21 開放
「――まず、どうして谷底に落ちて無事だったか、だ。これは本当に運が良かった。蜘蛛か何かの魔物の巣に引っかかって減速した直後に、水に落ちたんだ。お陰で落下のダメージは殆ど無かった」
「なるほど、それは確かに幸運だな」
ギルドマスターとシクロが話をしている一方で、受付嬢が会話の内容を書類に書き留めていく。
「その後はすぐ魔物に見つかったが、これも幸運なことにボク一人がギリギリ入れるぐらいの洞穴があったんだ。お陰で魔物に襲われずに済んだ」
「ほう。だが、それだけではディープホールから帰還することなど出来まい?」
ギルドマスターに言われ、頷くシクロ。
「ああ。そこからボクは洞穴からも出られずにしばらく閉じ込められて……死ぬかと思い始めた頃に、スキルの新しい使い方に気づいたんだ」
「スキルの使い方か」
「そうだ。ボクのスキルは『時計使い』。今までは機械式の時計にだけしか効果が無いと思っていたが……空腹で死にそうな時に試したんだよ。『腹時計』を止められないか、ってな」
シクロの発言に、ギルドマスターは目を見開く。
「そして、それが成功した、と?」
「ああ。それだけじゃない。他にも『時計使い』のスキルでは色々なことが出来た。詳細は――秘密だ。さすがにスキルの詳細まで明かせとは言わないよな?」
「そうだな。……で、君はそのスキルを駆使して、ディープホールを脱出した、と」
「そういうこと。魔物を殺して、てくてく上まで歩いて戻ってきたってわけだ」
「そうか……証拠になるようなものはあるかね?」
「あるよ」
ギルドマスターに言われ、用意していたと言わんばかりに――シクロは収納空間から『あるもの』を取り出す。
「こ、これはッ!?」
「俺が落ちたところに生息していた魔物だよ」
そう、シクロが取り出したのは例の人面の怪物。誰も見たことが無いような、異形の魔物であった。
「な、なるほど。このような魔物は見たことも、聞いたことも無い」
「他にも色々あるぜ。ほら!」
そう言って、シクロは次々と収納空間から魔物の死骸を取り出し、並べていく。
その数があまりにも多いため、ギルドマスターが慌て始める。
「も、もういい! 分かった! 証明は十分だ!!」
「あ、そう? んじゃあ、この魔物の素材、買い取ってくんない? ボクが持ってても仕方ないしな」
「素材の買取か? ……いや、分かった。鑑定する時間も必要だ。少し待ってくれるな?」
「いいぞ。やることも特に無いしな」
「すまないな。――急ぎ、この魔物の素材の鑑定を始めろ!」
ギルドマスターの鶴の一声により、ギルド職員が一斉に動き出す。
シクロが取り出した魔物の死骸を、次々とギルドの奥、魔物の解体場へと運び込んでいく。
「あ。それと魔物の死骸だけど、他にも沢山あるんだよね」
シクロはそう言って、スペースの空いた場所には次々と魔物の死骸を取り出していく。
「……どれだけ収納しているのかね?」
「あー、これで3分の1ぐらいは出したから安心してくれ」
「そうか……」
シクロの言葉にギルドマスター、そしてギルド職員の顔が真っ青になる。
「すまないが、ここではなく解体場に直接出してくれないか?」
「あーそれもそうか。分かったよ」
ギルドマスターの提案をシクロが受け入れたことにより、ギルド職員の仕事がいくらか軽減される。
ただ、素材の解体と鑑定の作業が残っている為、まだまだ楽になったとは言えなかった。
その後――シクロが全ての魔物の死骸を解体場に放り出してから、およそ1時間が経過した。
待ちくたびれたシクロが、椅子に座ってうつらうつらとし始めた頃。ようやくギルドマスターが姿を現す。
「シクロ君。素材の買取査定がひとまず終わった」
「――あ、もう終わったんだ?」
シクロは頭を振って意識を戻し、ギルドマスターの方へと向かう。
「ああ。とは言っても、暫定の査定だ。最低でもこれだけの価値はある、という金額でしか無い。正確な報酬は、また後日払うということで勘弁してくれ」
「あー、いいよ。それでいくらぐらいになったんだ?」
「……金貨に換算して1万枚。白金貨でも100枚だ」
「マジで!?」
その金額に、シクロもさすがに驚く。
貨幣の価値だが――銅貨10枚が銀貨1枚。銀貨100枚が金貨1枚。そして金貨100枚が白金貨1枚と同等の価値を持つ。
そして、一般的な労働者の年収は金貨100枚前後、つまり白金貨1枚程度になる。
つまりシクロは、一般的な労働者の生涯年収ほどの金額を一度で稼いだことになる。
さすがのシクロも、ここまでになるとは予想外であった。
「えーっと、本当にこんなに貰っていいのか?」
「当然だ。素材のほぼ全てがディープホールの深層の、未発見の魔物のものなのだからな。これぐらいの価値は間違いなくある」
「そうか、じゃあ遠慮なく――で、それなら一つお願いしたいことがあるんだけど」
「ふむ。言ってみたまえ」
シクロの要望に、ギルドマスターも可能な限り応えるつもりであった。
そして、シクロが口にした要求は、至極当然のものでもあった。
「ボクを――犯罪奴隷から解放してくれ。白金貨10枚で」
「……なるほど。賠償制度を利用するのか」
賠償制度とは、犯罪奴隷が自ら自由を手に入れる為の制度。
罪の重さに応じた金額を支払うことで、自分で自分を『買う』ことが出来るのだ。
こうすることで、犯罪奴隷は自分を解放することが可能になる。
そして、シクロの場合はその金額が白金貨10枚。連続強姦事件の犯人ということで、莫大な金額となっている。
当初、シクロはこんな金額を支払うなど不可能だと思っていた。だが、今回の素材売却益を当てれば簡単に支払えてしまう。
このチャンスを逃す理由は無かった。
「いいだろう。手続きはこちらでしておこう。君は今日から――犯罪奴隷ではない。自由の身だ」
「話が早くて助かるよ!」
シクロは待ってましたと言わんばかりに――自身の首に付いている、鋼鉄の首輪を握りしめる。
そして――力任せに引っ張ることで、バキッ、という音を立てて破壊。
こうして、犯罪奴隷の証からシクロは解放されることとなった。