02 奴隷イジメ
あの日――ノースフォリアの冒険者ギルド預かりとなってから、数週間が経過した。 その間にシクロは散々な扱いを受け、すっかり衰弱していた。
まともな食事も取ることが出来ず、体力も落ちていく。
だというのに、仕事はどんどん過酷になっていく。
失敗をしたり、仕事の成果が悪ければ虐待を受ける。
そんな日々を過ごした結果――シクロの心は、もうすっかり擦り切れてしまっていた。
自分はきっと、このままここで使い潰されて、ボロ雑巾のように扱われて、やがて死んでいくんだろう、と考えていた。
もはやそれ以上に何も考える余裕などなく、ただ漠然と、ギルドや冒険者に言われるがまま、仕事をこなすだけとなっていた。
そして――そんな面白くない反応しか示さないシクロを見て、冒険者達はさらにイラつく。
「――ケッ、つまんねヤツだな」
理不尽な怒りが溜まり、シクロへの嗜虐心が高まっていく。
そんな状況だからこそ、事件や事故が起こったとしても何らおかしくはない。
「そうだな……それなら、おもしれぇこと思いついたぜ」
そして冒険者の一人がそう言って、シクロの方を向く。
「おい、荷物持ち! 荷物を置いてこっち来い!」
「……はい」
シクロは言われるがまま、荷物を一度置いて冒険者が呼ぶ方へと向かう。
「オラ、見てみろ。テメェみてえなヤツじゃあお目にかかれねぇ。この『最悪のダンジョン』の奈落に続く谷だ」
冒険者に言われるがまま、指された方を見るシクロ。
そこには――冒険者の言う通り、底の見えない果てしなく深い、深い谷が広がっていた。
実際、冒険者の言う通り、この谷はダンジョンの中でも奥深く、かなりの熟練冒険者でなければここまで到達することはできない。
なので、シクロもこれまで幾度となく荷物持ちとして冒険者に同行してきたが、こんなに深い谷を見るのは初めてだった。
「――おら、よく見せてやるよっ!!」
そしてシクロが近づいた瞬間、冒険者はシクロの服を掴み、谷に向かって強く押し込んだ。
「うわぁっ!?」
「ギャハハハ!! オラ、もっとよく見とけよォ!?」
服を掴んだまま、冒険者はシクロを押し込み続ける。今にも落下しそうな状態に怯え、シクロはこの日初めて感情らしい感情を表に出した。
「や、止めてください! お願いします!!」
「あぁん? 何をだよ?」
「こんな、落ちたら死んじゃいますっ!」
「ギャハハ!! そりゃ死ぬに決まってんだろ! ウケるなお前!!」
慌て、怯えるシクロを見て笑う冒険者達。シクロを谷へと押し出している男だけじゃなく、他の冒険者達もシクロを見て笑っている。
そうして――シクロが絶望感から、さらに心を閉ざしてしまおうとしたその時であった。
ビリッ、と異音が響く。
「――へ?」
シクロは、自分の身体が重力から開放されるのを感じた。
よく見てみれば――自分の服の切れ端を、冒険者の男が掴んでいる。
そして自分が――服が破れたせいで、谷底へと落下し始めているのだと理解した。
「――うわああぁぁああっ!!!」
絶叫を上げながら、シクロは落下していく。
冒険者達は、やってしまった、といった顔でシクロを見ていた。
――が、すぐに気を取り直す。
「……アイツは勝手にビビって逃げて、足を踏み外して落ちた。それでいいな?」
誰かがぼそっと呟いたその言葉に、誰もが同意して頷く。
そうしてダンジョンから、冒険者一行は帰還するのであった。