13 送風装置
翌日。シクロは判明した事実を説明する為、魔王と共に礼拝堂へと訪れていた。
「ふむ。音の鳴らない原因を特定したのだな?」
「ああ。原因は、こいつだ」
シクロは言うと、パイプオルガンの送風装置――魔道具製の、風を送り出す魔法を発動する装置を触る。
「これが壊れていた、ということか?」
「いいや? コイツは問題なく駆動してたよ。問題が起こってたのは、その先。スライダーっていう部分さ」
「ん? 原因がこっちで、しかし問題が発生したのは別だと?」
「ああ、今から理屈を説明するよ」
シクロは言うと――『時計生成』を発動する。
十分に水の溜まった水槽と、単純に振動して音を発生させる魔道具の2つ。
「まず、どういう現象が起こっていたのか。見てもらった方が早いな」
言うと、シクロは振動する魔道具を起動。
すると、低い音がブウン、と鳴り始める。
そして次に、魔道具を水槽の水の中に沈めると――途端に、音が聞こえなくなる。
「音が消えたな」
「音っていうのは、空気の振動を耳が受け取って始めて聞こえるんだ。で、この通り、水の中で起こった振動は空気に伝わりづらい」
シクロは言うと、水槽と魔道具の両方を消した。
「ざっくり言えば、振動ってのは二つの異なる物質の間を伝わりづらいんだ」
「それが、このパイプオルガンで起こっていたことだと?」
「ああ」
頷いてから、さらに詳細に語るシクロ。
「送風装置から送られる風は、魔法によって生み出された風だ。それだけだと何の問題も無かった。けど、このパイプオルガンはスライダーの部分に魔道具を使って、風の流れをコントロールする特殊な技術が使われていた」
シクロは言うと、送風装置を起動する。
「今回は見やすいように、風に色を付けてみた」
送風装置から、緑色に色づいた風が送り出される。
「この魔力を多く含む風が、スライダー部分の魔道具と干渉したんだ。これによって、風の性質が変わった。普通の風よりも、ずっと粘り気のある――わかりやすく言えば、触れる風に変わってしまった」
「そうすると、何が問題なのだ?」
「パイプオルガンの音は、風がパイプの中に入って、筒の中で一定の振動が起こるから出るものなんだよ。けど、触れる風と普通の空気――つまり水と空気ぐらいに違うものがパイプの中でまばらに入り混じったせいで、振動が起こらなくなった」
シクロに言われ、魔王は色のついた風に目を向ける。
確かに、シクロの言った通り。自然な空気と色のついた風がまばらな状態でパイプから吹き出していた。
「例えるなら、笛へ水を送り込んで音を鳴らそうとしている状態かな」
「なるほど。だが、何故そのような状態になっているのだ?」
「そこなんだよ。ここからはボクの推理にはなってしまうんだけど」
前置きしてから、シクロはこうなってしまった経緯についての推測を語りだす。
「そもそも、このパイプオルガンはダンジョンの一部。だからホコリが積もって汚れることがあっても、経年劣化は自然に修復されていた。なのに、経年劣化している部分が一つだけあった」
「それが送風装置だったのだな?」
「理解が早くて助かるよ」
やたら話の早い魔王に、シクロは苦笑する。
「つまり、送風装置はこのダンジョンの仕組みの想定外。後付けの魔道具だったんだよ」
「なるほど。故に想定外の干渉が内部で起こり、音が鳴らなくなったか」
「スライダー部分の魔道具も、ちょっと現代でも作るのが難しいぐらいの仕組みだからな。経年劣化を考えなくても、ダンジョンの一部だったと仮定するならそっちが自然だ」
二人の対話は、真相に近づいていく。
「演奏がされた記録が残っている以上、このパイプオルガンは手を加えずとも演奏できていたはずであろうな。そう考えると――」
「本来の送風装置が存在する」
シクロは言い切り、さらに推測を語る。
「そして経年劣化が修復されていることを考えると、送風装置が完全に壊されたり、無くなったりすれば、ダンジョン自体が修復しようとするはず。つまりこの場に本来の送風装置が発生するはずなんだけど……」
「ふむ。見るからに、そんなものは存在しないな」
「ってことは――」
シクロは、答えに辿り着く。
「本来の送風装置は失われていない。ダンジョンの中――つまり、魔王城のどこかに今も眠ってるはずだ」