11 母親の現在
「……はぁ。憂鬱ねぇ」
そう呟いたのは、イッケーメン伯爵家にて使用人として雇われているシクロの母親、サリナ=オーウェンであった。
「顔は最高だったけど……思ってたよりも男らしくなかったし」
そんな不満を漏らした対象は、もちろんイッケーメン伯爵に対してである。
なんと、イッケーメン伯爵は既に二人の妻を抱えていた。
貴族である以上、それは仕方のないこと。サリナも、自分が3人目になること自体には文句は無かった。
だが――使用人としてイッケーメン伯爵のことを間近で見るようになって、分かったことがある。
イッケーメン伯爵は、女の尻に敷かれるタイプだったのだ。
サリナはこれまでに幾度となく、イッケーメン伯爵が二人の妻に頭の上がらない状態になっている様子を目撃してきた。
時には欲しい物が手に入らなかったからと文句を言われていたり。
またある時は、社交界での不満をぶつけるためのサンドバッグと化していたり。
そんなイッケーメン伯爵を見ていてサリナが思ったことはただ一つ。
なんて――頼りのない男なのだろう、と。
サリナ自身が自覚していたことではなかったが、サリナの好みはグイグイと引っ張っていってくれる主導権のある男だった。
実際、シクロとアリスの父親である冒険者も、そうした強引な節がある男であった。
そんな強い男、堂々とした男が好みであるサリナにとって、イッケーメン伯爵はまるで駄目であった。
むしろ好みの真逆を行くため、好感度は下がる一方。
顔は好みに当てはまるため、これまでは良いところを探そうと努力してきた。
だが……それでもサリナには、イッケーメン伯爵の頼りない一面の方が遥かに目だって見えた。
結果として――サリナの恋は、とっくに冷めきっていた。
「……そう、くよくよしてても仕方ないわっ!」
そしてこの日、サリナは決意する。
「次の恋を探すのよっ!」
そうして――サリナは伯爵家の使用人を辞めた。
住み込みの仕事であったため、荷物をまとめたサリナは実家へと――シクロが待っているであろう我が家へと向かった。
そして目の当たりにしたのは――予想もしていなかった光景。
「えっ、あら?」
サリナの住んでいた家は、シクロの逮捕により誰も住まない無人の家となっていた。
だからこそ――土地は国に没収され、不動産屋へと引き渡され、さらには新たな持ち主となる家族に売り払われていたのだ。
そうした事情を知らないサリナには、自分の家で見知らぬ家族が生活しているようにしか見えなかった。
「あのー、すみません」
「はい? どうしました?」
「こちらのお家って、シクロ=オーウェンという人が住んでいたと思うんですが?」
だから、サリナは事情を聞こうと、元我が家に住まう家族に声を掛けた。
「えっと……ああ! 前の住人だったっていう人ですか!」
「えっ? 前の?」
「そうですよ。あの連続強姦事件の犯人として捕まった人ですよね?」
「えぇっ!?」
寝耳に水の発言だった。
サリナはわけが分からず頭の中が真っ白となるが――どうやら新たな住人はおしゃべり好きらしく、一方的に話を続ける。
「なんでも、ご近所さんを襲おうとしたところを、警吏に捕まったとか。それでこの家が空き家になってたところを、私たちが買ったんですよ。いやあ、曰く付きの物件だからって、かなり安く買わせてもらえましてねぇ――」
そのまま、住人はペラペラといろいろなことを話し続けるが、サリナの頭には半分も入ってこなかった。