07 会議の後に
十三人円卓会議は終了した。
ロックスの発言以後、強く反対するような意見が出ることも無く、議題として出されたものは全て可決された。
まずは、シクロと魔王の個人的な同盟関係。
これに付随して、ノースフォリアとの技術交流、ノースフォリアの独立支援についても可決。
特に、独立支援の延長として、シクロ達の活動への援助、つまり物資の補給等が国庫を使って行われることにもなった。
そして最後の議題。今回シクロが帝都を訪ねてきた最大の理由。
魔王城の攻略。これについても、思いの外あっさりと可決した。
帝都の政治中枢として機能している魔王城の攻略は、ダンジョンの将来的な消滅、つまり魔王城の消滅を意味する。
当然、帝国の混乱は避けられないとシクロ達は考えていた。
だが、思わぬ事実が判明。
魔王城とは、厳密に言えばダンジョンではない。
ダンジョンの『入口』に過ぎないのだ。
ダンジョンを攻略し、最深部にあるダンジョンコアを破壊するとダンジョンが消滅する。
これは、ダンジョン内部の空間異常が正常化する、という意味でもある。
この空間異常の正常化が、ダンジョンの入口にどう作用するかと言えば――何も起こらない。
例えば洞窟のような入口を持つダンジョンは、最後には小さな洞窟だけが取り残され、その内側に広がっていた広大な空間だけが消滅するのだ。
これが魔王城にも当てはまる。
魔王城が入口に過ぎないのであれば、当然ダンジョン攻略後も消滅せずにその場に残る。
空間異常が正常化することで、多少手狭になるかもしれないが、魔王城そのものが消滅するような事態にはならないというわけである。
こうなると、シクロ達が魔王城を攻略しても大した問題は起こらない。
では、魔王城の攻略自体を拒否する者が居るかといえば、それも無かった。
これもある意味当然で、魔王城がダンジョンである以上、攻略しなければいつかはスタンピードを起こす。
その上、魔王城は現状誰一人として攻略を進めていない為、いつスタンピードが起こってもおかしくない状態だった。
帝国の人間としても、シクロ達が攻略してくれるのであれば、是非とも攻略してほしい、という状況であった。
全ての議題が可決され、シクロ達は貴賓室へと通され、ホッと一息吐いているところであった。
コンコン、とそこへ扉をノックする音が響き渡る。
「どちら様や?」
カリムが反応し、扉の向こうへと声を掛ける。
扉の向こうからは侍女……に扮している、謎の十二信将『翻転』のメアリーの声が返ってくる。
「十二信将、『幻魔』のロックス様がお越しになっております」
カリムがシクロに視線を向け、シクロは頷く。
「入ってええで」
許可が出て、メアリーがドアを開け、ロックスが入室する。
「シクロ=オーウェン。お前に用がある」
真剣な表情のロックスに、僅かに警戒するシクロ達。
「……物騒な用事ではない。少し、見てほしいものがあるだけだ」
ロックスの言葉に、一応は警戒を解き、話を聞くつもりとなるシクロ。
「見てほしいものとは?」
「行けば分かる。付いてきて欲しい」
一瞬だけ逡巡し、だが行っても問題ないだろう、と判断するシクロ。
「少し、出てくる。みんなは待っててくれるか?」
シクロの言葉に、三人が頷く。
「では行こうか」
「ああ」
ロックスが先導し、その後ろをシクロが追う。
「くおん」
そして威風堂々と、当然外出できるみたいな顔をしたぺぺもすが背後を追う。
「ダメに決まってるだろ」
「くおん!?」
当然、ドカッ、とシクロに蹴っ飛ばされ、貴賓室へと追い返されるぺぺもすであった。
ロックスは魔王城を出て、帝都の町並みを歩いてゆく。
既に夜遅く、店仕舞いしている建物が多く、日中の賑わいはなりを潜めていた。
そんな町並みを、歩いて行くと、ロックスはシクロにも見覚えのある店の前で立ち止まった。
「ここは……」
「白孤族の伝統工芸品を扱う店だ」
ちょうど、シクロ達が日中に立ち寄り、少しばかり中を覗いた店であった。
ロックスは勝手知ったるものなのか、鍵を取り出すと店の正面入口を開き、消灯され暗い店内へと入る。
「白孤族は、元々幻術や呪法の類を扱う部族だった。本来、ここにある工芸品も単なる飾りではなく、呪法に使うものや、幻術を補助する魔法的な武器としての役割を持っていた」
言いながら、ロックスは魔法を発動。室内に淡い光が漂い、ロックスの言う工芸品が照らされる。
「しかし、今はそのような力のある代物は作っていない。理由は分かるか?」
シクロは問われ、首を横に振る。
「時代が変わってしまったのだ」
無念そうにロックスは語る。
「白孤の呪法を修めるには、長い年月が掛かる。それも、いつか習得できると信じて、力の片鱗も見えないまま、何年もだ。そうしてようやく、簡単な呪法の扱いを習得できる。それまでは、本当に使えるのかも、存在するのかも怪しい力の為に、意味不明な修行をしなければならない」
「それは……難しいんだな」
シクロには想像の出来ない世界の話であった。
少なくとも、習得する技術の上達を実感できたシクロの経験とはかけ離れていることだけは分かった。
「元々は、少数部族である白孤族が優位に立つ為に必要な力だった。生き方として、修めなければいけなかった。だが、魔王様が各地の部族を制圧、統一し、正式に帝国へと編入したことで――豊かになった」
言って、項垂れるロックス。
「豊かな世界に、白孤の術は必要なかったのだ。意味不明な修行をせずとも、力が欲しければ魔法や武術を学べば良い。幻術よりも、攻撃魔法を学ぶ方がすぐに強くなる。その為に必要なものが、魔王様のお陰で揃ったのだ。揃って、しまった……」
残念そうに言いながら、ロックスは工芸品を一つ手に取る。
「結果、こういった道具の加工技術だけが残った。道具として、本来の使い方を求められなくなった。それでも技術を残そうと、力なき工芸品として作り直し、培った技術を生かして他部族の工芸品も扱うようになった」
ロックスは工芸品を置き直し、シクロに向き直る。
「私には、何も望むことは出来ない。だが、せめて知っておいて欲しかったのだ。帝国を変える劇薬ともなりうる、お前には――」
「何を話し込んどるんかね?」
ロックスがそこまで言ったところで、店の奥からカンテラ片手に人影が近づいてくる。
それは、この店の店主であるらしい、白孤族の老婆であった。