主人さま。そんなことで、いいのですか?」
ミストの問いに、シクロは頷いてから答える。
「ああ。ボクはそれ以外に何も求めない」
言って、シクロはミストの首の文様に触る。
「じゃあ――『命令』するぞ」
「はい、どうぞ。ご主人さま」
「……『何があっても、ボクを信じてくれ』」
文様に魔力を流しながら、シクロは命令を下す。
すると、文様が光を放ち、命令を受け付ける。
これにより――ミストは、隷属契約によってシクロを信じない、疑うという行為を禁止されることになる。
「悪いな、ミスト」
「いいえ」
信頼を強制する行為に、シクロは罪悪感を覚えて謝罪する。
が、これにミストは首を横に振って返す。
「私は、ご主人さまを信頼しています。たとえこの隷属契約が無かったとしても――私は、ご主人さまを信じ続けると誓えますから」
言って、シクロの手を握るミスト。
「ありがとうございます、ご主人さま。私なんかを、買っていただいて。こんなに良くしていただいて。私は――たった一日で、溢れるほどの感謝の気持ちでいっぱいなんです。こんなにも幸せな気持ちにしてくれた貴方だから――私は、絶対の信頼を誓えるんです」
「――そ、そうか」
ミストの言葉に、シクロはつい照れてしまって頬を掻く。
「そ、それじゃあこれで『命令』の話は終わりだな!」
「はい、ご主人さま」
照れ隠しをするように話を区切ろうとするシクロに、ミストは優しく微笑んで頷くのだった。