07 異形の怪物との別れ
自身の能力――思わぬ『時計使い』の力により、シクロは興奮し、心臓がバクバクと鳴っていた。
無理もない。ゴミスキルだとずっと思い込んでいた『時計使い』が――想像よりもずっと、自由に使えるスキルだったのだから。
しかし、この時点で慌てても仕方がないことを、シクロは理解していた。
「いや、まだだ。まだただの……時計が作れて、操作できるだけのスキルには変わりない」
そう。シクロが現状を打破するためには、この力を何らかの形で応用しなければならない。
例えば魔物を攻撃できるスキルであったり、魔物から逃げるのに便利なスキルであったり。
そうした力が無ければ、結局ダンジョンからの脱出が難しいことには変わりない。
「まずは……一つずつ、確かめていこう」
呟き、シクロはじっくりと能力の検証を始める。
幸いにも――かつて王都で随一の時計職人として働いていた頃の生真面目さもあり、その検証は細部にまで及び、シクロ自身の能力をかなり具体的に理解する助けとなった。
そうして、全ての検証が終わった後。
「……いけるかもしれない」
シクロはそう呟き、獰猛な笑みを浮かべる。
その表情は――ダンジョンから脱出するというだけじゃない。
脱出した後。自分でさえゴミスキルだと思いこんでいた『時計使い』の力を使って――必ず、元の立場以上に返り咲く。
そして――自分をバカにした者。裏切った者。信じてくれなかった者。
そんな人達を見返してやるのだ、という強い意思が溢れていた。
「ボクは――必ず、このダンジョンから脱出してやるッ!! そして……ボクをこんな目に合わせた奴らには、必ず復讐してやるッ!!」
怒り、恨みが溢れるシクロ。これまでは、生き延びれるかも分からなかったからこそ、蓋をされていた感情。
そして自分に力が無いからと、諦めていたこと。
それが――時計使いの力に気付いたことで、一気に吹き出してきたのだ。
「まずは――手始めに、お前からぶっ殺してやるよ」
そう言って、シクロは洞穴の出入り口へと向かう。
そこでは、人面の怪物がシクロを待って未だに座り込み続けていた。
触手の届かないギリギリの距離まで近づくと、シクロは意識を集中する。
「……お前も、見たこと無いだろ。王宮の機械時計。すごいんだぜ。なんてったって、素材が全部――オリハルコンで出来てるんだからな」
シクロは言うと――『時計生成』のスキルを発動するよう意識する。
時計生成とは、時計全てを生成することは無論、部品単位での生成も可能である。
そして、生成される時計は――制限時間こそあるものの、生成する事自体は『どんな材質』の物体でも生成可能である。
つまりシクロは――生成できるのだ。
最も優れた金属と呼ばれる、オリハルコンを。
「あばよ、化け物。お前じゃあ一生お目にかかれない、最高級の『日時計』だよ。――『時計生成』ッ!!」
次の瞬間。
シクロの言葉と同時に、時計生成が発動する。
シクロが生成するのは『日時計』。その、太陽の位置により陰を落とす為の『柱』の部分。
これを――シクロが王宮で見た騎士の彫像が持っていた立派な剣を模した形で生成する。
材質は――もちろん、オリハルコン。
そして場所は――人面の怪物の、ちょうど腹の下から。
「ぐぎゃあああぁっ!!?!?」
怪物は絶叫する。
何しろ――突如腹の下から生えてきた巨大なオリハルコンの剣が、自身の肉体を貫いているのだから。
混乱する中で、怪物はその攻撃がシクロによるものだと理解した。
即座にシクロへと怒りを向け、触手を伸ばして攻撃する。
しかし――残念ながら、シクロは洞穴の奥で安全な場所に居る。
触手も届かず。バシバシと、岩の壁を叩くばかりとなった。
「死にぞこないめッ! さっさとくたばれッ!!」
シクロは怒るように叫びながら、さらに二度、三度と『時計生成』を発動する。
怪物の腹を貫く剣と同じものを、さらに幾つも追加で生成。これらが怪物の喉や頭を次々と貫き――ついには、怪物は完全に沈黙する。
シクロは――ついに、人面の怪物を倒すことに成功したのだ。
「……やった。やったぞっ!! これなら、ボクだってダンジョンから抜け出して――」
そこまで言ったシクロは、急激に身体を包む疲労感のあまり、その場に倒れ込む。
「あ、あれ……? もしかして、力を使いすぎて……?」
そう。シクロは短時間に、生成に慣れていない、しかもオリハルコン製という『日時計』を幾つも生成したのだ。
当然、体力の消耗は激しい。
倒れ込むシクロ。力を失い、消えてゆくオリハルコンの巨大な剣。
そうしてシクロは洞穴の中で気を失い――夢を見る。
それは過去の夢。時計使いとなってから、今までの夢。
数々の人々に見捨てられてきた。信じて貰えなかった。騙された。殺されかけた。
そんな恨みと怒りの記憶を思い返しながら――シクロは眠るのであった。