11 争いの根源
「当時、儂の甥っ子は帝都の楽団所属の楽士だった。軍の依頼があり、慰問活動に向かった」
髑髏仮面は、切々と当時の状況を語る。
「活動を終え、前線から離れた村に滞在していたところを、王国兵の襲撃を受けたのだ」
「そんな……」
「村人共々、殺されてしまった。生存者もごく少数だったと聞いている」
民間人を、戦場ですらない場所で。
戦争とすら呼べない、最悪の虐殺行為だった。
「まさか、王国の正規の作戦でそんなことが?」
「知らぬよ。ただ、王国からそのような事実は無いとだけ」
シクロは王国側の前線の様子を見てきている為、そこまで無法な作戦があったとは信じられなかった。
ただ、王国は犯罪奴隷の行動を隷属魔法で縛り、前線で戦わせている。
一人の指揮官が正気でない命令を下すだけでも十分に実現しうる、という事実も理解できた。
「……儂らは、そんなにされるほど、悪いことをしたのか?」
髑髏仮面の嘆きの言葉が、シクロに突き刺さる。
「確かに儂らは王国兵を数多く殺した。たちの悪い連中が、弄ぶように殺したこともあったろう。欲望のあまり多くを望み、争っているとも、貴様らからしてみれば言えるだろう」
俯く髑髏仮面。
「だからと言って、儂らは、そこまで悪かったか? 戦士でもない。戦うためでもない。ただ居ただけの楽士が、いち集落が、殺されるほどの悪人ばかりだったかッ!?」
問い掛けに、返す言葉をシクロは持たなかった。
「貴様らが悪魔なら、どれほど良かったか! 帝国人を残らず撃滅せしめる悪逆共であれば! 貴様らを皆殺しにでもしてしまえば良かった!」
シクロには、その言葉が怒りというよりも、悲鳴のように聞こえた。
「何故、人らしいことをする。何故、貴様から面影を感じなければならない! こんな、いや儂は、ならばどうすれば良かった……ッ!!」
「……ボクを、恨んでくれても」
「上辺の話をするなッ!!」
髑髏仮面が怒鳴り声で、シクロの言葉を中断させた。
「……儂には、何も分からん。故に全ての差配は、魔王様にお任せする。だが、だとしても、何故儂らは……こんな思いをせねばならないのか……」
言うと、髑髏仮面はシクロに背中を向けた。
「もういい。もう、儂には……」
言い切ることなく、言葉を漏らしながら。
髑髏仮面は、礼拝堂を立ち去ってゆく。
その背中を見送りながら――シクロ自身もまた、言葉にならないものを感じていた。
どうすれば良かった。何を目指せば良い。そんな言葉が全て、無意味に聞こえてしまう。
誰が悪い。どうしてこうなってしまったのか。と、目を向けて嘆く先さえ分からない。
何なんだよ、と悪態を吐くことも出来ず。怒りでも、悲しみでもなく。
ただ空虚な思いが、胸の中から吐き出せずにいた。
――翌日から、髑髏仮面は礼拝堂に来なくなった。
対話をしたい、だが掛ける言葉が見つからない。
反する思いに板挟みとなるシクロ。
しかし、今はパイプオルガンを直すことに集中するべきだろう、と考える。
髑髏仮面から教わった知識もあり、眼の前の仕事に集中することが出来た。
やがて何日も続けて作業をするうちに、髑髏仮面とのことについては、これで良いのだ、という気になった。
対話して、安々と答えが見つかるわけでもなし。
むしろ、答えと言えるようなものがあるとも思えなかった。
シクロは髑髏仮面の思いを、嘆きを知った。
これ以上のことは無いし、求めるべきでも無いと考えるようになった。
ただ――誰に言われるでもなく、自然と一度だけ、髑髏仮面の甥っ子や、その時に亡くなった人々の冥福を祈った。
これが区切りとなったのか、以後のシクロに、後ろ髪を引かれるような気持ちは無くなった。