04 賢者の失態
――そして、さらに一週間後。
王都に帰り着いたアリスは、早速養父でもあるギルドマスターの元へと向かう。
「お義父さん。今回も、手間かもしれないけど、送金の手続きをお願いね」
そう言って、アリスはギルドマスターの執務室にて――自身の稼いだお金の半額が詰め込まれた金貨袋をドカッ、と机の上に置く。
こうしてわざわざギルドマスターに渡しているのは、アリスがそうするよう説得されたからにほかならない。
ギルドマスター曰く、通常の送金だと贈与税が多く取られてしまうが、ギルドマスターを経由することでその額を減らし、結果的により多くのお金を送金できるのだと言われたのだ。
実際にアリス自身、調べてみればそうした手続きが不可能ではないことが理解出来た為、ギルドマスターにすべての送金を任せていた。
だが――この日のギルドマスターは、今までとは異なる反応を示す。
「アリス。もうこんなことは、しなくていいんだよ」
「……はぁ? どういうこと?」
「実は――ついに、というべきか。君から散々な噂を聞いていた例の兄だが。どうやら連続強姦事件の犯人として実刑判決を受けたらしい」
「――え?」
ギルドマスターの言うことが理解できず、アリスは唖然とする。
「そして、彼はもう既に王都には居ない。今は――辺境ノースフォリアにて、犯罪奴隷として冒険者ギルド預かりとなっているはずだ」
「そんなっ! 嘘! お兄ちゃんがそんなことするはずないっ!」
「アリス。君の庇いたいという気持ちも分かる。だが彼の噂を訊く限りだと……やはりな、という感想しか浮かんでこないのが現状だよ」
ギルドマスターに言われて、アリスは目の前が真っ暗になる。
兄のことを、少なくともギルドの人間は少しも信用してくれない。つまり、味方になってはくれないのだ。
アリスにとって、シクロは強姦なんてするような人間ではない。だからこれは冤罪に決まっているし、疑いは晴らすべきである。
だが――アリス以外の誰もそう思ってくれないのなら。どうあがいても、シクロの冤罪を証明するのは困難に思えたのだ。
「ともかく。これでもう、アリスが苦労する必要は無いんだよ。これからは、自分の為に生きてゆけばいいんだ」
微笑みかけるギルドマスター。だが、その表情、優しさを見せているつもりの態度が、アリスには何よりも気に食わなかった。
自分ではなく兄を――冤罪被害者であるシクロにこそ優しくしてほしい、と思っていた。
「それに――もう一つ。アリスには見せたいものがあるんだ」
「……みせたい、もの?」
「これだよ」
ギルドマスターは言って、一つの鍵を取り出す。
「これは……?」
「向こうに大きな金庫があるだろう? それの鍵だよ。――さあ、開けてごらん」
妙に優しげな義父の態度を不審に思いつつも、アリスは言われるがまま金庫に向かう。
そして鍵を差し込み、回して――重い金庫の扉を開ける。
すると――中には、無数の金貨袋が収納されていたのだ。
「驚いたかい? アリス。実はね、これはすべて――君の稼いだお金だよ」
「――へ?」
ギルドマスターの言う意味が分からず声を漏らすアリス。すると、ギルドマスターは絶望的なことを口にした。
「実は、君が兄に送金していると思っていたお金だがね。私の方で保管していたんだよ。……犯罪者になるような男に使われるよりは、いつか君が大人になった時の為に、と思ってね」
それは――善意からくる判断だったのだろう。
親心のようなものがあれば、噂の駄目男に金をやるぐらいなら、嘘を吐いてでも、黙って貯金しておいてやるほうが義理の娘の為になると考えるだろう。
そう考えて、ギルドマスターはアリスの送金を勝手な判断で止め、勝手に金庫へ保管し続けていたのだろう。
そんな理屈は、アリスにも理解は出来た。
しかし――許すことは出来ない。
シクロのためにこの男の養女になり、シクロの為に冒険者となり、シクロの為に必死に魔物と戦い続けてきた。
そんなアリスの努力も、願いも、何もかも踏みにじるかのような行為。
たとえ善意からくるものであろうと――いや、むしろ善意の形をとっているからこそ、アリスには許し難いことであった。
「――『プロミネンスノヴァ』!」
衝動的に――アリスの口から、炎属性の最上位魔法を唱える言葉が漏れるのであった。
この日――王都の冒険者ギルドは、突如として炎に包まれた。
爆破され、全焼し、数多くの職員が負傷する。
中でもギルドマスターの状態はひどく、魔法による負傷だけでなく、素手で何度も顔面を殴られたような負傷が見られた。
そして――賢者とまで呼ばれた天才少女が、どこへともなく姿を消した。