15 魔神との遭遇
魔王城ダンジョン内部は、地下深くへと伸びる螺旋階段から始まった。
拍子抜けなことに、内部で魔物と遭遇することは無かった。
トラップすら無く、四人と一匹はするすると螺旋階段を下っていく。
「なんや、簡単すぎていっそ不気味やな」
「ああ。……何があっても不思議じゃない。気を引き締めていこう」
シクロの言葉に、一同頷く。
なお、ぺぺもすは体力不足である為、アリスのローブに入り込んで楽をしている。
少々時間を掛け過ぎなぐらい、用心深く螺旋階段を下り――結局、何事もなく最深部へと辿り着く。
そこには、何かを封ずるような、厳重な門が待っていた。
「何だろうな、この部屋は」
「ウチにはこの場所自体が、幽閉に使うような塔みたいに思えてきたで」
「確かに、閂がこちらがわにあります。中に何かを閉じ込める為の部屋なのでしょうか?」
「入って見れば分かるでしょ」
アリスの言ったシンプルな結論に、全員が納得する。
「行くぞ」
シクロが門を開き――先頭となって部屋に入る。
「来おったな」
部屋には、一人の人物がシクロ達を待ち構えていた。
どこかの軍人のような服装に身を包んだ、山羊頭の怪人。
そして怪人の後ろには巨大な――かつて『ディープホール』を攻略した時と比べても大きなダンジョンコアが鎮座していた。
「お前が……魔神か?」
シクロは山羊頭の怪人に問い掛ける。
「いかにも」
山羊頭の怪人――魔神は頷くと、シクロ達の方へと一歩進み出る。
「この期に及んで、無意味だろうとは思うが……意見を変えるつもりは無いかね?」
魔神の問い掛けに、シクロは首を横へ振る。
「魔王スキルの完成によって完璧な支配者を生み出す……それがアンタの願いだっていうなら、同意するわけにはいかないな」
シクロは拒絶し、時計生成にてミストルテインを生み出し、構える。
「なにゆえ、支配者を否む。貴様らもまた王に支配される者共のはず。でなくとも法に、世間に、自然の摂理に、あらゆる力によって支配されておる。にもかかわらず、完全なる支配者による正しい統治を拒むのは何故だ」
魔神の問い掛けに、言い返したのはカリムであった。
「屁理屈言いおってからに。完璧な支配者ゆうても、全ての人が幸せになれるってわけやないやろ。たった一人の人間に判断任せて、嫌がろうにも力で支配されて出来へんってわけや。誰がそんな世の中納得すんねん」
「それが最も不都合の少ない形であれば、仕方なかろう」
「だったら、要らないよな?」
シクロは魔神の言葉に被せるように言う。
「不都合を許容するっていうなら、今の世の中だって悪いことばかりじゃない。誰も抵抗できない絶対的な支配者なんて、わざわざ時間を掛けて新しく増やす必要もない」
シクロの言葉に、魔神は呆れたように首を横に振る。
「程度の問題も分からんとは……やはり人は愚かだ。人と人の争い、衝突は避けられぬ。故にこそ、損益を正しく勘定する絶対的な存在による統治でなければ、避けられるはずの悲劇を避けることもできまい」
魔神の言葉に、シクロは視線を鋭くする。
「そういうとこだよ。悲劇を避けたいって言いながら、完璧な支配者の判断ならどんな犠牲が出ようとも仕方ないって言う。理念からして矛盾してんだよ、アンタの言うことは」
「人は醜い。故に争う。立場が違えば、正解も異なる。現実として、貴様ら人間は選択せざるをえないのだ。誰を切り捨て、誰が生き残るのか」
シクロは残念そうに首を横に振る。
「そんなことは分かってる。だからこそ、人は自分のために、誰かのために戦うんだ。同じ結末になるとしても、自分たちで選んで、自分たちで戦うことと、第三者が勝手に選んで従わされるんじゃあ、ワケが違う」
「屁理屈だ。同じ結末であれば――」
「同じって言いたいワケ? そんなわけないじゃん!」
魔神の言葉を遮るように、アリスが口を開く。
「少なくとも、私ならその神様気取りのクソッタレ相手に殴り込みたくなるけどね!!」
「……ってことさ。アンタの言う完璧な支配者に誰もが納得して従うわけじゃない。だったら、争いの火種を作るような真似はやめるべきじゃないか?」
シクロの言葉に、魔神は事も無げに言い返す。
「それは許容されるべきリスクに過ぎない。人が自らの知恵で愚かな道を歩もうとすることに比べれば、支配者との闘争――いいや、弾圧は必要悪と言えよう」
シクロ達と魔神の間には、相入れぬものがあった。