05 行き止まり
シクロは辛うじて生き残り、息を吐く。
だが、まだ逃げ切ったわけではない。
洞穴を出れば人面の怪物が待っているだろうし、この洞穴がどこに繋がっているかも分からない。
ひとまずは、洞穴の先を確認する為に動き出すシクロ。
小さな洞穴であるため、しゃがみ込みながら這うようにして進む。
そうして暫く進むと――洞穴は崖の側面に繋がっている事がわかった。
足を掛けられるような場所もなく、こちらから脱出するのは不可能そうに思えた。
諦めて道を引き返すシクロ。そして、入ってきた側へと戻り、様子を確認する。
すると、まだ人面の怪物はシクロを待っていた。じっと真顔のまま、身動きもせずに洞穴の前に座っている。
明らかに――シクロが出てくるのを待っている様子であった。
「……くそっ!!」
シクロは怒りに任せ、壁を叩く。
いつまで人面の怪物が居座るつもりなのか――どうなるにせよ、シクロの貴重な時間が奪われることは確定していた。
「……こうなったら、根比べと行こうか」
人面の怪物を睨みつけながら、シクロはつぶやき、そして洞穴の奥に再び姿を隠すのであった。
そうして――どれだけの時間が経過したのだろう。
シクロが『時計生成』で時間を確認したところ、少なくとも落下前の日付からは三日以上も経過していた。
洞穴の中にはわずかに水が流れている為、水分補給には困らなかった。
しかし、シクロは食料を持っていないため、一切の食事を取っていない。
そのため、すっかり空腹のあまり衰弱してしまったシクロ。
そして――未だに、洞穴の出入り口には例の人面の怪物が待機したままであった。
食事も取らず、未だにじっとシクロが出てくるのを待っている。
不気味な魔物ではあったが、ここまで一匹の獲物にこだわる、異常な魔物だとはシクロも考えていなかった。
予想を超えてずっと長い間、洞穴に閉じ込められている状態のシクロ。
空腹のあまり、崖の側から出てみようか、と考えてみたこともある。
しかし――足を踏み出そうとした時、崖が僅かに割れて崩れ落ちたのを見て、到底上り下り出来るような場所ではないと改めて理解し、諦めた。
このままでは、ダンジョンからの脱出はもちろん、この洞穴から出ることすらできずに餓死してしまうかもしれない。
絶望感のあまり――シクロは座り込み、ヘラヘラと笑いながら独り言を言うほどおかしくなる。
「ははは、なんだよ、くそ。どいつもこいつもさ。そんなにボクが嫌いかよ」
人面の怪物に対してもそうだが、他のあらゆることを思い返し、恨みが湧き上がる。
怒りを通り越して、シクロにはもはや笑うしかなかった。
婚約者にも信じてもらえず、強姦魔の罪を着せられる。そうしてこの最悪のダンジョンでの荷物持ちをやらされることになり――谷底に突き落とされた。
そもそもどうしてこうなったのか、と考えれば……シクロには、自分が『時計使い』なんてしょうもないスキルを手に入れてしまったことに理由があるとしか思えなかった。
「……ふん、何が時計使いだよ。時計なんか使えて、何になるってんだ」
笑いながら、時計生成をする。
これまで幾度となく、時間を確認するために使い続けてきたスキル。出現する時計もスムーズで、こなれたものだった。
そうして時計を作り出したシクロは、『時計操作』や『時計停止』を使って針を戻したり、進めたり、あるいは止めたりして遊ぶ。
「こんな能力に、どんな価値があるんだよ。……神様は、ボクにこんな力を与えて、何を期待してたんだろう。やっぱり、間抜けな死に様を見て、笑ってるのかな?」
ネガティブな想像がやまないシクロ。
やがて時計いじりにも飽きて、時計を消してしまう。
「全く、暇つぶしにもなりゃしない。役立たずのゴミスキルだよ」
そう呟くと同時に、シクロの腹がぐうぅ、と音を立てる。空腹のあまり、腹の虫も鳴き止まない。
「はは。時計使いっていうんだったら――ボクの腹時計でも止められるなら、どれだけ良かったかって思うよ」
そんなことを呟きながら、シクロは自分の腹に手を当て――スキル『時計停止』を使う。
もちろん、そんなご都合主義、起こるわけがない。
そもそも、シクロは時計使いとなってすぐの頃、能力の適応範囲をしっかり確かめたこともある。
その結果は、時計使いの効果範囲は機械式の歯車で動いている時計のみ。砂時計や日時計、水時計といった、原始的な設計のものには効果が及ばないことも確認済みだ。
だから――当然、シクロは自分の『腹時計』だって操れるはずがないと思っていた。
しかし――その時、奇跡が起きた。
「……あれ? え?」
突如、シクロを苛み続けていた飢餓感が、まるで嘘のようにフッと消え去ったのだ。
お陰で、ぐうぐうとなりっぱなしだった腹の虫が、今は鳴きそうな様子も無い。
自体が理解できず、シクロは混乱する。
「な、なんで……? 腹時計が……『止まった』、のか? ボクの『時計停止』で?」
そうとしか思えない――あるいは、自分の気がおかしくなったとしか思えないほどの変化に戸惑うシクロ。
だが――やがて確信する。
止まったのだ。自分の『腹時計』が『時計停止』によって。