08 薬師失踪
――ミランダ=リリベルは、自身の店である『ミランダ薬品店』の扉の鍵を閉める。
「さて。それじゃあ、行こうかしら」
そうして、ミランダは乗合馬車の停留所へと向かった。
――結局ミランダは、ブジンの説得により、ボージャック子爵領への旅行へと向かうこととなった。
旅行にかかる費用もブジン持ち。そして馬車の手配までしてくれたのだ。
ここまでの高待遇で旅行をする機会など、今後一度も無いだろうと考え、ミランダは誘いを受けることにした。
なお――その考えは、ある意味では正解であった。
停留所では、際立って上品な装飾の施された馬車が一台待っていた。
その馬車から、ミランダに向かって一人の人が近づいてくる。
「ミランダ=リリベルさんですね?」
「はい。貴方は?」
「ブジン様から仰せつかっております。今回の旅行の間、馬車の御者と護衛を務めさせていただく者です」
ブジンが用意したのは、冒険者でもありながら馬車の御者も務められる男であった。
「まあ、そうなんですね。護衛もしていただけるなんて、ありがとうございます」
「あはは。いざという時は、この身に代えてでもお守りしますよ。さあ、出発しましょう」
「はい、よろしくお願いします」
こうして――ミランダは王都を発った。
初日は何事もなく過ぎた。
御者の男は旅慣れており、ミランダの世話を率先して行ってくれた。
お陰で、初めての旅であるにも関わらず、ミランダはさほど苦に思うこともなく一日目を終えた。
二日目は、野良の魔物が一度だけ襲ってきたものの、御者の男があっさりと返り討ちにしてしまう。
それ以外は特に何事もなく、二日目も終わる。
そうして三日目――もうすっかり王都からも遠く、人里離れた森の近くを通る街道に差し掛かる。
「この辺りは、最近は盗賊も出るらしいですからね。早めに通り過ぎてしまいましょう」
「はい、お願いします」
「女性が居ると分かれば襲われやすくもなります。窓も閉じて、しばらくは馬車の中に隠れていてください」
「はい、分かりました」
緊張した表情で、ミランダは御者と会話する。
そうして小一時間ほど経過した頃――馬車が大きく揺れる。
馬車が突然停止したのだ。
窓も閉じ、御者席とも会話できない状態のミランダは困惑する。何が起こったのか分からずにあたふたする。
やがて、御者に事情を聞こう、と御者席側の窓を開こうとした時だった。
――ガシャンッ! という音と共に、馬車の扉が蹴り破られる。
「へへっ! ターゲット発見~っ!!」
言いながら姿を表したのは、見るからに盗賊と思わしき汚れた格好をした男であった。
剣を片手に、ミランダへと迫る。
「い、いやっ!」
「いやじゃねぇんだよッ! 殺されたくなけりゃあ大人しくしなッ!」
「ひっ!」
脅され、ミランダは恐怖のあまり身動きが取れなくなる。
結果的に大人しくなったミランダを、盗賊の男はロープを使って縛り上げる。
そうして抵抗もできない状態にされてから、ロープを引っ張り、ミランダを馬車の外に連れ出す。
「おら、自分で歩いてついてこい!」
「はい……」
恐ろしさから、ミランダは大人しく従う。
そうして馬車の外に出ると――信じられない光景を目にする。
「そんな……御者さん?」
なんと、複数人の盗賊たちに紛れて、これまで旅を共にしてきた御者の男が居たのだ。
捕まっているという様子もなく、当然のように会話も交わしている。
御者の男はミランダの視線に気づくと、ニヤリと笑う。
「済まないね。これも俺の仕事なもんで」
つまり――この御者が、最初から盗賊達とグルだったということになる。
(そんな……でも、まだ希望を捨てちゃ駄目よ)
そう、ミランダはまだ諦めてはいなかった。
自分が攫われたことを――おそらくブジンはすぐに察知するだろう。
そして、きっと助ける為に手を尽くしてくれるだろうとも思っていた。
(ブジン様……信じて、待っています)