06 時計使い覚醒
自身の腹時計が停止したと理解するに連れ、シクロの顔に希望の笑みが溢れる。
「……そうか。腹時計は、スキルの効果範囲なんだ。それなら、もしかしたら――」
そう呟き、シクロは自分自身の『腹時計』を『時計操作』で戻す。
途端に、シクロの身体を包んでいた気だるい感覚、体力の低下が解消していく。
食事をしていないことによるエネルギー不足――つまり『腹時計』が『進んだ』ことによって起こった現象が、『時計操作』によって元の状態に戻ったのだ。
「やっぱり。じゃあ、この状態で『時計停止』をしておけば……っ!!」
シクロは改めて、自身の身体の『腹時計』に『時計停止』を使う。
これにより、シクロは最も栄養状態の良かった時で体調が固定される。
つまり――空腹、飢餓による死亡がありえなくなったのだ。
「――あはははっ!! これはいいや! これなら、いくらだってあの化け物とにらめっこを続けられる!!」
シクロは見えてきた希望の大きさのあまり、大きな声を出して笑う。
その気配に当然気付いた人面の怪物だが、シクロの位置が奥深くだったのもあって、行動には移らなかった。
そんな怪物に気付いてか知らずか、シクロはすぐに自分が興奮しすぎていたことに気づき、声を潜める。
「……ここなら、水はいくらでも手に入る。食事はスキルのお陰でしなくていい。となれば――ボクは、もしかしたら、本当に地上に戻れるかもしれない」
そう呟き、シクロは再び人面の怪物との根比べを始めるのだった。
そして――シクロが『腹時計』に気付いてからさらに一日が経過。
冷静になり、時間もあったことで、シクロは十分に考えることができた。
そもそも、どうして『腹時計』だけ『時計使い』の対象だったのだろうか、と。
スキルを手に入れてすぐ、砂時計や水時計、日時計については試してみた。砂は停止しても落ち続けるし、水も流れ続ける。陰も過去に向かって戻るように動きはしない。
色々な時計にスキルを使い、シクロは自分の能力が『機械式の時計』にだけ有効であると判定した。
機械式であれば、動力源が魔力であろうが、ぜんまいであろうが関係ない。
しかし、機械的な構造を含まない――魔法だけで動いている時計などは対象外だった。
その時からシクロは、自分の能力は『機械式の時計』にのみ有効であると考えていたし、初期の実験からもそれは明らかだった。
しかし――もしもそれが真実でないとすれば?
一つの可能性として、シクロが扱える時計が『機械式の時計』と『腹時計』の2つだという可能性がある。
だが、これをシクロは妙だと感じていた。
機械式の時計が使えるのはおかしくない。しかし、それと合わせて使えるのが砂時計など一般的に存在する時計ではなく『腹時計』というのは不自然だ。
冷静になったシクロは考える。やはり『腹時計』は不自然すぎる、と。
だから――シクロは、もう一つの可能性を考えた。
それは、スキルとして『時計使い』が扱える範囲が、かつてよりも広がっているという可能性。
スキルとは、使えば使い込むほどに効果を増すものだと言われている。
実際に、シクロの『時計使い』のスキルも効果が増していた。
操作や生成、停止にかかる時間や労力もどんどん少なくなっていったし、今では軽く念じるだけでスキルを行使出来る。
時計感知の範囲や精度も上がっているし、時計収納の収納量も明らかに増えている。
だから――シクロは、自分のスキルの成長は、そうした形で現れているものだと思っていた。
しかし、それが思い込みだとしたら?
もしも――スキルの成長が、もっと大きな意味で起こっていたのだとしたら?
そんな可能性に気付いたシクロは――人面の怪物との根比べを続ける間、手持ち無沙汰もあり、実験をすることにした。
そして……その結果。
「……そんな。これは、現実なのか?」
シクロは、自分の目を疑う。
何しろシクロの目の前には――落ちることを止めた砂時計。流れない水時計。小さな柱と光源を伴った、日時計らしい構造体。
これらが――確かに『時計使い』のスキルによって生成されているのだから。