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08 受け継ぐもの




「婆ちゃん! こんな時間まで、なんで店に?」


 ロックスは店主の老婆を、親しげに婆ちゃんと呼んだ。


「片付けをしとったんよ。で、何の用があって来たん」


 老婆に問われ、ロックスは気まずそうに俯く。


「婆ちゃん……その、魔王様に支援の話をしたよ」

「ほう。どうだった?」

「駄目だ、と言われたよ」

「そりゃあ、そうよ。魔王様が何の誼で、こんな古臭いもんに金を出してくれるもんか」

「婆ちゃん!」


 ロックスは声を荒げる。


「そんな言い方しないでくれよ! 俺は好きなんだよ! 白孤の術が。昔の白孤族のみんなが!」


 思いを口にしたロックスに向けて、老婆は手を振り上げた。


「アホ言うんじゃない!」


 バシッ、とロックスの頭を引っ叩く。


「時代が違うでしょうが! 変わったもん、無くなったもんばっかり気にしとっても、何にもなりゃあせん!」

「でも婆ちゃん……」

「でももだっても無い! 本当に、軟弱になったもんよ……修行のやり直しが必要かね?」

「うっ」


 老婆に叱られ、言葉を失うロックス。


「ロックスや。自分らが受け継いで来たもんは、形だけじゃあない。幻術と呪法、技術だけ覚えりゃあ残っていくもんでもない」


 説教が始まり、なんだか気まずい思いをするシクロ。


「ああ、お客さんはそこらにでも座っといて下さいな」

「えっと、はい……」


 ロックスを置き去りにする気にもなれず、老婆に促されるまま『時計生成』で腰掛け程度の大きさの台を生み出して座る。


「いいかい、大事なもんは他にもある。どうして今の形になったのか。どうやって受け継ぐものが決まっていったのか。そういった昔の人らの思いも含めて、自分らは受け継いできとる」


 老婆の説教に熱が入り、ロックスは情けない表情を浮かべながら大人しく受け入れる。


「今、自分らが受け継いでおるものも、ただ昔の通りに続けようとしたんじゃあない。良いものを残そう、少しでも良く変えようと思った結果、今の形で何代にも渡って残ってきとる」


 老婆の言には、シクロにも感じ入るものがあった。


 かつて職人ギルドで仕事をしていた中で、先輩職人たちから学ぶことはいくつもあった。

 先輩たちは、単に慣例だからと学ばせたわけではなく、確かに良いものだと思い、価値ある技術だからこそ残そうと思い、シクロに学ばせたのだろう。


 そういった先人の思いや、学ぶに至った経緯を、当時知ることは無くとも、こうして後になって思い返し、少しは理解できた気持ちになる。

 なるほど、これが先人から受け継ぐということなのだろう、とシクロは思った。


 そして同時に、この受け継いだという実感無く、形だけ、技術だけを残しても、それは本当の意味で受け継いだとは言えないだろう、という思いも生まれた。


「魔王様にお願いして、本当に支援なんて通ってみなさい。そんな歪な形で、何が残せる? 技術を受け継いだ当人すら必要とも思わんものを、ダラダラと続けて、そんな情けないもんを残して、それこそ白孤のもんに申し訳が立たんでしょうが」


 老婆に叱られて、すっかりへこたれてしまったロックス。


「うう……ごめんなさい、婆ちゃん」

「よう反省しなさい」


 そこで、ふとシクロは質問をしてみたくなった。


「お婆さんにも、あったんですか?」

「うん? 何でしょうかね、お客さん」

「その、大切なものに気づいた瞬間というか」


 面白いものを見たように、老婆は笑う。


「いいでしょう、いいでしょう。では、少ぉしだけ、想像してもらいましょうか」

「想像?」

「ええ。例えばお客さんの背中に、蜘蛛やらムカデやら、不快な毒虫が付いとるとします」


 言われて、シクロは目を閉じて想像する。


「毒虫は、お客さんの服の隙間から入り込んで、背中を這い回る。肩を伝って、腕を這う」


 イメージを膨らませて、実際に虫が身体を這い回るような想像をすると、ゾワゾワとした感覚が身体に走る。


「どうです? 違和感が生まれたでしょう? お客さんの肌には、本当はなんにも触れとらんのに」

「はい、確かに。ぞわぞわします」

「それが、白孤の使う呪法というもんの本質です」


 いきなり呪法の話に飛んで、シクロは目を開いて老婆に視線を向ける。


「人が人として、どうしても持っておる感覚、失いようのない内面の力。実際には無いものを感じ取る力。そういったもんを外から呼び覚まして、相手に自分の力で自滅してもらう。それが、呪法というもんです」


