03 谷底の絶望
シクロは――身体が異様に冷たいという感覚で意識を取り戻した。
「……うぅ、ここは……?」
周囲を確認すると、身体にまとわりつくネバネバの糸と、そして流れる水が体温を奪っていくのが分かった。
そして――状況を思い返し、推論する。
「……そうか。あの谷から落ちて、意識を失って。途中で蜘蛛の魔物か何かの巣に引っかかって速度が落ちて、水の中に落ちて、それで助かったんだ」
シクロはおおよそ、自分の命が無事である理由について結論づける。
それよりも、今は大事なことがあった。
「……とにかく、上に行かないと」
そう。ダンジョンの、より上層を目指さなければならない。
ダンジョンというものは、深部ほどより凶暴なモンスターが徘徊しているもの。
今シクロがどれだけの深さにいるのかは不明だったが、それでも一人で生きて行けるような環境でないのは明らかだった。
一刻も早く、このダンジョンから脱出しなければならない。
シクロは、まず荷物を確認する。冒険者から預かっていたものは、ほとんど上に置きっぱなしにしてきた。
今持っているのは、ナイフとメタルマッチ。そして小さな水筒。
食料の一つも無い為、脱出を急がねば餓死してしまうという点にも気づくシクロ。
しかし、ここで慌ててもいけない。ここは『最悪のダンジョン』と呼ばれるほどの危険なダンジョン。しかもその深部なのだ。
無駄に騒いで、危険な魔物を呼び寄せる羽目になりかねない。
(……まずは、周囲をもっとよく観察しよう)
シクロはゆっくりと、静かに、足音を殺して移動を開始する。
立ち上がると、シクロはダンジョン内の渓流に流され、途中の岩場で引っかかっていたことを理解する。
ちょうど、渓流の侵食によって辺りは削れており、周囲より低く凹んだ地形になっていた。
このお陰もあって、シクロは意識が無い間も魔物に見つからずに済んだのだろう、と考えた。
そして――それがほぼ間違いなく事実であると、すぐに理解する。
(うっ……あれはなんだっ!?)
シクロが立ち上がり、周囲の確認をした瞬間。少し離れた場所を徘徊する、異形の怪物を発見する。
その怪物は犬に似た形の、熊よりも巨大な魔物であった。
また巨大なだけでなく、顔は醜悪に歪んだ人間によく似た形をしており、首の周囲からはうじゃうじゃと触手が生えている。
そして後ろ足は犬に似ているが、前足は人間の腕のような形をしており、何かを探るように蠢いている。
あまりにも、常識離れした異形の魔物を見て、シクロは怯える。
(ヤバい、いくらなんでも……異常すぎる。あんな魔物、見たことも聞いたことも無い!)
ダンジョンの魔物というものは、深部に行くほど異なる生態系を保っているものである。
そして近い層同士では、ある程度生息する魔物の種類や姿も似通ってくる。
つまり――まるで見たことも聞いたことも無いような魔物が居る、ということは、それだけ人が到達したことのある階層から遠く離れている、ということでもある。
そして、その事実は同時に、あの化け物が油断ならない強者であることも意味しているのだ。