10 仮面の十二信将
礼拝堂のパイプオルガンの修理は、その日からすぐさま開始された。
まず、シクロはパイプオルガンの仕組みそのものをよく観察して理解することから始めた。
一般的なパイプオルガンは、何かしらの送風装置によって風を『風箱』と呼ばれる場所に送り込むことで音を出す。
この送風装置に異常が無いか、とシクロは確認するが、問題無かった。
魔道具で出来た送風装置であり、古くはあるが、風は一定の強さで送り出されるようになっている。
次に風箱そのものの異常を確認する。
基本的な構造は普通のパイプオルガンであったが、スライダーと呼ばれる、オルガンの音色を決める構造部分が魔道具で出来ていることが分かった。
簡単に言えば、ストップレバーという音色を切り替える為の装置からして魔道具で出来ていて、これの操作次第で鍵盤の位置によって音色を切り替えられる機構が組み込まれていた。
ただ、この部分も壊れてはいなかった。問題なく作動しており、風は通っている。
むしろ新品同然の綺麗な状態で保存されており、動作不良などありえないようにすら見えた。
その後は他の箇所も確認したが、問題等は見当たらなかった。魔道具を使っている部分も無し。
とまあ、ざっと確認するだけの作業でも数日かかった。
ここからいよいよ、シクロは細部のチェックに入る。
――さらに一週間後。
外せる大きさのパイプを外し、細かく点検をしていたシクロのところに、来訪者が現れる。
「おい貴様! 何をしておる!」
怒鳴り声が響き、パイプを見ていた顔を挙げるシクロ。
礼拝堂に、不審な髑髏型の仮面を被った男が訪れていた。
十三人円卓会議にも出席していた、十二信将の一人である。
なお、名前は知らない。
「えっと、何でしょうか?」
「それでも職人か! 扱いがなっとらん!」
どうやら、パイプを外しての作業に文句がある様子だった。
「どの部分がダメでしょうか?」
シクロは髑髏仮面の男に聞き返す。
当然、パイプの扱いには細心の注意を払っている。
スポンジ状の物質を『時計生成』で生み出し、これの上に乗せている。素材の硬度も含めて考慮しており、傷が付く心配は無い。
検査をする手にも、シクロ自身が機械弄りをする時に使う特製の手袋をしている。
手指の水気、油気がパイプに触れないよう注意しているし、何なら唾液の飛沫にすら注意してマスクもしている。
正直、これ以上どこを注意すれば良いのかシクロには判断がつかなかった。
「ふん、ひよっ子めが! 儂が教えてやる!」
言って、髑髏仮面の男はシクロの方へと近寄って来た。
「まず、このような場所で作業するな! 貴様が移動をするたび、わざわざ避けなければいかん位置に置くな! 些細なミスが取り返しのつかんことにもなりかねん!」
確かに、シクロとパイプオルガンの間を区切るような位置に、外したパイプが寝かされていた。これに躓きでもすれば、壊してしまうかもしれない。
だが、その為に位置を変えようと思えば、外したパイプがより長い距離を移動する。それもまたリスクになりうる。
一方で、パイプオルガンと外したパイプの間を行き来するような作業をする予定も無い為、実質的に問題ないとも考えていた。
よってシクロとしては、髑髏仮面の言う事には否やと言いたいところだった。
だが、ここは黙って話を聞く。
「それと、床で作業をするな! 腰より上になる場所で作業をするか、最悪パイプを養生して、内側にゴミが入らぬようにせねばならん!」
これにはシクロも納得する部分はあった。
だが、少々大げさすぎやしないか、という気持ちもあった。
ともかくシクロは髑髏仮面の話を聞き続け、それを受けて作業内容を改善する。
一通り改善が終われば作業に戻るのだが、するとまた髑髏仮面の小言が飛んでくる。
これを、シクロは嫌な顔をすることなく聞き入れ続けた。
結局この日は終始、髑髏仮面に突っつかれながらの作業となった。
翌日も、そのまた翌日も、シクロの作業を見守りに来る髑髏仮面。
シクロは文句も言わず、髑髏仮面の指導を受け続ける。
やがて髑髏仮面の小言は減ってゆき、ついには何も口を挟まなくなる。
そうしてようやく、髑髏仮面は小言以外の言葉を口にした。
「貴様は、言い返しもしないのだな」
髑髏仮面の問い。
「はい。ボクはまだ、未熟者ですから。納得いかないことも、勉強だと思うことにしてます」
「儂の理屈を間違っておるとは思わんか?」
「それをすぐに判断できるほど、熟達しているつもりが無いので」
シクロの発言に、髑髏仮面が何か言葉に詰まっているようなそぶりを見せる。
「似ておるのだな」
「えっと?」
「儂の甥っ子だ。楽団で働いておった」
少しだけ、人間関係が見えたような気がするシクロ。
髑髏仮面が音楽に関わる技師で、甥っ子が演奏者。関わりの深い親戚であったのだろうとわかる。
「甥御さんも、こういった仕事を?」
「楽士ゆえ、本業ではなかったがね。楽器の扱いを言うと、貴様のように黙って聞いておった」
「仲が良かったのですね」
「昔の話だ」
「はい?」
「十年以上も前に死んだ」
息の詰まるような感覚が、シクロを襲った。