 言うと、老婆は軽く手を振り、シクロにその動作を見せつける。


 すると――不思議なことに、シクロは目眩に似た感覚を覚え、座っていた台から滑り落ちる。


「えっ!? 何で」

「ふふふ。不思議でしょう? 他所の部族には、妖術使いと呼ばれた時代もあったもんです。実際は、魔力ありきの幻術と呪法を組み合わせ、相互に強化することで、より強力な自滅を誘うのが、白孤の術なんです」


 確かに、シクロは魔力を感じた。

 だが、それはそよ風を起こせるかも分からないほど、僅かな魔力だった。


 たったそれだけの魔力で、ステータスで圧倒的に優れているシクロの体勢を崩す。

 確かに恐るべき、正体不明の術だった。


「それで今、お客さんに体験してもらったのが、うちのアホな孫にも伝授した現代の呪法の触りです」


 孫、とは恐らくロックスのことだろう。老婆はアホと言うと同時に、ロックスへ視線を向けていた。


「現代の、ということは、昔は違ったのですか?」


 シクロの問いに頷く老婆。


「ええ。私の若い頃は、いきなり金縛りみたいな状態にされて、息も出来んようになって、それはもう苦しくて、怖かった。本当に、殺されてしまうのかと思ったほどです」


 老婆は忌まわしいはずの記憶を、懐かしそうに語る。


「当時は、いえ、いい年になってからも、恨んだもんです。あんなやり方する必要は無かった。わざわざ苦しむようなやり方をしなくとも、やりようはあったろうに、と思うとりました」


 言葉だけなら恨み節にも聞こえるが、声色は穏やかな老婆。


「しかし、今は必要なことだったと思うとります。ある時ふと、目が覚めるように気付いたんです。あの体験無くして、私の呪法の習得は無かった。そして、優しさだったんだとも。お陰で私や、当時修行から脱落した者は、それぞれ自分に相応しい道を選べたんです」


 言ってから、老婆は残念そうに首を横に振る。


「ただ、時代が変わりました。妖術使いとして他所の部族に恐れられることも、戦うこともない。同じやり方では意味がない。ですので、お客さんにやったようなやり方に変えたんです」

「婆ちゃん……でも、変えた理由は、廃れるのが嫌だったからじゃないのか?」


 ロックスに問われ、老婆は首を横に振る。


「白孤の術に、この時代に役割があるとしたら。それは戦争の中で、若者が生き残る道を増やすことにあるでしょう。部族の為でなく、個人の為。だから一人でも多くの人に、多少本人の才能的に不向きであっても、身を守る術の一つとして覚えてほしい。そういう思いから、やり方を今の形に変えたんです」


 老婆の説明に、シクロは納得する。

 そしてロックスは、自分の無知を、思い込みを恥じるように項垂れた。


「なあ、ロックスさん」


 シクロは、老婆との対話で思ったことを、ロックスの思いへの回答とすることにした。


「確かに、アンタの言う通り、ボクの存在が帝国に変化を起こすかもしれない。変化に飲まれて、消えていくものも沢山あると思う」


 認めるようなシクロの言葉に、ロックスは目を見開く。


「けど――例えば白孤族って言葉が使われなくなるほど未来になっても、アンタのお婆さんが受け継いできた大事なものは消えない。形だけじゃないものを受け継いできたんだから、きっと魂、みたいなものが残り続けるよ」


 言って、シクロはロックスへと近寄り、右手を差し出す。


「その手伝いを、ボクたちにやらせて欲しい。帝国に来たのは、アンタたちの思いを途絶えさせる為じゃない」


 シクロが求めたのは握手。


「せめて変化していく国の行く末に、アンタがお婆さんから引き継いだはずの大事なものを残せるよう努めたいと思う。――信じてくれないか?」


 その言葉と態度に――ロックスは思うことがあったのか。

 唸るように声を漏らしてから、シクロの握手に応じる。


「……少しなら、信じてみようという気にはなった」


 こうして、シクロとロックスの間にあった隔意のようなものは、無事取り除かれたのであった。

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